三日後。私たち四人は順調に各クラスをクリアしていき、ようやく百階に辿り着いた。つまりは個室、ゲットだぜである。 今まではゴンとキルアとタカト先輩が三人で一部屋、私が性別の壁的な理由で一部屋の計二部屋を外の宿で借りてたんだが、これでお金の心配はしなくてよくなる。あと三人がわいわいしてるのに私一人でさみしい……ってなる必要もなくなる。よかった。ぼっちはさみしいのだ。 それから百階以降もみんな一撃で勝ち進んでいき、とうとう私も「膝蹴りのミズキ!」とか呼ばれるようになった。ちなみに先輩は「回し蹴りのタカト」だ。蹴りでお揃いなのが嬉しいです。 これに関しては回し蹴りのタカトって……と恥ずかしがっていた先輩も大変にかわいかった。天空闘技場、ありがとう。 今頃多分、先輩とキルアとゴンは、ズシにレンについてを訊きに行っている頃だろう。タカト先輩は元々知ってるから、付き添いみたいな感じだ。 先輩に原作について話したことは今でも後悔してるけど、こういう時に別行動してても安心して任せられるのは、ちょっとよかったなーって思う。 んで私は何してるのかと言えば、別に何もしてない。 強いて言うなら煙草を吸ってます。おたばこおいしいです。 いやもうほんとさ、先輩とずっと一緒にいられるのはめちゃくちゃハッピーなんだけど、あまりにも四六時中ずっと一緒にいるとマジで煙草吸えないのね。今もうお風呂とトイレと寝る時以外ほぼ一緒みたいな生活してるんだよ。 ここで夫婦か? ってツッコミいれた人、アメちゃんをあげよう。 いつでも当然のように先輩の顔を見ることが出来て、普通に話も出来て、隣を並んで歩くのが普通になってきたのは本当に、奇跡みたいな幸せさなんだけど。 だからといって、煙草を我慢できるわけでは、ないのだ……。 今の私は寝る前に絶をして部屋を抜け出し、別の階にある喫煙所で一本吸って部屋に戻る、という生活をしている。個室は禁煙なので。万一にも先輩に姿を見られてはいけない、重大ミッションだ。なのに一日一本しか吸えないという世知辛さ。 だから今日の私は、別行動をした。うっかり先輩が円をしてもバレないよう渾身の絶をして、ウイングさんの宿がある外へ出て行った三人と鉢合わせないよう、百九十階の喫煙所で一服タイム。 ついでに渾身の絶のおかげで他の参加者には路傍の石以下の存在感となっているので、長居し放題だ。携帯とドリンク両手に思う存分吸いまくってやる。 「…………」 ここが天国とばかりに紫煙にまみれまくっていた私は、ふと視線を感じて顔を上げた。遠く離れた正面。見覚えのある男がこちらを注視している。 ひや、と背筋が冷えた。そうっと煙草の火を消し、携帯をしまってドリンクをゴミ箱に捨て、喫煙所からそろそろと出て行く。 見つかってはいない、はずだ。だって私渾身の絶だぞ。さすがに無理だろ。 それでも一応、人混みに紛れるようにしながらエレベーターホールへ向かう。視線はじりじり感じ続けていたが、エレベーターに乗ってしまえば途切れた。 そのままダッシュで自室に向かい、勢いよく扉を開けて入って、鍵を閉める。ようやくそこで、ほっと絶をといた。 瞬間、携帯が震えて大袈裟に全身も震わせる。恐る恐る画面を見れば、案の定の名前が浮かんでいた。 「……なに……」 通話ボタンを押し、若干震え気味の声で出る。 『ミズキ、さっき百九十階の喫煙所にいなかったかい?』 「やだもうお前のセンサーなんなの〜……」 『やっぱり』 今の「やっぱり」についたのはハートマークじゃなくてスペードだった気がする。おこなの? お前の私限定嫌煙家っぷりマジでなんなの。 『ボクでもずうっと見ていないとわからないくらいの気配だったけど、随分と本気で絶をしていたんだねえ。タカトと一緒だからかな?』 