申し訳ないとは少なからず思ったんだが、だからといって待ってても時間を無駄にするだけなので私と先輩は登録を済ませておく。
戦闘日の申請は少しだけ迷ってから、三月の十二日〜二十日までの間であればオッケーにしておいた。一戦くらい戦っておいた方がいいだろうし、多分ここで戦わなかったら登録抹消になるだろうし。当分天空闘技場に来る予定ないしね。いやまあ別に抹消されても困りはしないんだけど。

それぞれ部屋の鍵を受け取り、「ずっと思ってたけどこの形状の鍵、懐かしいよな」「最近じゃどこも大概カードキーですもんね」なんて話しつつ部屋へと向かう。
あてがわれた部屋は、私が2214室。タカト先輩は2205室だ。確かゴンが2207……辺りだった気がするから、先輩とゴンの部屋が近いんだな。我ながら何でそんなとこまで覚えてんのかね私は。

荷物を置いたらすぐ戻るつもりだったんだけど、部屋に設置されたテレビの画面がちかと光り、立ち止まる。

「ばとる……二百十三階ドーム、三月十二日……。……ゴンの翌日やんけ」

若干たどたどしくなりながらも読み上げたのは、戦闘日決定のお知らせ。時間は朝の十時からみたいだ。夕方くらいがよかった。
相手が誰かはわかんないんだよなあ、と思いつつ、日程をメモってから部屋を出る。
エレベーターホールで先輩と再会すれば、先輩も「戦闘日決まってた」とメモを見せてくれた。三月十五日、十七時から。いいなあ、私もこんくらいの日付がよかった。

「そういえば先輩って誰かと戦った経験ありましたっけ? 旅団のみんなと最終試験の私を除いて」
「あー……三次試験で一回、囚人の男と戦ったよ。そういやそれだけだな、四次試験もほとんど隠れてやり過ごしたし。ミズキは?」
「――私もそんな感じですね〜」

三次試験では千人斬りキメたけど。

二百階の受付近くに戻り、ヒソカからは見えない位置のベンチに腰を下ろす。
過去の世界で旅団と戦って、三次試験で千人斬りやって、って感じの私と比べると、もしかしたら先輩の方が実戦経験は少ないのかもしれない。ちらと心配する気持ちが湧き上がってきたけれど、いやでもこの人私に勝ってんだよな……と思い直す。
そもそもフィンクスたち相手でも、手合わせ余裕で勝てるくらいの人なんだ。無用な心配か。そも戦闘考察力だとか攻防力移動だとかは、私より先輩の方が上っぽそうだし。

時刻は夜の九時を回ったところ。ゴンとキルアが戻ってくるまで、あと一時間ちょっと。
途切れてしまった会話に、何か話さなきゃ……と若干の気まずさを感じているんだが、これといった話題が浮かばない。
戦闘相手誰でしょうねとか言っても、お互いここにいる人間のことなんてほとんど知らないし、さあ? で終わってしまう。ゴンとキルアが無事戻ってくることはどっちも知ってるし、ヒソカの話題は出さない方がいいだろうし。
よくよく考えてみれば、先輩とガチで二人きりなのは、ゾル家に行く飛行船で話した時以来ではなかろうか。そんな昔でもないけど、なんかめっちゃ久しぶりな気もする。
今更すぎる緊張を感じてしまって、ぶわ、と全身の体温が上がった気がした。やばい、顔が熱い。

やっぱりなんか話そう。黙ってるよりは緊張も紛れるはずだ。なんかもうどうでもいい話題でいいから。明日晴れますかねとかでいいから。
そう思って顔を上げたのと、タカト先輩が口を開いたのは、ほとんど同時だった。

「怪我、すんなよ。ミズキ」
「はぇ?」

思わぬ言葉だったせいで、変な声が出てしまう。
怪我? えっ私が?

「お前に怪我させた俺が言えることでもねーけどさ。やっぱりミズキが怪我してるとこ、見たくねえから」

タカト先輩に怪我させられたことなんかあったっけ、と数秒記憶を探る。そうして、多分最終試験の時のことを言ってるんだろうなと思い至った。
あんなかすり傷みたいな、舐めときゃ治るような傷のこと、まだ気にしてくれてたのか。

「今までは会わなかったけど、こっからは相手も全員、念を使うんだろ。何が起こるかわかんねえし……だから、なんつーか」
「……先輩って、優しい人ですよね」

嬉しいやらなんとなく申し訳ないやら、滲んでしまった苦笑のままに、思ったことを口にする。
タカト先輩は少しだけ不服そうに口を曲げて、「今そういう話してないだろ」とぼやいた。照れてるなあとわかってしまうから、私は笑みを深める。

「絶対に、とはやっぱ戦いの場である以上、約束出来ませんけど。それでも先輩がそう言ってくれるなら、なるべく怪我しないようにします。やられる前にやればいいんですもんね!」
「ミズキは、時々こえーこと言うよな」
「エッ、……えっそうですか……?」

それは先輩も大概だと思うんだけど……。

「ほんとは、こんな危ねえ場所で戦うお前なんて、見たくないんだけど」

目を伏せて、それでも先輩は笑った。
私は何を言われたのかが一瞬わかんなくて、目をぱちくりとさせてしまう。
ねえあの、その、ねえこれ。

「見るなら、無傷で勝つミズキが見たいな、俺は」

これ、あの、……これでフラグ立ってなかったら何なの……!? 
意図せず真っ赤になってしまってるだろう顔で、うわこれ、え、まじかと頭の中は混乱しっぱなしだ。
マジで頭の中で三万発くらい花火あがりまくってんだけど、どうにかこうにか無理矢理落ち着かせて、私は全力で頷いた。もう赤べこよろしく頷きまくった。

「勝ちます! 絶対! 無傷で!!」
「お、おう、いきなり元気だな」
「あっいやその、嬉しかったので、すみません。ええと……タカト先輩も、無傷で勝ってくださいね。私だって先輩が怪我するとこなんて見たくないですから。……絶対に」

最後は口の中で呟くように、付け加える。
先輩がどんくらいの気持ちで私を心配してくれてるのかは知りようがないけど、でもそれ以上に私は、怪我をしている先輩なんて見たくなかった。絶対に、何よりも。
万一先輩が戦闘中に怪我なんてしちゃった日には、思わず全力で暴走して乱入キメちゃいそうだ。

だって、この世界の未来をある程度わかっている私でも、この人の未来はわかり得ないんだから。
この世界の未来はあくまで知っているだけで、別に未来視が出来るわけじゃないからなあ。千里眼ほしい。

特質系なら千里眼的な能力も作れるんだろうかと考え始めたところで、先輩が黙り込んでいることに気が付く。あれ? と思い顔を向けようとしたら、何故だか勢いよく顔面を押されてしまった。
先輩から顔を背ける形になりつつ「せ、せんぱい?」と震え声で呼びかけるも、返答はない。顔は押されたまんまだ。地味に痛いんですが先輩。

「……今、こっち見んな。頼むから」
「は、はあ……?」

ひとまず言われた通りに背を向ければ、先輩の手も離れていく。随分熱い手だったなと思ってから、もしやさっき私はめちゃくちゃ恥ずかしいことを言ってしまったのではなかろうかと数秒で気が付いた。
先輩に言われた言葉を、嬉しいと思ったと。嬉しく思ったせいで、テンションを上げてしまったと。そういうことを言っちゃったのでは? それもう告ってるようなもんじゃね? ……ウワッ。

顔から湯気が出る、って、こういう気持ちなのかもしれない。ついでに火も出そうだ。




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