ゾル家に来てから、一週間くらいが経った。まだキルアには会えていない。
ゾルディック邸をぼんやりと探索しながら、イルミの言う「全部」とは何なんだろうと考える。

シルバさんとキキョウさんにも挨拶した。ゼノさんとマハさんともお話した。
カルトの修行にも付き合ったし、イルミとのんびりお茶なんかもした。後者は不本意だが。
まさか暗殺業務を手伝わされるなんてこともなかろうし、アルカに会うだなんて展開もあり得ないだろう。
他に何かすることがあるかな、と考えるがまったく浮かばない。もしかしてキルアに会わせまいとする方便かこれ。

というか一週間も経つとさすがに暇なんだようなあ、と小さく伸びを一つ。
念の修行で一日数時間は潰せるにしても、イルミもあれでやっぱり忙しいようだし、常に誰かが私の相手をしてくれるわけじゃない。好きに過ごしていいよとは言われているし、呼べば執事の誰かが秒で現われてもくれるんだが、さすがに暇潰しの相手してとか言えるほど私のツラは厚くないのだ。
ゾルディック邸内はだいたい道も覚えたし、森の探索でもしようかなあ、そういえばミケにも会ってないし、と廊下の角を曲がる。その時、どこからか聞き覚えのあるようなないようなメロディーがかすかに聞こえてきた。
何の曲だっけ。考えながら、なんとなく音の聞こえる方へ歩いていく。しばらくして音の漏れている部屋に辿り着けば、少しだけドアが開いていた。悪いとは思いつつそっと覗き込むと、スナック菓子のようなにおいが鼻をつく。

「何してんだよ」
「うひぃっ」

背後からの声にびくりとして、叫び声をあげる。私の声に背後の誰かもびっくりしたのか「な、なんだよ」と困惑気味の声が続いた。
振り向いて、合点がいく。

「ここ、ミルキくんの部屋だったんだ」

気を抜いてたから、気配に気が付かなかった。一方に集中すると他方がおろそかになるのが私の悪い癖だ。
部屋から漏れ出ていた音は、ゲームのBGMらしい。ミルキの手にスナック菓子やらが持たれているとこを見ると、ゲームの途中でおやつの調達に立ったってとこだろう。執事を呼べばよさそうなものなのに。
背後に立つミルキは、どこか困ったように頭を掻いて「そうだけど」と私の言葉に返答する。見方によれば迷惑そうにも思える表情だった。

「イル兄の嫁が何の用」
「嫁ではないです。なんか聞いたことあるような音が聞こえたから、何かなあと思ってね」

へえとどうでもよさそうに返してから、私を通り過ぎて部屋に入っていくミルキをなんとなく追う。そのまま私も部屋に入れば、何でついてくんのこいつ、的な顔を向けられた。私は見逃さなかった。

これ何のゲーム? との問いかけに、ミルキはめんどくさそうに、けれど存外詳しくゲームについてを教えてくれた。聞いている途中で、ああ、と思い出す。
ところどころ差異はあるけれど、それは昔、弟と一緒にやりこんでいた格ゲーだった。こっちの世界にもあるんだなあ、びっくり。

「ね、一緒にやっていい?」
「はあ? お前、ゲームなんか出来るのかよ」
「これならちょっと自信はあるよ」

コントローラーの形状が微妙に違うし、感覚を取り戻すには時間がかかりそうだけど。ついでにミルキには敵わなさそうだけど。
それでもミルキは、しばらく沈黙してからコントローラーを渡してくれた。

――そして、二時間後。

「ミズキお前、何でそのコンボ知ってんだよ!」
「弟とやりこんだからねー、ッシャ私の勝ち!」
「っあークソ! もう一回やるぞ!」
「三連勝した方が何でも言うこときく約束、忘れないでよ? ミルキ。私今リーチだから」
「俺もさっきリーチまでいったっつの」

私とミルキは、なんか仲良くなっていた。

それから一時間経っても結局勝敗はつかず、勝っては負けて、負けては勝ってを繰り返しながら、そろそろ疲れたし休憩〜と私たちはコントローラーを置いた。こんながっつりゲームをしたのは久しぶりだからか、眼精疲労がすごい。
眉間の辺りを揉んでいれば、「なかなかやるな」とポテチの袋を投げ渡された。片手でキャッチし、「ありがと、そっちこそ」と表情を緩める。

「うちでゲームするの俺とキルくらいだからなー、久々に対戦やれて楽しかった」
「キルアと対戦とかしてたんだ? 仲良いね」
「は? ないない。あいつ俺のこと刺して家出てったんだぞ」
「でも、一緒にゲームはしてたんでしょ」

不服そうな顔はしたけれど、ミルキは何も言わなかった。
暗殺家業なだけあってやっぱりあっちこっちはおかしいと感じるし、私には理解出来ないところも多いけれど、だからって仲悪いわけじゃないんだよなあ。ここに来て初めてゾル家こわい感が薄れた気がする。
ポテチの袋をあけて、一枚かじる。サワークリームオニオン味、初めて食べた。美味しい。

「ミズキって、何でイル兄の嫁になんの嫌なんだ?」
「なにを突然。……嫌っていうかなんていうか、まず私ってイルミのこと恋愛対象として見てないからさあ」
「もったいねー。うちに来たら三食食い放題遊びたい放題なのに」
「それは魅力的な気がする」

思わず、夢のニート生活やんけ……といったひらめき顔をしてしまったが、それでもやっぱりイルミとの結婚はないのだ。
私が好きなのは、タカト先輩だし。

「ミズキがイル兄と結婚すれば、俺もミズキといっぱいゲーム出来るのにな」
「ゲームくらいは嫁になんなくたっていつでも付き合うよ」

けらけらと笑って返したところで、ふと気が付く。
私が神妙な顔をしていることに気付いたからか、ミルキが怪訝そうにこちらを窺ってきた。どうした? と問われ、いやあのさあ、と少し言い淀む。

