駅へと街の中を歩きつつ、私と先輩はまたもやゴンたちから距離をとっている。 話す内容は、これからどうするか。タカト先輩に問いかけられた私は、しばらく無言で考え込んでいた。 「とりあえずクロロは早く帰ってこい、って。ひっきりなしに連絡来てますよ」 「だよなー、俺もフィンクスからしょっちゅういつ帰ってくるんだ? ってメール入るよ」 「お、おう……そうですか」 クロロたちからの話を聞く限り、仮アジトにいるメンバーはまた変わったようだ。 現時点ではクロロ、パク、シャル、コルトピ、ウボォー、フィンクスの六人。そういえばマチは天空闘技場に行ってたようだし、面子が変わるのも妥当と言える。 しかし、本当にフィンクスと先輩の関係はいったい何なんだ。変な方向に思わず勘ぐってしまうんだけど。 ……いや、うん、何も考えないようにしよう。ライバルが男なのは正直いやだ。 その辺りでゴンに呼ばれ、足取りを速めて四人と共に歩き始める。 話題はどうやら、ヒソカの居場所はどこだろうね、といったところのようだ。私はだいたい知ってるしなんなら当人にも訊けるんだが、その先の展開が気になったので黙っておく。 予想通り、クラピカが「私が知ってるよ」とゴンに伝えた。 最終試験でヒソカがクラピカに囁いた言葉。――クモについて、いいことを教えよう。 そして説明会のあと、九月一日に、ヨークシンシティで待っている、と。 「ねえ、クラピカ」 先輩の表情が徐々に暗くなっていくのを見やってから、クラピカの手にそっと触れる。 「やっぱりクラピカは、旅団に復讐、したいの?」 直接訊くのは、怖かった。何を当然なことを、と思われるかもしれない言葉だ。 私の視線を受け止めて、クラピカの目が伏せられる。そしてその視線は、私の左腕へと注がれていた。繋いでいない方の手で、そっと左腕を撫でられる。 「幻影旅団は、ミズキさんの腕を奪った。族長が報復をしないと名言した以上、私もそれに従うべきなのだろうとは思う。しかし、仲間が殺され、眼を奪われたのもまた事実だ。幻影旅団は捕らえ、然るべき処断を受けるべきだと思っている」 「クラピカ……」 「結局はただの私怨だ。わかっている。それでも私は、ミズキさんを傷つけた奴らを、許せない」 途中、ゴンとキルアとレオリオが私の左腕は義手であることを知り驚くなんてこともあったが、私はそれどころじゃなかった。 いや、あの、シリアスぶりたいんだけどこれ、今めちゃくちゃ叫びたい。 私のやったこと、裏目にしか出てない……! クラピカが旅団を憎む理由を取り除きたかったのに、中途半端にしか出来なかった上、私が怪我したことで結局意味なくなってる! これ割と恨んでる! やだー私愛されてるー!! ……どうしよう、これじゃ多分、ヨークシン編は免れない。今のところ殺す気まではないにしても、旅団のみんなは襲われれば殺す気で対応するだろう。そうなるとクラピカも当然、殺す気でみんなと対峙することになる。 「だからこれからは、ヨークシンに向けて、本格的にハンターとして雇い主を探す」 私は今、どんな表情をしてるんだろう。クラピカたちの反応が変じゃない辺り、きっとそこまでひどい顔はしていないはずなんだけど。 どうしよう、どうしようと、頭の中はごちゃごちゃだ。私はウボォーを、パクを、みんなを失いたくないのに。あんな場面、見たくないのに。 「ミズキ、」 「せんぱ……」 私の右腕を、タカト先輩がひく。 後で話そう、と先輩の手が素早く宙にオーラ文字を描いた。わざわざ私が読みやすいように、先輩の視点からは反転させた状態で。ええ……めっちゃ器用……。 ようやく我に返り、クラピカから手を離す。 次いでレオリオも故郷に帰って医大受験のための勉強を始める旨を告げ、「九月一日、ヨークシンシティで!」と話は一段落ついた。 その頃には駅にも到着し、六人で空港への列車に乗り込む。 空港に辿り着き、クラピカとレオリオの二人がチケットを買うのを見守る。 クラピカを止める手立ては、まだ浮かばない。そもそも止めていいのかも、今の私にはわからない。 私がやろうとしていることは、全部が全部、自己満足だ。クラピカのことなんて、何一つ考えちゃいない。ひどい人間だと思う。 それでも。 「……あ、レオリオ、ちょっと待って!」 去って行く二人を見送っていたところで、はたと思い出してレオリオを引き止める。クラピカは私は先に行くよとそのまま進んでいき、レオリオは目をぱちくりさせながら立ち止まった。 先輩たちに一旦ことわりを入れてからレオリオに駆け寄り、少し言い淀みながらも、ずっと言いたかった言葉を伝える。 「ええと、なんだかんだ、レオリオとはあんまりちゃんと話せる機会がなかったけどさ。最終試験でヒソカと戦った時、応援してくれて嬉しかったし、キルアを止めた時も、私に怒ってただろうに傷の心配してくれて、本当に嬉しかった。私、レオリオのことも大好きだよ。レオリオの、人のために怒れるところが大好き。絶対、レオリオはいいお医者さんになる。だから勉強、がんばって、でも無理はしないでね」 お別れの握手! と手を差し出せば、レオリオはばりばりと頭を掻いてからため息を吐く。 