「そもそも何でずっと見てたのか」 『煙草を吸ってるミズキの気配がしたから』 「だからどういう気配なんだよそれは」 げんなりしつつ、部屋のベッドに寝転ぶ。 そういえばヒソカって、いろいろ引っかき回す割に私の喫煙をタカト先輩にはバラさないよな。脅し文句としてくらいは使ってきそうなもんなのに。 いや使われたいわけでもないし言われたくもないので、そのままのヒソカでいてもらいたいんだが。先輩に煙草バレなんてした日には……ウワ……想像したくない……。 『ダメだよ、煙草。タカトにバレたくないのなら、やめちゃえばいいのに』 「そうほいほいやめられるくらいならとっくにやめてる。なに、禁煙のご案内するためだけに電話してきたの?」 『もちろん』 暇人……。 再びげんなりした顔で、ため息を一つ。 正直なとこ今となっては私だって禁煙した方が圧倒的に楽なんだが、煙草は吸っている間だけ煙草によってマイナスになったものをゼロにするものなのだ。一度習慣となってしまった以上、やめるのは難しい。 ……待ってこれ私の禁煙ストーリーみたいな感じになってない? なにこれ? 『いっそタカトにバラして、手伝ってもらえばいいのに。きみ、タカトの言うことなら聞くだろう?』 数秒の間のあと聞こえてきた言葉は、ちょっとばかし予想外なものだった。なので正直に「ヒソカがそんなこと言うなんて、意外」とだけ返す。 じゃあどういう言動ならしそうなのかって言われると、あんまり浮かばないけど。煙草が吸いたくなるたびにボクがキスしてあげようか? みたいな感じだろうか。うん、言いそう。でもキスでやめられるほど生易しい喫煙歴じゃない。キスにニコチンは含まれていないのだ。 今までさほど本気にとっていなかったけど、あれでヒソカは真面目に私を禁煙させようとしてんだろうか。それで全然効果がなかったから、タカト先輩の名前を出したと。そういうことか? そりゃまあ確かに、先輩にやめろよ、って言われたらやめる気もするし、あの人なんか弟に似て監視の目がキツそうな気もするから、効果はでかそうだけども。 「それでも先輩に煙草バレがまずない」 『そう思うならやめなよ』 「……善処します」 とりあえずはそこで話を切り、別れの言葉を述べてから電話も切った。マジで煙草の話しかしなかったな。何で天空闘技場にいるのかとか訊くべきだったか? 携帯をその辺りに放って、ポケットに入れていた煙草とライターを頭上にかざす。元の世界にいた時から、ずっと持っていたジッポライター。シャルとフィンクスのおかげで出会えた、お気に入りの味の煙草。 そもそも私に、ガチのやめたい欲がないのだから、やめられるはずもないのだ。 私のほしいタイミングで確実に私を癒してくれるのは煙草だけなんだよ……身体は蝕まれるけど……。 でも先輩に煙草バレはしたくないし、ヒソカがああも神妙にしてるのもなんかアレだし、一回くらいは禁煙チャレンジしとくべきかもしれない。 まあするにしてもこれ吸い終わってからだな! もったいないからね! 思考を終えたところで、タイミングよく携帯が鳴る。今度はタカト先輩からのメールで、一通り話が終わったから戻ると書かれていた。 やっべマッハでシャワー浴びなきゃ。今の私は全身に煙草のにおいが染みついている。 服を脱いでシャワールームに駆け込み、ばたばたと全身を洗いながらちらと考える。 今いるのは百八十階。明日には百九十階をクリアするだろう。そうなると、私と先輩のタイムリミットも徐々に近付いてくる。 クロロとシャルからは、最悪四月がくるまでには帰ってこいと言われていた。ゴンの怪我が治るまで、ギリいられるかどうかくらいだろうか。 「時間流れるの、早いよなあ……」 ぽつりと呟いて、シャワーを止めた。 ← → 戻 |