「あっ」

思わずといったように声を漏らすと、相手も気付いたんだろう、ちろりとだけ視線を上げた。
そのまま何でか数秒見つめ合ってしまい、若干の気まずい空気が流れる。
けれど相手は無言のままふいと視線を逸らして、まるで私なんか見なかったかのように煙を吐きだした。その動作に少〜しだけイラッとしたので、用もないのに喫煙所へ進む。

「こんにちは」
「……」

正面に座る男――昨日の対戦相手だったライルは、またちらとだけ私を見上げ、すぐに逸らした。断りも入れず隣に座り、昨日はありがとうございましたと思ってもないことを口にする。
ライルも察したのか、ため息交じりに煙を吐きだした。近くで煙草吸われると私も吸いたくなってくる。プチ禁煙中だというのに。

「……ガキが、こんなところに来るな」

ようやくライルが口を開く。
声ちっさ。試合中も思ったけど、もしかしてコミュ障的なアレなんだろうか。全然こっち見ないし。ぶつぶつ呟くような喋り方だ。別に聞き取れるからいいけど。

「子供じゃないし、吸ってないんだからいいでしょう。ていうかライルさん煙草吸うんですね、ちょっと意外でした」
「放っとけ」
「今日はあの銃持ってないんですか? 戦う時だけ?」

チッ、とあからさまな舌打ちをされた。何なんだ。馴れ合う気はない的な性格なのか? そういえば肌の色も似てらっしゃる。顔つきは全然違うけど。
そんな邪険にしなくてもいいじゃないですか、一戦バトった仲でしょ、と無駄にウザ絡みを続けるのは、多少なりともこの人の念能力に興味があったのと、ちょっとした仕返しだ。場外に試合のことを持ち込むなんてナンセンスだとはわかってるけど、やられっぱなしだったあの瞬間と、百足の件についてはマジでいろいろアレだったので。ほんとに。特に百足。

半分も吸ってない煙草を灰皿に放ったライルの後を追い、ねえライルさんって具現化系? それとも放出? もしかして特質!? なんてウザ絡みを続ける。
しばらくガン無視キメてたライルも、いい加減辟易としてきたんだろう。「金は?」とだけ言葉を返してきた。えっカツアゲ?

「持ってますけど……」
「……話し相手してやるから、奢れ」
「二百階にいんならあなたもそれなりに持ってるだろうに」

でもまあ話聞けるならいいや。んじゃラウンジに、と通い慣れた場所へ向かおうとしたら、ぐいと左腕を掴まれた。
どこ行くのかと問えば、外、という簡潔すぎる返答。

なんか天空闘技場の外出るの久しぶりかもと思いつつ、商店街的なところをライルと歩いていく。入ったお店は喫煙可のカフェバーのようなところで、心の中で小さく舌打ちをした。
人が吸えない時に喫煙席選びやがって。ていうかガキが喫煙所くんなって言うなら禁煙席選んでくれよ。そういう喫煙者のせいで喫煙者の肩身が狭くなるんだぞ。歩き煙草どころか走り煙草してた私が言えることでもないけど。

ライルがコーヒーとサンドイッチを頼み、私はリンゴジュースと抹茶パフェを選ぶ。
まさかこんなところで抹茶の文字を目にするとは思わなかった。後で先輩にも教えてあげよう。あわよくばデートしよう。

「で、何が訊きたいんだ」
「とりあえずは答え合わせしたいなと。結局ライルさんって具現化系? 放出系?」
「……また敵になるかもしれない奴に教える筋合いはない」
「まあまあそう言わず」

相ッ変わらず声が小さいせいで、常に耳を澄ましていなきゃいけない。店員さんが持ってきてくれたパフェをつつきつつ、「ちなみに私は変化系ですよ」とこちらから先に手の内を明かした。
律儀な性格なのか、舌打ち混じりにライルも答える。
ところでこの抹茶パフェ意外とうまいぞ。ハンター世界ナメてた。

「具現化系だ」
「でもあれ念弾なのは念弾ですよね。そうなると放出系も込みでしょ? 具現化系と放出系って相性悪くありません?」
「……」
「それであの威力出せるとは思えないんですよね。制約と誓約で底上げしてんなら、まあわかるけど」

なんとなく嘘だなとわかったので、つい問い詰めてしまう。
ライルも届いたサンドイッチをかじり、飲み込んで、また舌打ちをした。よく舌打ちする人だな。……私のせいか?