そうして「女がそう気軽に、男に対して好きだとか言うもんじゃねーぞ」と呆れ混じりの声で告げてから、私の手を握ってくれた。 「あはは、ごめん。でも私ね、レオリオはほんとに優しくて、すごい人だって思ってるから。将来、全世界がレオリオを見つけて、あなたを注視するよ。それくらい、レオリオには可能性があるって信じてる。……なんて、なんか上から目線になっちゃったけど。ごめんね?」 「そんな持ち上げても何も出ねーからな。まあでも、ありがとよ。ミズキにそう言ってもらえりゃ、身も引き締まるってもんだ」 握手していた手を離し、レオリオを見上げる。 私は、レオリオがどれだけすごい人かを知っている。どれだけ優しい人かを知っている。 クラピカに、ゴンに、キルアに、絶対に必要な人だ。人を想い、人のために動き、人のために怒ることの出来るレオリオは、多くの人に必要とされる。 まさか十二支んに入るなんて、そこまでは思ってもみなかったけど。 「またね、レオリオ」 「ああ、また。ヨークシンで会おう」 なんとなくそれには確約出来なかったので、手を振ってから背を向けた。 九月一日、ヨークシン。半年以上先のことだ。 もちろん私も、そこに居るつもりではいる。でも私のホームが彼らの元である以上、ゴンたちと今のまま会うことは難しいかもしれない。 +++ 先輩たちの元に戻り、これからどうするかと話し合うゴンとキルアから少し離れ、ベンチに腰掛ける。 大丈夫か、と心配そうに窺ってくれる先輩には申し訳ないんだが、大丈夫だとは言えなかった。 ヨークシン編が回避出来ない、可能性。 私はあの日の飛行船の中で、先輩にほとんどのことを話した。でも、ヨークシン編でウボォーとパクが死んだこと。それからもっと先、シャルとコルトピがヒソカに殺されること。その辺りは話していない。 そもそもあの時点では、ヨークシン編は多分回避できるはずだ、と思っていた。そう、自分に言い聞かせていた。 でも今は、回避出来ない可能性の方が、遙かに高い。 「――、――ミズキ!」 「うわっはい! すみません!」 「本当に、大丈夫か? さっきから顔色、悪いぞ」 「……すみません」 この人に、それを、話していいものか。 だいたい今だって、確定しているわけじゃないんだ。未来のことなんて、原作から少しでもずれてしまえば、私にもわからなくなる。 俯いてしまっていれば、先輩が小さなため息を吐いてから、ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でた。か、髪が。 「お前の考え事は、クラピカと旅団についてだろ? 俺は、力になれない?」 「……まだ、私にもどうなるかわからないことなんで……、ごめんなさい」 「いーよ、謝るなって。でも、話せるなら話してほしい。旅団のみんなが関わるなら、俺だって無関係じゃねーし」 俺とミズキの仲だろ? なんて、いたずらっぽく笑ってくれる。 私もちょっぴり笑って、頷いて、でも今は本当にどうなるかわからないから、確信が持てたら話を聞いてくださいとだけ答えた。その確信を、いつ持てるかはわからないけれど。 タカト先輩はきっと、その確信が持てない状態での不安も話して欲しい、と思ってくれてるんだろう。それでも私はこれ以上、この人に負担をかけたくなかった。 「な、ミズキ。ゴンとキルアはこれから天空闘技場に行って、そこで念を覚えるんだったよな?」 「え? あ、はい。そうですね」 「それってどんくらいかかるんだ?」 ええっと、と頭の中で計算する。今は二月の末。八月の一ヶ月間、ゴンたちはくじら島に行っていたはずだから。 「確か――念能力が必要となる二百階までは、一ヶ月足らずで辿り着いていたはずです。そこからは七月の初めか、中旬くらいまでいたと思います」 「そっか。……じゃあ、一ヶ月くらい帰るのが遅くなっても、問題ないと思わねえ? どうせみんなのとこ帰っても、修行くらいしかやることねーんだし」 「……タカト先輩、まさか」 ニッ、と先輩が笑った。 「俺たちも行こうぜ、天空闘技場!」 ……まじすか、とは、声にならなかった。 金稼ぎも出来るんだろ? と先輩は指折り数えていく。いくら稼げんのかなあ、って。 それも本音だろうけど、きっと先輩は、私が息抜きを出来るように、なんてことも考えてくれてるんだろう。一瞬見えた悲しそうな表情に、自分の期待もあるけど……そう思ってしまう。 タカト先輩は、優しい人だから。 でも、天空闘技場に行くことが、果たして息抜きになるのだろうか。ストレス発散にはなりそうな気もするけど。 ぶっちゃけゴンともまだ微ッ妙〜な気まずさがあるし、だいたいあそこヒソカいるし……。ああでも、お金を稼ぎたいのは事実だ。あって損はない上に、クロロにも借りが残ったままな現状である。そろそろ自立したい。 確か百九十階をクリアした時点で、四億くらいは手に入ったはずだ。ずっと前から考えていたことを実現させるにしても、やっぱりお金はあった方がいい。 「んんん……わかりました。行きましょう、天空闘技場」 「よし、決まり!」 ていうかそもそも先輩の笑顔に逆らえるわけがないんですよねー! 惚れた弱み! ← → 戻 |