やっとこさ解放され、イルミに連れてこられたのは綺麗な個室。
無人の部屋にわけもわからず「うん?」と首を傾げていれば、完全に馬鹿にしてる顔でイルミに見下ろされた。一発殴っても許されると思うんだがいかがでしょうか。

「ミズキの部屋。当分ここにいるんだから、必要でしょ」
「ああ! なるほど」
「……いつまでいられるの」

ずっといても俺は構わないんだけど、と続けられ、それは無理だと笑う。

ゴンたちが試しの門を開けられるようになるまでは、あと二十日ある。つまりは三週間弱くらいだ。とはいえその日数を言うわけにはいかないので「ゴンたちが来るまでかなあ」と答える。厳密に言えば、ゴンたちはここには来ないのだけど。
ふうんと少し機嫌悪そうに鼻を鳴らして、ふと、イルミが私のくくっている髪に触れた。

「髪留め、ぼろぼろだね」
「ん? うん。やっぱそう思うかあ。これしか持ってなかったからね」
「見たことない形。取っていい?」
「どーぞ」

無いこたないだろうとは思ってるんだが、確かにこの世界に来てからシュシュを見かけた記憶はない。もしかして本当にないんだろうか。そういえばこの世界って、まだ二千年台ですらないんだもんな。シュシュが流行りだしたのっていつ頃だっけ。
髪紐とかリボンとか、普通のヘアゴムやらなら店でも普通に見かけるんだが。あと簪とか。バレッタも見かけるけど、バナナクリップやマジェステなんかもないよなあ。もしや今この世界でそれを作れば大金持ちワンチャンあるのでは?

「変わった形だね」
「そうかな。意外と便利だよ」

シュシュを伸ばしたりめくったりしてみているイルミは、不思議そうな顔だ。
なんかもう流行りは過ぎてしまったみたいで悲しいけど、シュシュって便利だよね。簡単に付けられるし、いろいろバリエーションあってかわいいし、割とどんな服にも合うし。流行りは過ぎたけど。元の世界にいた頃の友だちに「シュシュってもうオワコンじゃない?」とか言われたけど。かなしい。

私の返答には興味なさげのまま、イルミは私の髪にシュシュを付け直す。
なんか男に髪いじられるのって慣れないなあと、目を伏せてイルミの手が止まるのを待っていた。そしたら。

「ひぃぇッ!?」

かぷりと、耳を甘噛みされた。

「……もっと色気のある声、出せないの」
「いきなり噛まれたらびびるだけに決まってんでしょ!」

勢いよく飛び退いてイルミを睨み付ける。不満げな顔をされて、思わず呆れた。
「何で噛むの」と問えば「無防備だったから」との答え。こいつマジで殴ってよくないか。
顔は可哀相だからボディにしとくべきか、うっかりやり過ぎても今の私なら治癒もお手の物だからな……と考えていたところで、イルミがぽん! と掌に拳を当てる。

「キスの方がよかった?」
「イルミ、ヒソカと同レベル」
「げ……やめてよ」

嫌っそうな顔するくらいならこんなことすんなよちくしょう、と顔を覆う。私はあと何回ゾル家やだもうほんとこわい! って思えばいいんだ。

「あっそうだ」

不意に、ようやく思い出す。
そうだよ、私はこんな愉快な感じでイルミと過ごすためにゾル家に来たわけじゃないんだよ。一番大事な目的を忘れていた。ゾル家が色んな意味でこわすぎるせいで。

「キルアに会わせ」
「やだ」
「食い気味に答えるなや」

一拍をあけて。

「全部終わったらね、って言ったでしょ」

そっと、口角を上げてイルミは告げた。笑ったっていうよりは、口角を上げただけ、って感じの顔だ。
まったくこれっぽっちも目が笑ってないんだよなあ。ていうか表情らしい表情が一応でも貼り付けられてるイルミってなんか怖い。帰りたさしかない。


 +++


それでどうしてこうなるのか。

「ミズキちゃんはやっぱり着物がよく似合うわあ!」
「はあ、ありがとうございます……」

一休みしたあと、イルミにまた連れて行かれた先で、私はキキョウさんに着付けられていた。どういうこっちゃ。
深緑色に金やら朱色やらの刺繍が施されている綺麗な着物で、まあそれはいいんだけど、どう考えても百二十%高級だろう着物を来ている事実が怖い。ぼろぼろのシュシュもやたら綺麗な簪に変えられた。簪とか人生で初めてつけたわ。
この簪も高いんだろうなあ……だってついてる石これ多分宝石だもんなあ……こわ……。

