はてさて、翌日。
昨日私たち四人が百九十階をクリアしなかったのは、天空闘技場側の事情だ。うまいこと対戦が組めなかったらしい。今日はそんなこともなく、もちろん私たち四人のうち誰か同士が戦うなんて羽目にもならず、私たちはそれぞれが百九十階での戦闘を終えた。
当然、勝利という形で。

四人ともが戦闘を終えたのは夕方の六時過ぎ。ひとまずみんなで晩ご飯を食べてから、二百階へ向かうこととする。
今日は三月十日だ。今朝方日付を見た私はようやく、そういや二百階行くのはその日だったなと思い出した。ゴンがギドと戦ったのが三月の十一日、二百階に上がった翌日なのだから、つまりはそうなる。細かい日付はちょっと曖昧だった。

……三月十日、か。

ここから、旅団の仮アジトがあるヨルビアン大陸までは、飛行船や列車を乗り継いで一週間ほど。四月までに帰って来いと言われているのだから、ぎりぎりでも二十四〜五日にはここを立たないといけない。
その頃はちょうど、ゴンが怪我してる真っ最中のはずだ。……やだなあ。

「どうしたの? ミズキ。それ、美味しくない?」

ふとゴンに声をかけられ、首を傾げる。

「さっきから顰めっ面でずっと噛んでんぞ」
「飲み込めないなら出しちゃえば?」

ああ、と思い至って、口の中の野菜を飲み込む。そんなずっと噛んでたのか、気付いてなかった。
さすがに出しはしないし美味しかったよと返してから、水を飲んで食事を続ける。
食事中に考え事、しない方がいいなあ。

「じゃあなんで顰めっ面してたんだ?」

心配そうにいったん食事の手を止めるのは、タカト先輩だ。ちらとその手元を見て、私も明日はケバブ食べようと全然関係ないことを考える。ケバブおいしいよね。
もう一回水を飲み、まあゴンたちにも早いとこ伝えておくべきだろうと、頭の中にカレンダーを思い浮かべた。視線はゴンとキルアの方へ向ける。

「ここ来る時に元々、そんな長くはいられないと思うとは言ってたけど、私と先輩の家族がね、四月までには帰って来いって言ってるの」

んで、と先輩へ視線を移す。

「今日が三月十日じゃないですか。四月までに帰ろうと思ったら、最悪二十五日くらいには出発しなきゃなあ、と思って。となるとゴンたちと二百階以降はそんな過ごせないなって、考えてたんです」
「あー……そっか、そうなるな。一ヶ月ってはえーなあ」
「ミズキは家族のことも好きなんだもんね。試験中も電話してたし」
「つーかタカトとミズキって兄妹じゃねえだろ? なんで家族が一緒なんだよ」

ゴンの返答には覚えてたのかとちょっと恥ずかしさを覚え、キルアの言葉にはう、と言葉が詰まる。
どう説明したもんかと悩んでいれば、それは先輩が答えてくれた。

「正確には家族みたいなもん、ってとこなんだよ。俺もミズキも本当の家族は、……ここにいねえから。代わりに面倒見てくれてる人たちなんだ」
「ふうん? お前らもけっこー、フクザツなんだな」

深くは掘り下げられなかったので、安心して食事に戻る。
あと十日ちょっとでお別れはさみしいなあとか、ヨークシンには来るんだろ? だとか、そういう話をちょこちょこ続けた辺りで、四人とも夕食を食べ終えた。
支払いも済ませ、エレベーターホールへと歩いていく。

エレベーターに乗った瞬間から、二百階で待っているヒソカの気配は感じていた。きっとそれはタカト先輩も同じなんだろう、めちゃくちゃ嫌っそうな顔をしている。ほんとこの人ヒソカのこと嫌いだな。
チン、と音を鳴らして二百階に到着し、エレベーターの扉が開かれる。
その瞬間から、確かに今までの階とは違う雰囲気を感じた。重いというか、張り詰めているというか。
実際は二百階の雰囲気ではなく、ヒソカのオーラなんだが。多分他の念能力者たちのオーラも少なからず混ざってるんだろうけど。

まずゴンとキルアの二人が降りて、私と先輩はその後に続く。けれども二人はすぐさま立ち止まり、それでも意地だけで一歩を踏み出した。
だけどそれも、すぐ止まる。ヒソカが放っている殺気混じりのオーラに対して、この二人はあまりにも無防備だから、進めないのだ。

ちらと先輩が私を見やる。とりあえずは肩を竦めて、首を振っておいた。
誰だと声をあげるキルアに、廊下の向こうから現われるのは受付のお姉さん。その様子を見守りつつ、先輩も肩を竦めた。
ヒソカに殺意はない、だから大丈夫。その意をある程度察してくれるのだから、これはもうツーカーと言っていいんじゃなかろうか。え? シリアスじゃなかったのかって? どんな状況でも私が最優先するのはタカト先輩の一挙手一投足です。

「――ヒソカ!!?」
「どうしてお前がここに!?」

おっと、そんなこと考えてる内にヒソカが姿を現したらしい。
何でここにいるのかを親切丁寧に説明するヒソカを、ゴンとヒソカは真剣ながらも若干引き気味の気配で見つめている。
そろそろかな、とタカト先輩を横目に見やった。先輩もこくりと頷く。マジでこれツーカーじゃん?

