三月十五日。今日はタカト先輩が戦う日だ。
相手はゴリッゴリのパワータイプ、身長二メートル越え体重百何キロだとかの大男。なんとなくウボォーとクラピカの戦いを彷彿とさせる絵面だなあ……とか考えながら、私はキルアと二人、観客席から見守っている。
今日も今日とて観客、実況共に大盛り上がりだ。タカト先輩への期待値が高いからか、あまりにも絵面がアレだからか、あちらこちらから先輩を応援する声が響いている。

「――始め!」

実況による紹介が終わったところで、審判の合図が響く。先に動いたのは大男の方だ。
何をするのかと思えば、フンッ! と一発、勢いよくステージを拳で砕く。そうして幾つもの瓦礫にオーラを纏わせ、先輩へと投げつけた。
投げるときの腕を、そして投げられた石のスピードを強化している。見た目通りの強化系なんだろう。あれに当たったら痛そうだ。へたすりゃ破片ですら死ぬ可能性もあるだろう。ギドの独楽より、威力は圧倒的に強い。
まあそれも、相手が先輩でなければ、の話。

タカト先輩は闘技場に現われた時から、音楽プレイヤーを手にしていた。今はポケットにしまい、同じく手もポケットに突っ込んでいる。ポケハンする先輩、ちょっと柄悪くてかっこいい。すき。
最終試験の時みたく自動操作的な感じでやるのかなと最初は思ってたけど、今の先輩はイヤホンをつけていなかった。でも音楽プレイヤーからコードは伸び、それは反対のポケットへと繋がっている。

「おいあれ、やべーんじゃね」

幾つもの瓦礫が迫っているのに、先輩は避ける気配を見せない。どうするつもりなんだとキルアが声を震わせた時、会場中に音が響いた。反対のポケットにはスピーカーが入っていたらしい。
正確に言えば、曲だ。思わず、わ〜懐かしい〜なんて聴き入っていれば、曲が響く代わりに、観客たち全員が静まりかえっていることに気が付く。
一番最初に静寂を裂いたのは、実況の絶叫だった。いやこれ韻を踏んでるわけではなく。

『な、な、な、なんとー!!? アンムト選手がタカト選手へと投げつけた瓦礫が、く、空中で止まったァー!?』

その言葉通り、瓦礫の山はタカト先輩に当たることなく、空中で静止していた。いや、よくよくみれば微かに震えてはいる。でも止まっているのは本当だ。
今も尚流れている音楽に、先輩のオーラが載っているのはわかっていた。とはいえどういう命令が為されたオーラなのかは私にも知り得ない。そもそも無機物に耳はない。音楽なんて聴けないはずだ。
でも宙で止まっている瓦礫には、確かにタカト先輩のオーラが纏わされていた。大男――そういやアンムトって名前だったなとさっきの実況で思い出した――のオーラを、上書きするかのように。

ポケットに手を突っ込んだまま、音楽プレイヤーを操作したんだろう。曲が別のものに変わった。
途端、瓦礫が宙に浮いたまま一カ所に固まり始める。地面に残っていたままの瓦礫や破片も、そこへと集まっていた。出来上がるのは、大きな岩石だ。

再び曲は、別のものへ。岩石は音楽と共にじわじわ上昇していき、盛り上がるサビに入ったと同時、アンムトへ一直線に落ちていった。
タカト先輩のオーラをこれでもかと纏った大岩だ。そんじょそこらの念能力者が防げるものじゃない。私ですらあれを受け止められる自信はない。
完全に避けの一手のみだったはずなのに、けれどアンムトはここが勝負所とばかりに、受け止める構えを見せた。


 +++


「マジで先輩、無傷の圧勝でしたね……」

ところ変わって、タカト先輩の部屋。招かれているのは私だけ、というか正しく言うとキルアが「燃の修行してくるわ」とゴンの部屋に行ってしまっていた。
先輩の個室に二人きりとかどっからどう見てもやばくない? の思いはあるんだが、さっきの試合がえげつなさすぎて正直それどころじゃなかった。

「一応、先輩だからな。ミズキに無様なとこ見せらんねえし」

やだ……かっこいい……すき……。

数秒メロメロしてからゴホンと咳払いを一つ。話を戻そう。
あの岩石はアンムトへ一直線に降下し、アンムトはそれを受け止めようとした。それは当然、先輩にその気がなかったにしても、死だって有り得た選択だ。
タカト先輩もまさか受け止めようとされるだなんて思わなかったんだろう。寸でのところで勢いを殺し、しかしアンムトは急降下してくる岩石を受け止められず、失神KOからの即医務室送りだった。今は手術中のようだが、とりあえず命に別状はないらしい。タカト先輩がめちゃくちゃほっとしていた。

「でもあれ、どうやったんですか? 瓦礫って音楽とか聴けないですよね」

首を傾げる私に、先輩はちょっとだけびっくりしたような顔をして逸らす。何でだ。
数秒経ってから私へと顔を戻し、えっとな、と幼子への説明よろしく、丁寧に教えてくれた。タカト先輩にまで子供扱いをされた気がする。先輩だからいいけど。

「音ってのはさ、振動なんだよ。曲を曲として認識は出来なくても、曲の振動は物相手にも伝わるだろ。んで、流れる曲によってその振動も変わる。俺は予めいくつかの曲に命令式を組み込んでおいて、それであの瓦礫を操作したんだ。……わかるか?」
「そこまでバカじゃないです」

めちゃくちゃ心配そうな顔をされたせいでついついぶすくれた声を出してしまった。説明されればさすがに、ああなるほど、ってなりますよ。アホの子じゃないんだから。
「悪い悪い」って笑う先輩がかわいいからまあもうアホの子扱いでもいいんですけどね〜! 惚れた弱み〜! 馬鹿な子ほど可愛いって言うし〜!?