「イルミもそう思うわよね」

キキョウさんが、傍らに立つイルミに話を振る。遠い目をしていた私も視線をイルミに向ければ、ふっと顔を背けられた。わあ耳が真っ赤。またキラキラ病か。

「……うん、いいと思う」
「そりゃどうも」

さてそれじゃあ行くかといったノリで、ハイテンションのキキョウさんに手を引かれるまま部屋を出る。
聞けば、どうやら晩ご飯の時間らしい。もうそんな時間なのかと腹具合を確認してみれば、確かにお腹はすいていた。最後に食べたのは観光バスに乗る前だっけ。
てことは今から、私は晩ご飯をごちそうになるわけだ。ゾルディック家のディナーともなれば、すこぶる豪華なんだろうなあ。A5ランクのステーキとか出るのかな、どんな味なんだろう。楽し、み……、……うん?

いやちょ、ちょ、ちょっと待て、ゾル家のご飯? え? 私がそれ今から食べんの? 無理じゃね?
だってゾル家のご飯は毒入りご飯って、ハンタークラスタなら周知の事実じゃん!? これ二次設定じゃなかったよね? 原作よね! どこで見た情報かもはや思い出せないけど多分ガチなやつよね!?
やだこわい。おいとましたい。でも帰れない……。

「ミズキって何か食べられないもの、ある?」
「毒ですかね」
「特にないならよかった」
「あれっ会話が出来てない」

これガチのやつじゃないですかやだー!

ていうかマジで待ってよイルミさん、私、毒なんて摂取した日にはあの世でおやすみしちゃいますよ。嫁にするとか言ってる相手死んじゃうよ?
あっむしろ毒くらい耐えてくんないとうちの嫁には出来ないとかそういう!? そういうアレ!?
……いっや、これ……ほんとどうしよう。毒なんて喰らいたくないぞ。

「あの、すみません私、ちょっとお手洗いに……」

とにかく考える時間が必要だ。案内されたトイレの個室で、頭をひねる。
トイレに長居は出来ないし、時間はあんまりない。急がなきゃ。ていうかトイレまで豪華だな〜?

一応、対毒の念能力は作るだけ作ってはいるのだ。実際に使ったことがないのは、毒なんて出来るだけ一生関わりたくないからである。でもこうなってしまったら、もうそれを使うしかないだろう。
まさかこんなとこでぶっつけ本番をする羽目になるとは思わなかった。なんでゾル家のご飯は毒入りご飯、ってこと忘れてたんだ私は。

毒を消す、あるいは無効化させるもの。イメージで言えば土行か水行のどちらかで、私は土行だなと結論付けた。私の五行は矛盾しているから、土行の性質を持つのは金行となる。マッジでわかりにくいなこの念能力。
万物を保護する金。私の身体に害あるものを、無効化するもの。実物を見ていないのに具現化出来る辺りが、さすがチートってとこか。
練られたオーラは物質となって、掌の上にころんと転がる。種のような形をした金属だ。前に作った時は「うわこんな感じになんのか」とそのままそこら辺に捨てた。

「……な〜んかやなんだよなあ」

数秒の逡巡。そして覚悟を決めてからその種を口に放り込み、ごくんと勢いで飲み込む。するすると胃まで落ちていったそれが、体内で発芽する感覚を覚えた。
顔を顰め、今胃カメラ撮ったらどんな感じになってんだろ……と若干血の気が引いていく。
ともかくこれで、毒は無効化出来るようになったはずだ。ぶっつけ本番ってのが本当に嫌だけど、なんとかなると思いたい。頼むぞチートなトリップ特典。頼みの綱はお前しかいない。

「お待たせしました」

トイレから出て、再びイルミとキキョウさんの二人と広い廊下を進んでいく。
身体の中の異物感に慣れるまでは、時間がかかりそうだ。

そして、二時間ちょい後。

「もしかしてとは思ってたけど、本当に毒が効かないなんてね」
「ミズキちゃんは素晴らしいわ!」
「あとは孫を楽しみにしておくだけだな」

やっぱり毒効くようにしとけばよかった。
ディナーには案の定、致死量ではなくとも毒が入れられていたらしい。それを私は、わあ美味しそう高そう美味しいこの肉はもはや飲み物、とか思いながらぺろりと頂いてしまった。メインディッシュも美味しかったけど特に前菜とデザートが最高でした。
まあ当然、そうなりゃゾル家内好感度は爆アゲするわけで。もう天井突破してんじゃねえかなと、楽しそうなイルミたちを生ぬるい顔で眺めることしか出来ない。つら。

「孫とかほんと勘弁してください」

なんかこのままなし崩しに嫁にされそうでこわい。逃げるべきではなかろうか。
ああ、先輩に会いたい……。




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