バァン! と派手な音を立てて倒れた扉の上に立ち、肩をいからせながらずんずんとクロロに向かって歩いていく。 手に持っている袋の中身は、プリンだ。ちなみに現在の時刻は深夜通り過ぎて早朝。そんな時間にプリンを売ってる場所なんてコンビニくらいしかないし、そのコンビニもどえらい遠くにあった。 何でこんな時間にプリン買いに行ってんだって? クロロにパシられたからだよ! 「なんだ、まだ元気だなミズキ」 「マダゲンキダナー、っじゃねえよクソ! これで! 三軒目! プリン買わせるなら買わせるで一回で済ませろや何回この廃墟と街を往復すりゃいいんだよ!」 「それだけ元気があればまだ行けるか」 「ふっざけんなハゲ!」 結論から言えば、私はクロロの提案を受け入れた。異世界の話をすること。転じて、クロロの好奇心ないし知識欲を満たすこと。その間、衣食住の面倒を見てもらうこと。 ギブアンドテイクとしては申し分ない、どころか願ったり叶ったりの提案だ。私とタカト先輩が失うものは、まあ強いて言えば真っ当に善良な人間としてハンター世界で生きていく権利がなくなりかねないけど、それくらいのもんだし。天空闘技場やハンター試験にぶっつけ本番で向かうよりかは、リスクも少ない。 そもそもハンター試験まであと四ヶ月くらいあった。待てないわ。 だから受け入れたのだけど、それでまず何をさせられるかと思えば、「さっきお前が話題に挙げたからな、プリンが食べたくなった。買ってこい」である。札束をぺいっと投げながら。 思わず「はあ?」っつった私を許してほしい。シェヘラザードさながらの展開かと思いきやヤンキーのパシり展開だったのだから、その反応も仕方ないだろう。焼きそばパンと牛乳ではなく、プリンな辺りがしまらないヤンキーだが。 曰く「タダ同然で衣食住の面倒をみてやるんだ。これくらいの雑務は当然だろう」とのことで、まあな? そりゃあな? 掃除洗濯くらいは頼まれりゃやるし、最悪ご飯だって作るけどな? 働かざる者食うべからず理論はよくよくわかってるしな? でも、いきなりプリンよ? しかも真夜中に。 「はあ?」しか出ないでしょ、言葉。 いやもう最悪、クロロがマジでプリンめちゃくちゃ食べたかったんなら許すわ。百歩譲って許すわ。 でもこの人、いやもう人じゃないこのハゲ、多分別にそこまでプリン食べたくねえんだよ。「プリンが食べたいからパシる」じゃなくて「パシりたいからパシる」なんだよ。 そこがめっちゃ腹立つ。道案内役として付き添ってくれたコルトピに五億回土下座してほしい。私にも三億回くらい土下座してほしい。そして前髪全部抜けろ。 「え……えと……ミズキ……?」 「ッ!? せ、せんぱい」 ふんすふんすとブチギレていた私のテンションが一気に急降下する。ついでに血の気も失せまくりである。 お、お、起きてたのかタカト先輩……! しまった、一生の不覚だ。 高校入学初日に部活体験でタカト先輩に一目惚れキメて以降、おとなしく練習熱心な新入部員として必死にアピールしてきたのに! その苦労が! 今この瞬間! 水の泡!! うわあああクロロとついでに私をそう育てた両親そして元ヤンのお兄ちゃんを全力で恨む! 「なん、……え、大丈夫……なの、か?」 「え!? あっああはい大丈夫ですよ! 元気いっぱいですしどこも痛くないです!」 「ならまだ行けるな」 「おめえは黙ってろやハゲ。……アッ」 遠くからシャルが「今回フェイタンいなくてよかったね」なんて話している声が聞こえてくる。あ、うん、フィンクスとかも今だいぶキレそうだもんね。フェイタンいたら多分もう私の首飛んでるね。 「俺……ミズキって結構、その、おとなしい寄りの奴かと……」 「……基本的には、おとなしい方なんですよ……」 もう誤魔化せないレベルまできてしまったので、そっと涙をのんで先輩から顔を逸らす。 好きな人の前では……可愛くなくても可愛くありたい乙女心が、粉々に……砕け散る……。もう後で煙草の一本でも吸わなきゃやってらんねえぞこれ……。 気分的にはもうその場に蹲って一万年くらい不貞寝したい感じだ。 完全に死んだ顔の私を見て、コルトピがクロロに歩み寄る。 何でコルトピはここまで私に好意的なんだろうか。フィンクスとかの反応の方がよほど妥当に思える。かわいいからいいけど。 