とにかく、なるほど振動か。言われてみれば確かに、振動として考えれば生物でなくとも、耳が聞こえない人であろうとも伝えることは出来る。
先輩の音楽プレイヤーにはめちゃくちゃ曲が入っていたはずだし、それぞれにオーラで命令式を載せれば、思考回路のない物相手でも操作の幅は広がるだろう。
でも、人を操作する方がよっぽど簡単だろうに、とも思う。シャルのアンテナにしろイルミの針にしろ、一度刺すことさえ出来れば降参させることも場外へ行かせることも可能なのだ。わざわざあの状況で物を使おうとするのは回りくどくないか。

私の考えがなんとなくわかったんだろう。へにゃりと眉尻を下げた表情で、先輩はソファに体重を預けた。
「やっぱりさ」と、どこか弱々しく思える声が届く。

「人間を操る、って、なんかこえーんだよ。ミズキにアイデアを聞いた時は本当にいいなって思ったし、そうするつもりもあった。……でも、キルアの頭ん中。イルミの針が入ってるだろ」
「……気付いてたんですね」
「じっと見なきゃわかんなかったけどな。キルアにイルミみたいな気配が混ざってんのは、兄弟だから似てんのかな、くらいに思ってたし」

それについて、私は先輩に伝えていなかった。知れば取り除こうとするだろうな、と思ったからだ。私だってあの針の存在に関しては大反対だし、害でしかないとも思ってるけど、やっぱりタイミングってものがある。
あの針を今、取り除いたとしたら。それによって万一にも、ピトーと初めて会った時のキルアが、逃げを選択しなかったら。
キルアが元から用心深い性格だったとしても、ゴンにつられてだとか、三対一でならば勝てるのではと考えてしまうだとか、そういう可能性はゼロじゃない。あの時のピトーと、あの時のゴンとキルアが戦ったのなら、二人はほぼ確実に死ぬだろう。
あれで一応、あの針も役に立ってるっちゃあ立ってると言えるのだ。

ちょっとばかし気まずい思いをしつつ、続く先輩の言葉に耳を傾ける。

「イルミにも事情はあるんだろうし、あれであいつもキルアのことを大事にしてんだろ。ゾルディック家のことはなんとなくだけどわかってる。だからどうこうしようだとかは思ってねえよ。でも、怖えなって思ったんだ。あんな小さい針一本で、人間の思考を弄れるってのが。俺が曲で人を操作しようと思えば、キルア一人どころじゃない。それこそミズキの言った通り、不特定多数の人間を一気に操作出来るだろうよ。それってすげえ、怖いことだろ?」

自分の力に、能力に怯えの表情を見せる先輩を眺めて、私はどこかほっとしていた。
この世界に来てからもうそろ二年。その間のほとんどずっとを、幻影旅団と過ごしてきた人。
毒されている、と思っていた。無関係の他者を、自分に関わりある人間のためであれば、あっさり切り捨てられるようになってしまったと。関係のない人間であれば、傷付こうが死のうがどうでもいいと、思ってしまうようになったんじゃないかと。

でも、勘違いだったのかなあ。
今の先輩が心配しているのは、その無関係の他者たちを、だ。無関係の人間を巻き込むこと。自分の思うままに操作すること。それをこの人は是としなかった。
私の知ってる、タカト先輩だ。だからこそ私は、ほっとしていた。この人は毒されてなんかいないんだ、と。

「そんで、じゃあまあ何なら心が痛まねえかなって考えた結果が、アレだ。石とか草とか、なんなら布でも紙でも何でもいい。物が相手なら操作してもいいだろって、結論付けた。アンムトが床を砕かなかったら、自分で砕いて操作してたよ」
「なるほど。その方向性で、先輩の発は決まった感じですか?」
「そうなるな。はー……長かった」

私がまだ完成! 完璧! とは言えないうちに、先輩の念能力が完成してしまった。これはちょっと焦る。
もしかして名前とかも決まってます? と問えば、タカト先輩はきょとんとした顔を見せた。「名前?」と疑問符が踊りまくっている声音で返され、あっこの人一般人だった、と今更なことを思い出す。
タカト先輩、中二病とかにも罹ったことないんだろうか。いいなあ……黒歴史を持たないのか……。

「ええっと、ほら、みんな付けてるじゃないですか。シャルだったら携帯する他人の運命、でブラックボイスとか。ヒソカの念も、伸縮自在の愛、でバンジーガムですし」
「何で漢字をカタカナで読むんだ? 意味も繋がらねーし」
「エッ…………な……何ででしょう……?」
「そういうもんなのかな」

なんか全然関係ない私が恥ずかしくなってきた。私の念能力、まだ完璧には決まってないけど、名前を決める時が来たらストレートな感じにしよう。ゴンのジャジャン拳みたいな。それかせめてパクの記憶弾と書いてメモリーボム的な。

ひとまずは勝手に納得してくれたらしいタカト先輩は、ふうんと一人で悩んでいる。念能力に名前を付ける、なんて思いもしなかったんだろう。
でも答えは思いの外あっさり出たようで、小さなかけ声と共に先輩はソファから立ち上がった。

「んじゃ俺の念能力は、操る音って書いて操音兵器。読みはラフメイカーってことで」
「またなんとも懐かしい曲を」

ところで先輩、結構中二力高くありません?




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