『さあ始まりました! 朝一発目から今日も大ッ注目の一戦! 天空闘技場に珍しい女子闘士! その身体からは想像も付かない鋭い一撃! 膝蹴りのミズキ選手が登場だーッ!』

ワー!! と盛り上がる会場に、私は割と遠い目をしている。ねえこれ結構恥ずかしいぞ。二つ名欲しいとか言ったの誰だよ。私か。

二百階クラスでの初戦。多分私にとってはこれが最初で最後のバトルだ。もしかしたら残りの何日かにもう一戦くらいはするかもだけど、今のとこその気はない。
テンパらないこと。相手の出方をちゃんと見ること。戦ってる最中にもちゃんと頭を使うこと。無傷で! 勝つこと! を頭に叩き込んで、正面に立つ男を見据える。

『対するは二百階クラスで六戦六勝! フロアマスターに王手をかける日も遠くない! 常勝のガンマン、ライル選手ー!』

細マッチョのような体型の、浅黒い肌をした男。実況がガンマンと言った通り、その手には一丁の拳銃。特に西部劇っぽい格好はしていない。背は高く、百八十……ちょいくらいだろうか。自然見上げる形となり、当然見下ろされることとなる。
私を見下ろす目は、冷え切ったものだった。さっさと終わらせよう、という気持ちをひしひし感じる。それは同意。

実況のセリフに区切りがついたところで、審判が開始を宣言した。
先手必勝。堅の状態を維持しつつ、高く跳んで隙を狙う。殺さない程度に、でも一撃必殺。となると狙うは頭か顎だ。首でもいいけど、首はへたすりゃ折りかねないので。
手加減しながら、でも重力は利用して。相手の目が追いついてないことを確認しつつ、頭部へ狙いを定める。側頭部蹴っ飛ばせば多分気くらい失うでしょ、とその距離が近付いた瞬間、ライルの銃口が私へ向けられた。

「ばん」
「――ッ!?」

蚊の鳴くような声と共に発砲されたのは、青色の、靄?

『早速出ましたーッ!! ライル選手の面白銃戯―トリックガン―! 撃たれるまでは何が出るかもわからない! その効果は千差万別! 手品のように鳩を出したこともある不思議な拳銃です!』

実況がなにやら説明してくれているが、私はそれどころじゃなかった。
ゾル家に行ったあの日以降、私の胃の中にはずっと毒を無効化する何かが生えている。私に毒は効かない。それは内臓全てに影響してるから、当然気体系の毒物も同様だ。

でも! 催涙弾は! 予想外だったな!!

そも催涙スプレーの類を毒と言っていいのかどうかは微妙なとこだ。
ゲッホゴッホとむせる私は、もう目を開けていられない。こういうのもオーラでカバーしてくれればいいのにと心の隅で思うけど、現実はそう甘くはなかった。つらい。
涙はぼろぼろこぼれるし、目は開けていられないし、耐えきれなくて放出したオーラの反動でライルから距離を取る。
『痛恨! ミズキ選手の涙が止まらない!!』とかなんとか聞こえてくるんだけど、実況目ぇ良すぎじゃない? それとも私そんなわかりやすいくらい泣いてんの?

「……ばん」

再び耳をかすめていく、やっぱり蚊の鳴くような小さすぎる声。今度は何だと無理矢理薄目をあけて、目前に迫る幾つものカラフルなバルーンに目を剥いた。ウッ目が痛い。
どうにかこうにか堅だけは維持したまま、バルーンから逃れようと足を動かす。どういう効果のものかはわからない、触らない方がいいはず――と跳んだところで、更に「ばん」とまたあの声が続いた。

その声に呼応するように、バルーンが次々と破裂していく。実際に見たことはないけど、なんとなくの体感としてはゲンスルーの一握りの火薬に近い威力。下位互換ってところか。
下位互換だとしても、それがすぐ側で何個も何個も破裂するのだから、たまったものじゃない。堅をしているからダメージはさほどないけど、痛いものは痛いのだ。静電気だって怪我しないけど痛いだろ!

変わらず連続まばたきしなきゃ開けてらんない目のまま、爆風にあおられるように私は宙を舞う。舞うっつーかもうこれただ飛ばされてるだけなんだけど、そんくらいの自己弁護はしないとやってらんない。
無傷で勝利とはなんだったのか。いや怪我はまだしてないけどさあ! めちゃくちゃやられっぱなしなんだけど!!

