「ミズキ、今時間、ちょっといい?」

ゴンが一人で私の部屋を訪れたのは、その日の夜だった。時計を見やり、もうそろ日付も変わる頃なのに珍しいと考えながら、軽く身支度をしてドアを開ける。
話があるんだと静かに告げられ、部屋にあげても座る場所はないものだから、私たちは遅くまで営業しているバーラウンジへと向かった。そこら辺にも座れるところはあるんだが、この時間でも人通りはそこそこある。ラウンジが一番静かに話せる場所だった。

私は炭酸水、ゴンはオレンジジュースを注文し、端の方の席に向かい合って座る。
店員さんが持ってきてくれた飲み物には手を付けずに、ゴンはまず、頭を下げた。

「最初に、ごめん、ミズキ。オレ、今まで変な態度とってたから」

気にしてないよと返すべきか、そんなことないよと否定するべきか。少し悩んで、やや首を振るだけに留める。
柄にもなく私は、緊張していた。ゴンとこういう場所で対面するのは、なんだか変な感じがした。

「……ずっとね、考えてたんだ。最終試験が終わってから、ずっと。ミズキに、好きなように考えていいよって言われて、オレはミズキをどう思ってるんだろうって」
「うん」

私が見ようとしていないから、ゴンとの視線は交わらない。
向かい合って座る私とゴンとの距離は、一メートルあるかないかくらいだ。なのに随分、遠く思える。

しばらく黙り込んでいたゴンは、ハンター試験の前にね、と少しだけ話題を変えた。

「クラピカとレオリオと、三人で二択クイズを受けたんだ。予選、みたいな感じかな。ハンター試験のひとつとして。それが、息子と娘が誘拐されて一人しか取り戻せない時に、どっちを選ぶか、ってものだったんだけど」

そういえばそんなのもあったなあと原作を懐かしむ。
私とタカト先輩はシャルの教えてくれたままに目的地一直線だったから、そういうのをまったく体験しなかった。

「オレは、答えが出なかったんだ。わからなかった。いつか、もしかしたら実際に体験するかもしれないのに、どう考えても答えは浮かばなかった。……最終試験の時のミズキは、それと似た状況だったんじゃないかな、って思ったんだ」
「似た、状況?」
「ミズキにとって、ギタラクルは大切な人なんでしょ? そんでミズキは、キルアのことも大好きだ。きっとギタラクルとキルアのどっちかを助けようとミズキはしてて、それで、あの時のオレはミズキがギタラクルを選んだんだって思ってた」

実際のところは違うんだが、黙って聞いておく。
……違うんだよ、ゴン。私は結局、私のことしか考えてない。

「でも、本当はそうじゃなかったんじゃないかなって、ミズキと一緒にいるキルアを見てたら、そう感じて。オレはその場にいなかったから、どういうやりとりがあったのか全部は知らない。でも、ミズキと一緒にいるキルアは、本当に楽しそうで、嬉しそうなんだ。だからきっと、ミズキの行動はキルアのためだったんだろうなって、少なくともキルアにとってはそうだったんだって、気付いた」

グラスについた水滴が、音もなく垂れていく。カラン、と溶けていく氷が揺れた。

「レオリオたちがギタラクルに怒ったのも、キルアのための行動で。ミズキがキルアを帰らせたのも、きっと、ミズキにとってはキルアのための行動だったんだと思うんだ。そうじゃなきゃ、おかしいもん」
「なんで?」
「だってミズキは、キルアのことも、オレたちのことも、大好きでしょ?」

ようやく視線を、ゴンへと向ける。もう、ゴンの目は迷子のように揺れてはいなかった。
あの日と変わらない、あったかい笑顔を浮かべて、私を見つめている。

もちろん、大好きだよ。それは本当。
でもゴンは、私のことを美化しすぎだよ。私はそんなにいい人間じゃない。優しくもない。
最終試験の時の私は、どうすれば原作通りに進むかしか考えてなかった。全部全部、私のためだ。

みんなのことなんて、全然、考えられてなんていない。

「わかんなくなってたけど、オレもやっぱり、ミズキのこと大好きだから。ミズキがさみしそうにしてるとこなんて見たくないし、もっといっぱいミズキと話して、笑顔で一緒にいたい。オレたちのことを大好きでいてくれるミズキが、キルアの敵のわけないもん。
 だからごめんなさい、ミズキ。オレのこと、許してくれる……?」

再び頭を下げるゴンに、鼻の奥がツンとする。口の中に溜まった唾液を無理矢理飲み込んで、深呼吸を一つすることで、その感覚をやりすごした。
泣くような権利、私にはない。……しっかりしなきゃ。

「私こそごめんなさい、ゴン。あそこでキルアを帰らせたこと、正しい行動だったとは私も思ってないんだ。みんなが怒るのも当然だし、ゴンの反応は間違ってないよ。悪いのは私だから、ゴンが謝ることじゃない。……でも、そうやって私のことを考えててくれたのは、嬉しい。元から怒ってなんてないし、むしろ私が許してって言う立場なんだけど……許すよ」
「そんなことないよ! オレのこと、その、嫌いになってない?」
「まさか! ゴンが言ったんだよ。私はゴンのことも、キルアのことも、もちろんレオリオとクラピカのことも大好き。嫌いになんてなれないよ」

よかったあ、と安堵のため息を吐くゴンを、なるべく穏やかな笑みで眺める。

結局私は、その好意を怖がっていながら、嫌われることも恐れてる。
だから言わない。自分のことしか考えてないよだなんて。みんなの気持ちより、自分の都合を優先させたんだよなんて、口にしない。

それでもゴンには、もしかしたらバレてるのかもしれないけど。

「ゴンは、私を許してくれる?」

まるで免罪符をもらいたがる罪人だ。
思っている以上に弱々しい声が出て、心の中で自嘲する。

「キルアには、もう謝ったんだよね」
「うん」
「じゃあもうオレが怒るようなことじゃないよ。許す! ミズキはやっぱり、オレの大好きなミズキのままだってちゃんとわかったから!」

目が眩んだ、気がした。それくらいにゴンの笑顔はまぶしくて、やっぱり大好きだなあって、心の底から思う。
危ういし、見てて怖いところもあるけれど、それ以上に目映くて、だからこそ目が離せない男の子。私の大好きな、ゴン=フリークスだ。

「ありがとう、ゴン。だいすき」
「うん!」

にじみそうになった涙はこらえて、もうすっかり氷の溶けた炭酸水を喉に流していく。

切り替えよう。
これでひとまず、ゴンとはちゃんと仲直りが出来たんだ。肩の荷が一つおりた。
大好きな子に、こんなにもまっすぐな好意を示してもらえたんだ。何を悲しむことがある? たとえ私に隠している本音があっても、ゴンの目に映る私を、ゴンの大好きな私のままにしていればいい話だ。

後ろめたさなんて、今更感じる資格もない。




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