「……何なんだお前は」
「純粋な好奇心が旺盛な子供です」
「さっきは子供じゃないっつってただろうが。……チッ、オレは放出系だよ。あれはそこら辺で買った普通の銃だ」

そんで素直に答えてくれるんだから、律儀な人である。

「お前の変化系こそ、嘘じゃないのか。……あんなもの、見たことがない」
「花びらのことです? その節はどうも、ファンシーな感じで失神させてすみませんでした」
「帰る」
「まあまあまあ」

立ち上がりかけたライルをどうにか引き止め、リンゴジュースのストローを口に咥える。
確かに、変化系じゃねーだろって思うのも道理だ。あの花びらは完全に具現化して、実体を持っていた。まあそれ言いだしたらあの毒を無効化する種も具現化してるんだから、今更そう言われてもって感じなんだが。

サンドイッチを食べ終え、ライルは丁寧におしぼりで手を拭く。そうしてまたちろりと見上げるように向けられた視線には、疑念が満ちていた。

「アレは、除念に似たものだ。オレの面白銃戯は、オレが失神したからといって消えるものじゃない。それでもお前が変化系だってんなら……お前は、異常だよ」

結構ハッキリ言うなこの人。

視線を逸らし、特に意味もなく窓の向こうを眺める。
化け物だとか異常だとか、ほんとにみんなして私を何だと思ってるのか。いや私自身も割と自覚はあるけど、それでも一応女だぞ。恋に恋するお年頃だぞ。JKをもっと崇めてくれよ。

……でも、そうか。あの花びらの洪水は、除念でなくともそれに似た何か、なんだ。ライル自身が、失神しても自分の念は消えないと言うのだから、それは事実なんだろう。
だとしても、除念能力ではない。それもまた、事実。
これはほんと、早めにちゃんと調べといた方がいいなあ。仮アジトに帰ったら誰かしらに手伝ってもらおう。

「……おい」
「はい?」
「…………言い過ぎた。黙るな」

きょとん、とアホ面をする。ライルはおろおろしているようだった。
私の沈黙を、異常と言われたことにショックを受けている、と受け取ったのか。いやいやと笑いながら首を振り、「化け物呼ばわりよかマシですよ」と苦笑気味に返す。
今更異常呼ばわりされたとこで、ショックを受けるほどじゃない。もうちょい言い方考えろやとは思うけど。

それ以降はぽつぽつと、私がパフェを食べ終えるまで試合についての話を続けた。
あの百足は、対象者の目にもっとも嫌なものとして映るよう練ったオーラで、細かい粒子のように炸裂するから逃げようはないだとか。本来は全身の動きを止めるものなのに、右腕にしか当たらなかったからライルも驚いただとか。
クッソ最悪な能力ですねと舌打ち混じりに吐き捨てた時、バンッ! と勢いよく店の扉が開かれた。思わず視線を向け、驚く。

「ほら言ったろタカト! ミズキが浮気してるって!」
「浮気はおかしいだろ」
「なんっ、えっ、エッ!?」

ほらあ! と私とライルを指さすキルア。その手に引かれ、呆れ面のタカト先輩が立っていた。
「保護者が来たぞ」なんて言いながらライルは腰を浮かす。保護者じゃないよ、私のこと何歳だと思ってんだよあんたは。

「部屋にいねーと思ったらンなとこで昨日の試合相手、しかも男と密会してんだぞ。どー考えても浮気じゃん」
「いや密会は誤解……ってライルさん帰ろうとすんの早い! なに我関せずみたいな顔してんですか!?」
「話はしただろ。お前らのごたごたにオレは関係ない」
「そうだけども!」

なに話してたんだよ、とニヤニヤするキルアはさておき、ひとまずはちゃちゃっと会計を済ませてから店を出る。
とっくに背を向けて歩きだしていたライルの背に、お礼と「また話しましょうねー」の言葉を投げかければ、銃口だけが向けられた。おい街中だぞ。

「……ばん」

本当に、ほんの微かにだけ聞こえた声。そうして私の目前に、手の平大のバルーンが飛んでくる。キャッチをすれば、やだ、とだけ模様が描かれていた。器用か。
文字を確認すれば、バルーンはすぐさま霞のように消える。実体化してたわけではないらしい。手の平から視線を外し、キルアと先輩へ向き直った。

「浮気じゃないからね。ていうか浮気はおかしいからね」
「現行犯じゃもう言い訳にしかなんねーって。密会じゃねえなら俺らも連れてけばよかったじゃん」
「いやたまたま会っただけだし……ってほんとに言い訳にしか聞こえないな……なんだこれ……」

ついつい目を泳がせてしまう。別にやましいこととかマジでイチミリもないんだけど、もし先輩にうわ……昨日会ったばっかの男とメシとか……尻軽かよ……なんて思われてしまったら……アッ無理。死にます。
何でか場の空気につられてしょんぼりしてしまう私の手をキルアが掴み、ハイ連行ー、話は部屋で聞いてやるよ、なんて引きずっていく。先輩も私の横に並び、キルアが掴んでいるのとは反対の手を掴んだ。何で意外とノリノリなんだこの人は。

「浮気云々は冗談にしても、昨日戦ったばっかの男と二人でいんのは、ちょっと無防備だよな。失神KOさせたんだぞ、仕返しされたらどうすんだよ」
「そゆこと。ほらミズキ、歩けー」
「囚われの宇宙人みたいでやだ〜……!」

あ〜……と唸りながら、私は二人にずるずる引きずられていく。
次はキルアにも先輩にも、行き先を告げてから行動しよう。そう心に決めた。

「つーかミズキ、煙草くっせえ」
「らっライルの煙草だから!! 私じゃ! ないから!!!」
「何でそんな必死なんだよ」




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