ともかく反撃の手立てを考えなきゃ、と再び薄目でライルを睨んだ時、またもや「ばん」と爆風の合間を縫って声が届く。
今度こそ避けてやる。顔を顰めて構えた時、右腕が動かなくなった。……え?
そのまま、いつの間にか背後に回っていたバルーンの爆風で、今度は地面へと押し戻される。待って待って、何で右腕動かないの。ひやりと背筋を震わせながらも視線を移せば、長い長い百足のようなオーラが、私の右腕にまとわりついていた。

いつの間に、とか。何で避けれなかったの、とか。考えるべきことはあったんだけど。

「ヒエッ、ウワ、や、やだあああ!!!」

私は、百足が、この世で一番嫌いだった。

びっくりして、びびって、怯えて、ただでさえ元々泣いてんのに私は号泣だった。だってこの世で一番嫌いな百足が私の腕を、しかも義手じゃない生の腕の方を這ってるんだ! 無理! 死ぬ!
多分というか確実にこの百足はオーラがそういう形を取ってるってだけだ。それでも無理だった。多分今念を知らない、見えない人間は私が一人で突然ワアワア叫びだしたように見えるだろう。狂ってるわけじゃないんです。

うううやだ、もう、全部洗い流したい!! 目も痛いし百足もキモイし無理!!
心の中で絶叫した途端、唐突に視界がクリアになった。あれ、目が痛くない。右腕をうぞうぞと這っていたような感触もなくなり、普通に動くようになった。
何だ? と思って数回まばたき。同時にようやく、着地する。私の滞空時間どんくらいだったんだろう。めちゃくちゃバルーンに弄ばれてたからなあ、……ではなく。

着地した先。闘技場は、花びらの洪水で埋まっていた。はて、と目を丸くする私に、しんと静まりかえる観客席。
ライルどこいったんだとひとまずオーラで花びらを吹き飛ばせば、口にも鼻にも、なんなら耳にも花びらが詰まった状態で、失神しているライルの姿が見えた。服の中も花びらでパンパンのようだ。

「……ライル選手、KO! ミズキ選手の勝利!」
「ええ……」

困惑。
どうやら私がバルーンに弄ばれている内に何ポイントかは取られてたらしいが、ライルが失神してたのでKO勝ちということになった。
え、なんか釈然としない。私はいったい何をしたのだ?


 +++


試合終了後、私はどうにもすっきりしない気持ちのまま、タカト先輩とキルアの二人とラウンジで休憩していた。
あの花びらは何なんだよ、とキルアが訊いてくるが、訊きたいのは私の方だ。ちょっと考えさせてとアイスティー片手に黙り込み、意識を自分の中へと向ける。

矛盾している五行。花びらから推察出来るのは、樹木や春を象徴する木行だ。そんで木行は……えー……水行の性質を持つのか。
命の泉。泉から湧き出る水。
全部洗い流したいと心の中で叫んだのは、私だ。
振り返ってみれば、あの花びらが洪水のように流れた瞬間、催涙弾に苛まれていた私の目も、右腕を縛っていた百足も消えた。そういえばバルーンも消えていた気がする。
……てことは、……えっ? 除念?
いやいやいや待て、待ってくれ。私は変化系だ。除念ってどう考えても特質でしょ。百歩譲って具現化系でしょ。いくらチートでもそんなまさか。まさかそんな。

もしくは、あれか。花びらの洪水がライルを襲い、ライルが気を失ったことにより、多分念弾の効力が切れた。
その線の方がデカいけど……命の泉とは? ただの花びら洪水によるゴリ押しじゃねーか。マジでチートのレバガチャだな。何だこれ。

どっちにしろ、水行の能力が意図せず発現したのは事実だ。細かいとこは追々探ってくしかないだろう。
そう結論付けて。

「うん、よくわかんない!」
「ミズキってバカなのか?」
「中間テストの成績は悪かったって聞いたことあるぞ」
「なんでせんぱいそんなことおぼえてるんですか」

ともかくは一応、無傷で勝てたのだ。終わりよければ全てよしだ。
まあ相変わらず戦闘考察力とやらはクソだったけどな。戦いながら敵の能力について考えるとか無理でしょ。終わった今だからこそ「多分具現化系だろうな」って思える程度だわ。




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