五十階に向かうエレベーターの中には、ズシも静かに立っていた。私は内心で、あ〜ズシもかわいい〜! 撫でくりまわしたい〜! とひそかにテンションを上げている。決してショタコンではない。 エレベーターが五十階に辿り着いたところでズシが私たちに自己紹介をしてくれ、私たちも各々名乗る。それからは雑談をしつつファイトマネーをもらうため五十階の受付へと歩いていれば、今度はウイングさんが現われた。 ゴンたちが挨拶する中、私はそっと会釈だけをしておく。どこがどう、というわけではないんだが、ちょっぴりウイングさんは苦手なのだ。私は多分、底の見えない人が苦手なんだろうなあ。 一階でのファイトマネー、152ジェニーを受け取り、取っておいてもしょうがない額なのですぐさま隣の自販機で使う。タカト先輩もキルアと私に続いた。 買ったのはリンゴジュース。先輩はサイダーだ。珍しい。 「一階は買っても負けてもジュース一本分のギャラ。だけど次の階からは負けたらゼロ! 五十階なら勝てば五万はもらえるかな」 「五万か」 「百階なら百万くらいかな」 キルアの説明に、ゴンとズシが驚く。先輩も驚きの顔を見せ、おいまじかと言わんばかりの顔で私へと振り向いてきた。 「二百階まで辿り着けば、これ、合計いくらいくんだ……?」 私が返答するより早く、ゴンたちと会話を続けていたキルアが「百九十階クラスで勝ったときは二億くらいだったかな」と呟く。 更に先輩の顔が驚愕に染まった。驚く先輩もかっこいい。 「ということなんで、合計四億くらいですね」 「よん、おく」 「すごい額ですよねえ〜」 現実味のない額すぎて驚くことしか出来ないタカト先輩と、同じく現実味のない額すぎてのほほんとするしかない私。 四億なんて、普通に一般人として生きてたらぽんと目にする機会もない額だ。それを一ヶ月弱後には通帳で目の当たりに出来るのだから、ハンター世界ってすごい。 前の試合でダメージなかったからもう一試合組まされるだろう、とのキルアの言葉に従い、五人で五十階の待合室へと向かう。 中はめちゃくちゃガラの悪い感じで、まあそれは知ってたからいいんだけど。 「女、ミズキしかいねえな」 「もうちょいいると思ってたんですけどね」 たまたまかもしれないが、そこに女は私しかいなかった。謎の疎外感がある。 天空闘技場自体、女が参加してるのは珍しい方ではあるんだろう。周りからじろじろと見られている気もする。いづれえ〜。 子供が三人いる時点でも周囲の目を引くのに、そこに女が一人混ざってるのだ。先輩の外見はどう考えても格闘家じゃないし、今の私たちは確実に浮いている。周りと足並み揃えて一列に、な日本人からするといたたまれないことこの上ない環境だ。 ゴンとキルアとズシは、そんなの全然気にしてないようだけど。メンタルがすごい。 キルアの言っていた通り、まずはアナウンスでキルアが呼ばれる。そしてその対戦者は、ズシ。 二人が闘技場へ向かうのを見送っていれば、次いでゴンと私と先輩もそれぞれ呼ばれた。対戦相手は知らない名前だ。 「俺は五十九階、ミズキは五十一階、ゴンは五十六階か」 「六十階で会おうね、タカト、ミズキ」 エレベーターホールに向かう二人を見送り、私は階段で一つ上の階に向かう。 対戦相手はこれまたゴリマッチョな男で、試合前のギャンブルスイッチも当然男優勢だったんだが。跳び膝蹴りでワンパンKOをキメてあっさり勝利する。 あの手刀のキルア! 押し出しのゴン! みたいな二つ名? 的な? やつ、やっぱかっこいいじゃん。欲しいじゃん。中二心うずくでしょ? 膝蹴りのミズキと呼ばれる日を私は楽しみにしている。正直膝蹴りのミズキがかっこいいかって言われると微妙な気もするけど、せっかく二次元の世界きたんだから私だってなんかいい感じの二つ名ほしいんだよ……。