「ねえ団長、ぼく、ミズキの世界の話を聞きたいんだけど。もうプリンはいいよね」 「そうだよ団長。こんなにあっても食べきれないでしょ」 「あ、このコンビニのプリン好きなやつだー」 コルトピの進言に、シャルが賛同、シズクは袋をがさごそ漁るという反応を示し、結果的に私はもうプリンを買いに行かずに済んだ。 もうこれでコンビニの店員さんに、この人早朝にどんだけプリン食いたくなったんだろ……みたいな顔で見られずにすむのだ。コルトピには感謝しかない。 「ありがとうコルトピ……すき……」 「ぼくもミズキのこと好きだよ」 「まじかよ照れる」 ふへへと変な笑い声を漏らしつつ、とりあえずコルトピとは仲良くやれそうで安心する。 それでもいざとなったら殺しにくるんだろうけど、だとしても、一応の味方ポジが確定でいるってのは精神的に大助かりだ。かわいいし。 「じゃあ、異世界のこと、話してもらおうか」 まあそんな私のハイテンションも、クロロ改めクソハゲの一言で打ち砕かれるわけだが。 適当な場所に座りつつ、異世界っつってもなあ、としばし思考にふける。 ハンター世界の文字は基本的にハンター文字だけど、ハンゾーの名刺を思い出す限り少なくとも日本語とか、各国の言語も存在してるんだろう。全世界共通語がハンター語、ってとこだろうか。 となると言語関連はさして新しい知識になりそうもないし、となると後は私たちの世界特有の文化、文明、生態系辺り……とはいえたかが高校生にさしたる専門知識もない。 ああでもこの世界の年と、私たちの世界の年は違うだろうし、その辺りは興味を引く話題になるかもしれない。コンビニもあるにはあったけど、私の知るコンビニにはほど遠かったし。 まあともかく、話せるだけ話すしかないんだろう。ひとまずは先輩の持っていたCDや私の持ってたDVDを取り出し、こんなものがあるんだよー、って話から始める。DVDもCDも再生することは出来なかったけど、先輩の持ってた音楽プレイヤーで現代曲の傾向なんかは話が出来た。 私の持ってた音楽プレイヤー? 出しすらしなかったよ。だってアニソンとかばっかだもの。ブチギレマンってことがバレてしまっただけでももう死にたいのに、先輩にオタバレまでしたくない。 話を続けていれば、思いの外この世界と私たちの世界の差異は浮かんでくるもので、旅団のみんなは割と楽しそうにああだこうだと話を広げていた。 でもクロロの知識欲? 知的探究心? にはほとほと呆れたし疲れた。底なさ過ぎでしょうよこの人。専門家じゃないんだから日本在来種の生物のことなんざ、多分ニホンオオカミとニホンザルがいるよねーくらいしか知らないよ。 ある程度話が続いたところで、ふあ、とタカト先輩があくびを漏らす。外を見やればもう日が昇りつつあった。完全に徹夜なんですけど。つられて私もわふ、とあくびを一つ。 そんな私たちを見て、ようやく今日はお開きということになった。「適当な場所で寝ろ」とタオルケットだけ渡された時には若干泣きたくなったが。 私が最初に寝てた部屋……は無しだな。雨でも降った日には全身ずぶ濡れで起床することになりそうだし、そもそもどこだったかもうあんまり記憶にない。 ま、部屋はあとで決めるとして。 場所としては……屋上が妥当かな。そう決めた私は、そこら辺に放られてた自分のカバンを拾って、タオルケットを手に屋上へと向かう。 もちろん、寝るためじゃない。 +++ 「っはあ〜……生き返る……」 すう、と朝焼けの空に消えていく煙を眺めつつ、満面の笑顔。至福。まさに至福の一時。 何時間ぶりの煙草かわからないけど、とにかく「あ〜吸いたいな〜、でも今吸えるタイミングじゃないからな……」って我慢に我慢を重ねたあとの煙草はマジでうまい。格別。このためにプチ禁煙をちょいちょいしてると言っても過言じゃない。 ええまあ私喫煙者です。未成年だけど。よい子は真似しちゃいけませんよっていう。でもね、うちの家、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも弟もヘビースモーカーなんだよ。もはや家族公認状態なんだよ。DQN一家と罵られても仕方ないレベル。 いやあもうほんっとに数時間ぶりの煙草が美味しくて涙出るレベルなんだけど、でも、先輩に煙草バレしたくないなあ……ガチで……。 