「ところでミルキ、私のことなんかキラキラして見える……とか思う?」
「頭大丈夫か」
「だよね!? それが正常な反応だよね!? よかったーミルキはまともだー! わーい!」

そういや最初っからミルキは私に割と塩対応だったよね何で!? と思ったんだが、どうやらミルキはキラキラ病にかかってないらしい! やったぜ! 勝ち確!
万歳三唱をせんばかりの私にミルキは完全に引いてたが、まともな人間が一人でもゾル家にいると知れたのは大収穫だ。
ミルキとは楽しくやれそうな気がする。


 +++


「ミズキ。はい、これ」

昼過ぎ。あてがわれた自室で修行をしていたところ、イルミが部屋にやってきた。
渡されたのは、両手におさまるくらいの紙袋だ。リボンがつけられている。

「なにこれ」
「いいから」

促されるまま、とりあえず紙袋を破かないよう封をあける。
そうして覗き込めば、中には三つのシュシュが入っていた。目を丸くして、紙袋とイルミとを交互に見やる。
わかりにくいけど緊張しているらしい面持ちで、イルミは私を見つめていた。
中から一つ、桜模様のシュシュを取り出す。

「これ……」
「プレゼント。それ、もう付けらんないでしょ」

今も私の髪を留めているシュシュをさして、イルミは呟く。洗濯して汚れは落ちたけど、相変わらずあちこちほつれてきている、ぼろぼろなシュシュ。確かにこれを付け続けるのは、ちょっとアレな感じだ。
かといって捨てる気にもならないし、今は他に髪留めもないしで、ずっと付けていたそれ。
そっとほどいて、桜模様のシュシュに付け替える。

「ありがとう、イルミ。嬉しい」

左手でシュシュに触れながら、無意識に浮かんだ笑みをイルミへ向ける。
無表情のまま顔を赤くするイルミはやっぱり遠い目をしてしまったけど、それでも嬉しいものは嬉しいのだ。わざわざ探してきてくれたのかなあ、忙しいだろうに。

「このシュシュ、どこで買ったの?」

店があるなら教えてもらおうと思って問えば、イルミは首を左右に振る。
うん? 首を振るってどういうことだ。

「作らせた」
「ハァ!?」

ちょっと声が裏返ってしまった。

え、作らせた? 誰に? ていうかやっぱこの世界にシュシュないのかな、じゃなくて。
なにこれつまりオーダーメイドってこと? ゾル家こわ……金持ちの行動力すごい……。
嬉しいのは嬉しいんだけど、この髪をくくるだけの布とゴムにいくらかかってんのかと思うと震えてくる。なんかめっちゃ頭重たく感じてきた。

「形は覚えてたから。探してみたけどどこにもなかったし、ミズキはそれを気に入っているみたいだったし」
「いや、うん、気に入ってはいたけど、わざわざそんな……」
「俺が、やりたかっただけだから」

私の髪を留めているシュシュに、イルミの手が触れる。

「うん、やっぱり似合ってる。サクラはジャポンで有名なんだろ? ミズキの国はジャポンと似てるって、前に言ってたから」

イルミには、異世界云々の話をしていない。多分知ってるだろうヒソカも、イルミにそこまでは教えていないみたいだ。
どこ出身かを訊かれたのは、初めてイルミと会った時。ジャポンって島国とよく似たところ、と適当に濁したんだが、まさかそんな他愛ない話を覚えているとは思わなかった。

……赤くなるな、顔。
くぐもった声でごにょごにょとお礼を述べる私の顔を、イルミが覗き込んできて笑う。りんごみたい。そう言われて、更に顔が熱くなった。
だから、こういうのは慣れてないんだって……!

慌ててその場を取り繕うように、紙袋から残り二つのシュシュを取り出す。
片方は私がずっと使っていたのとほぼ同じ、レースがついた深緑色のシュシュ。使っていたのは安い感じのレースだったけど、こっちはガチのレースだ。装飾がやばい。どうやって縫ってんだこれ。
もう一方は白地のシュシュに、金のリボンモチーフがついているシンプルなものだった。かわいいけど、あの、この金って純金じゃないよね? なんか重くない?

とにかく、今付けている桜模様のものと併せて、三つ。
三つとも綺麗でかわいい。それに触り心地からシンプルながらも凝ったデザインから、本当に高そうだ。私は今日からこれを付けて生きるのか……。

「……大事に、使わせてもらうね」
「うん、俺だと思って」
「それはどうなの」

冗談めかして笑う。
嬉しいのも、大事にしたいのも、本当だ。
今までのシュシュは、大切にしまっておこう。

「ほんとに、わざわざありがとう。また何かお返ししなきゃなあ。怪我してない?」
「してない。ミズキが俺の傍にずっといてくれたら、それでいいんだけど」

イルミの声音はあくまで冗談っぽく、けれど多分、本音で。
困ったように眉尻を下げて苦笑しながら、「それ以外でお願い」とどうにか返した。

好きだと思ってもらえるのは、一応嬉しいと思うんだけどなあ。

ちぇ、とわざとらしい舌打ちをこぼして、イルミは私の結んでいる髪の毛を一束、手に取る。

「まあ半分冗談だし、いいけど。ミズキがこれ付けてくれるなら、充分嬉しいし」
「そういうストレートなのが地味に照れるんだよなー……」
「いいこと聞いた」
「忘れろ頼むから」




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