「ここの先輩として、君たちに忠告しよう。このフロアに足を踏み入れるのは――まだ早い」

ヒソカの手から放たれるオーラ。それは防がず、一歩前に出る。

「どのくらい早いかは君たち次第。出直したまえ、とにかく今は早い」
「ざけんな! せっかくここまで来たのに……ッ」
「通さないよ。ってか、通れないだろ?」

ずんと重くなる空気。
それらを二人に実感させてから、私と先輩はほとんど同時に、自分たちのオーラを広げた。ゴンとキルア、二人をヒソカから守るように。
別にしなくてもいいことだ。いずれウイングさんが現われる。それでもなんというか、ここで何もしないのはさすがにアレかな、と。心配する気持ちはやっぱりあるし、私と先輩は既にそれを知っているのだ。
不要な手助けでも、して損はない。

「……? 急に、楽に……」
「まったく。ミズキもタカトも過保護だねえ」
「あんたも大概だと思うけど」

一歩、一歩と前に進み、ゴンたちを追い越して、向かい合う。
ヒソカに背を向けるのはなんか嫌だけど、仕方ない。

「タカト……」
「ミズキ……?」

私も先輩も、当然ゴンとキルアに悪意を抱いてはいない。ヒソカのオーラを当てられていた時と比べれば、その差は大きいだろう。それでも二人は勘がいい。何かに包まれている、守られているということを、理解している。
ほんと、センスの塊って感じ。まさに原石。

「実はね、私も先輩も、ネンのこと知ってたんだ。隠しててごめんね?」
「なっ……!?」
「わり。俺らも教えられるほどじゃねーからさ。ちゃんとした指導者がいんなら、黙っとくべきだなってミズキと決めてたんだ」
「二人共、今何かに包まれてるなってことくらいはわかるでしょ? 勝ち気はいいけど、無理はよくない。ヒソカに同意はしたくないけど、私たちに守られなきゃここに立ってもいられない二人は……二百階にはまだ早いよ」

エレベーターから降りてきたウイングさんの姿を目に留め、軽く目礼だけをする。
次いで、私と先輩は広げていたオーラを元に戻した。当然、再び二人はヒソカのオーラに晒されることとなる。その表情が、一気に苦しげなものに変わった。

「彼女の言う通りです。彼の念に対し、君たちはあまりに無防備だ。極寒の地で全裸で凍えながら、何故つらいのかわかっていないようなもの。先ほどまでは彼女とタカトくんが守っていてくれたようですが、これ以上心身に負担をかけると死にかねないよ」

ウイングさんの言葉にキルアが噛みつくが、それをウイングさんはあっさり受け流す。そうして本当の念について教えると告げ、二人に一時撤退を促した。

今日中に登録出来なかったとしたら、ゴンはまた一階からやり直せるけど、キルアは一度登録を断っているため、参加自体不可能となってしまう。
つまり二人は、今日中に――あと三時間半の内に――念を覚えて、二百階へと戻ってこなければいけない。
日付が変わるまでに戻ってこれるか。キルアの問いに、ウイングさんは「君次第だ」と静かに答えた。

「行ってもしょうがないし、俺とミズキはここで待ってる」
「ゴンとキルアなら大丈夫だよ。また後でね」

エレベーターへと引き返していく二人に手を振れば、キルアから舌打ちをひとついただいてしまった。あちゃあ、そりゃ怒ってるか。

「おめーらにも! 後で説明してもらうからな!」
「わーかったって」
「……っすぐ、戻ってくるから」
「うん、いってらっしゃい、二人共」

扉が完全に閉まりきるまで手を振り、さてと、と受付の方へ振り返る。
変わらずヒソカは、門番よろしくそこに座り続けていた。どっちみち通らなきゃいけない場所なのでそっちに歩いていきつつ、なんか声かけるべきかなとちょっとだけ思案する。

「ほっとけよミズキ、行くぞ」

でも先輩に手を引かれてしまったので、私はへにゃりと表情をとろけさせながら「はい〜!」とテンション高くヒソカを通り過ぎた。ごめんなヒソカ。




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