ブチギレると口調変わります! 夢小説をたしなむオタクです! 未成年だけど喫煙者です! ってもう完全に役満でしょ。恋愛対象外どころの話じゃない。いや元から入ってない可能性もあるけど、夢くらいは見させてほしいっていうか。夢小説をたしなんでいるだけに。 だからもう本当に絶対バレたくない。消臭剤常備しなきゃ。 しっかし、この世界に私が吸ってるのと同じ煙草あるのかなあ。まあないならないで別のを吸うけど、これ気に入ってんだよな。 あと一箱、大事に吸おう。目指せ減煙。自分のお金もないしね。 「はあでも、うっま……」 また肺の奥まで煙を吸い込んで、吐き出す。一本目が真ん中の辺りまでいったとこで火を消して、これポイ捨てになんのかな、と思いながら半ば無意識で二本目に火を付けた。 昼間はまあまあ暑かったけど、夜となるとやっぱり少し肌寒い。 眠気もそろそろがっつりきたし、下に降りて寝ようか。どこで寝ようかなーとぼんやり考えながら、煙を吐く。 「ミズキ? 何してんの?」 「ぅえっ!?」 声が聞こえた。ソッコーで煙草を落として踏み潰し、勢いよく振り返る。屋上の出入口から、シャルが顔を覗かせていた。 ひい、煙草吸ってんのバレた。推しにも煙草バレしたくない乙女心よさようなら……。 「まだ寝てなかったんだね」 「え、いや、はい」 「タカトはまたフィンクスたちに飲まされてたけど、結局すぐ寝落ちてたよ。混ざればよかったのに」 「はあ、え、おう?」 「さっきから反応おかしくない?」 あれこれ煙草バレてない? セーフ? ギリセーフ? わーいやったぜおかえり乙女心! 「ていうかミズキ、煙草吸うんだ」 ぬかよろこび!! 「意外。未成年だよね」 「この国でも未成年はアウトですか……」 「ここは十九からだったかな」 「ああじゃあアウトですわー」 ダメじゃーん、とけらけら笑うシャルに、まあこんくらいの反応なら……いいか……と心の中で諦める。でもA級賞金首に喫煙をとがめられるのはなんか、なんとも言えない感じだ。 素直にそう言えばまたシャルは笑っていたけど。くそっかわいい。 「それ、実はミズキを仮拠点に連れてきた時に見つけてたんだよね。形は俺らの世界の煙草と変わらないんだなって」 「やっぱりカバン探ってたんだ……いいけど」 「ごめんね? 煙草、あと何本あるの?」 「一箱くらいかな。普通なら半日くらいでなくなる数」 「なかなかヘビースモーカーだね……」 下手すると一日で二箱半くらいなくなる日もあるんだけど、これからの生活はタカト先輩と一緒にいることが多そうだし、やっぱり本数も減るだろうなあ。 今までは学校の間だけ我慢してればよかったけど、もしかしたら一日中吸えないこともあるかもしれない。いやまあ修学旅行とかの時も一日以上我慢してたけど。 私の手元にある煙草を、シャルはしきりに眺めている。何なんだと思って見上げれば、もう吸わないの? と問いかけられた。 えっいや吸っていいなら吸うけど……でもシャルの前だとなんか吸いにくいな。フィンクスとかなら当人も吸ったことありそうな気もするし、あんま気にならないんだけど。あとハゲも。 「俺もたまに吸うし、気にしなくていいよ。これ、一本もらっていい?」 「まじかよどうぞ」 「ありがと。異世界の煙草かあ」 予想外の発言に驚きつつ、箱を差し出す。 え、まじか、シャル……煙草吸うんだ……えっどうしようなにこの謎のときめき。喫煙者シャルとか解釈違いですってなるかと思ったけど意外と嫌いじゃない。でも喫煙者フェイタンは地雷です。 シャルが口に咥えた煙草に、ジッポを近づけて火をつける。ついでに自分も三本目に火をつけた。 一口吸ったシャルが、この世界の煙草と大して変わらないね、と笑う。ウワ……むり……大人の色気すごい……。今なら即落ち二コマできる……。 「あんまりまじまじ見られると吸いにくいんだけど」 「ご、ごめん」 シャルは苦笑して、煙草の煙を吐く。ふう、と空気に馴染んでいく煙は、私の立っている場所と逆方向に向けられていた。気遣いの出来る……大人の男だ……。私も吸ってんだから別に気にしなくていいのに……。 「惚れる……」 「コルトピにも告白してたよね。ミズキの愛情安くない?」 ← → 戻 |