心はいつまでも中学二年生……。 エレベーターで六十階に向かえば、五十九階のところでタイミングよくタカト先輩が乗ってくる。 「階段の方が早くないですか?」「ちょうど会えたんだからいいだろ」「ですよね〜!」と突然のデレにめろめろしていれば、あっというまにエレベーターは六十階に着いてしまった。もう一時間くらいエレベーター乗っててもよかったのに。 ファイトマネーは六万をもらい、ゴンとキルアが来るのをエレベーターホールで待つ。 「そういえば宿、まだ決めてませんでしたね。どうします?」 「飛行船や列車代で結構使ったからなあ……まあでもこの六万あるし、近場の宿テキトーにとればいいんじゃね。五千円……五千ジェニー? くらいのあるだろ多分」 宿についてを話しつつ、携帯で近場の宿を検索する。 ううんと少し唸れば、どうした? と先輩が携帯の画面を覗き込んできた。うっ近い。最近先輩の距離感がやたら近くなった気がする。私汗臭くないかな!? 大丈夫かな!? 「え……えと、相場はだいたい七千ジェニー以上みたいです。でも、今空き部屋があるのは一万ちょいくらいのとこだけみたいで」 「一万かー。百階にあがれば個室はもらえるんだよな? それまで何日くらいだろ」 「一日二試合くらいと考えたら、明後日か明明後日くらい? ですかね?」 徐々に金銭感覚も狂いつつある私と先輩は「ならいいか?」「まあ一泊一万でも三日くらいなら今日のファイトマネーすらなくなりませんしね」「だな」と結論付けてしまった。 もしや私も先輩も貯金出来ないタイプなのでは。 とりあえず宿の予約を入れたところで、ふと気配に気が付き顔を上げる。ちょうど開いたエレベーターから、ゴンが降りてきた。 ゴンもすぐに気が付き、私たちに手を振ってくる。 「タカトもミズキも早いね!」 「ゴンもな。お疲れ」 先輩とゴンが話しているのを、私は曖昧な笑顔で眺める。 心の底でちょっぴり、もしかしてゴンはもういつも通りだけど、私が勝手に気まずく思っているだけではなかろうか、と思ってしまった。実際どうなのかはわからない。 私と目が合うと、ゴンの表情がほんの少し強張るのも、事実だとは思うんだが。私を見る目は、あの時のまま、迷子みたいだ。 私もおんなじような目をしてるのかもしれない。 ひとまずは宿のことなんかを話しつつ、キルアが来るのを待ち続ける。確かズシは随分と粘ったはずだから、もう少し時間はかかるだろう。 二十分ほどが経った頃、ようやくエレベーターからキルアが出てくる。すぐさま立ち上がったゴンにタカト先輩も続き、私もややあってから二人を追った。 「少し時間かかったね」 「ああ、ちょっと手こずっちまった」 「強かったの?」 「いや全然」 歩きながらゴンと話すキルアの表情は、固い。 どんなに殴っても立ち上がってきたズシ。ズシが構えを変えた瞬間に感じた、イルミと似たイヤな感じ。あれはきっと何かの技だ、と結論付けたキルアを背後から見守りつつ、ちょっとだけビスケの気持ちがわかるなあと考える。 将来性高い子が成長していく様は、見ていて楽しいんだ。その成長が手に取るようにわかるのなら、尚更に。 「あいつの師匠が、レン、って言ってた。目標はこの塔の最上階だとも」 「レンと、最上階か……」 二人は一旦立ち止まり、しばらく沈黙する。 そしてキルアが、顔を上げた。 「ゴン、ミズキ、タカト。俺、ちょっと予定を変えるぜ。最上階を目指す!」 「うん!」 ひとまずは原作通り、と。 キルアならここで私とタカト先輩がそのレンについて知ってると気付くかとも思っていたけど、そこまでは思い至らなかったみたいだ。 まあどっちみち、訊かれたとしても知らんぷりするんだが。私たちに訊くよりウイングさんに習った方がいいのは、わかりきってることだし。 ← → 戻 |