「ここがゾルディック家……か」
「おっきいですねえ」

場所は変わり、ククルーマウンテン、ゾルディック家私有地の正門前。一騒ぎ起きて、観光バスは既に返った後だ。
ゴン、クラピカ、レオリオの三人は今、守衛室でお茶をもらいつつゼブロさんと話しているところ。私と先輩は、試しの門を唖然と見上げているところ。

敷地広いとかいうレベルじゃない。樹海も山もぜ〜んぶゾルディックの私有地。ううん、さすが金持ち。暗殺業は伊達じゃない。
こっからじゃ当然、家は見えない。せいぜい試しの門の向こう側に山が覗いている程度だ。でかい。

「これ、こっちのでけえのが本物の入口なんだろ?」

覚えている限りのことを、先輩には話した。だから先輩はもう、この先何が起こるかも、ここがどういうところなのかも大体は理解している。
頷き、飛行船の中でも話しましたけどと前置きをしてから、試しの門は一番小さいのでも片側二トンあることを伝える。そういう細かいところはすっぽ抜けていたらしく、タカト先輩はうげえと顔を顰めた。

「そんなん開けられる奴いんのかよ……」
「確か現時点のキルアは三の扉まで開けてましたね。先輩なら五か六くらいは余裕だと思いますよ」
「そこまでいったら俺絶望しそうなんだけど」

なんとも言えない顔で、先輩は再び門を見上げる。
うん、まあ私も何トンもある扉開けちゃったら、何も言えなくなりますわ。やだよね、自分の人外さ目の当たりにするの。

「六の扉は何トンになるんだ?」「ええと……多分六十四トンですね」「ウワ……無理だろ……」と先輩が若干語彙力を失ってきた辺りで、話が終わったらしいゴンたちが守衛室から出てきた。
先頭はレオリオで、試しの門を開こうと押したり引いたり上げたりしている。ここではびくともしていないのに、二十日で二の門まで開けられるようになるんだからレオリオのポテンシャルってすごい。体格もいいもんなあ。タカト先輩と同い年には見えない。

ゼブロさんが一の扉を開けて、話を続け。ゴンが友だちに会いに来ただけなのに試されるなんてまっぴらだ、と言うところまできた時、私の携帯が鳴った。画面にはイルミの名前が映っている。
パドキア共和国に着いた辺りでメールを入れてからはすっかり忘れていたけど、向こうは向こうでこんくらいには着くだろう、って考えてたんだろう。

「イルミか?」
「です。ちょっと出ますね」

先輩たちから離れ、通話ボタンを押す。

『あ、ミズキ? もう着いた頃だよね』
「ちょっと前にね。でもそっちに行くのは三週間くらい後になるよ」
『何で? ミズキなら試しの門くらい、余裕で開けられるだろ』
「そうだけど私には付き合いってものが」
『なんにせよもうそっちに迎え送っちゃったし、入ってきてよ。母さんも早くミズキに会いたいって、俺が帰ってきてからずっとはしゃいでんだから』

いやそれは知ったこっちゃないんだが……ていうか迎え送ったってマジか。せめてお前が来いや。ゾル家の長男は忙しいのか?
あとはしゃいでるキキョウさんがどういう意味ではしゃいでんのか想像したくない。こわい。
ややげんなりしているところで守衛室の電話が鳴り、ゼブロさんがばたばたととりに行く。そして、なにやらびっくりしていた。

『とにかく、早く来てよ』
「……わかった。後でキルアにも会わせてね」
『全部終わったらね』

全部って何ですかね。訊こうと思ったが、イルミに通話を切られてしまった。あんにゃろう。
通話終了と書かれている携帯をしまい、ため息を吐いていればゼブロさんが駆け寄ってくる。あっちにこっちに忙しそうで申し訳ない。
聞けば、どうやら門の向こうにもうお迎えが来てしまっているようだ。私一人だけ、入ってくるようにと。そういうお達しを受けて、肩を竦める。

「えっ! ミズキ、行っちゃうの!?」

ゴンがゴトーさんと電話で言い争ったりちょっと暴走しちゃったりって展開は、私が電話をしている最中に終わっていたらしく。
しゃあないと試しの門へ向かおうとした私を、ゴンの手がぱしりと掴んだ。何で、と目が訴えている。

「イルミとは前からの知り合いで、家に行くことも元々約束してたんだ。だからごめん、ゴン。キルアを見つけたら連絡するから、ゴンたちはゆっくりおいで」

キルアなら大丈夫だから、と付け加える。
きゅうと私の手を握りしめてから、わかったと、ゴンは手を離した。その頭をやんわり撫でて、先輩へと顔を向ける。

「タカト先輩、先に行ってますね。ゴンたちのことよろしくお願いします」
「……わかった。気を付けろよ」
「はい。先輩も」

クラピカとレオリオにもまた後でと告げ、試しの門に手をかける。ゆっくりと押せば、四の扉まで開いた。一瞬真顔になり、しかもその向こうにどっからどう見てもカルトが立っているのが見えて、思わず門から手を離す。
私が通ることなく、門は再び閉じられた。

「何してんだお前は」
「いやだって先輩〜……!」

何でお迎えカルトちゃんなの〜! と頭を抱える。ここ普通ゴトーさんとか、そうじゃなくてもツボネさんとかアマネちゃんとかさ〜! 完全に執事の誰かが来てくれてるんだろうなって想像してたからびっくりしたんですよ! ゴトーさん忙しかったのかな!? さっき電話応対してたばっかだもんね!?
だからって何でカルトなの。カルトがお迎え係とか役不足にも程があるよ……胃がキリキリしてきた……。

「ミズキさん……四の扉まで、ということはキルアより……」
「あっちょっとクラピカ、そこには触れないで」

泣きそうになりながら再び門を押す。やっぱり四の扉まで開いて、乾いた笑い声が漏れた。
四の扉は三十二トン。しかもこれ軽く押してるだけだから、全力で押したらつまり……ってことだ。絶句。私の腕のどっからこんな力が出てるんだ。
ともかく、先輩たちに軽く手を振って、門をくぐり抜ける。
きょとんと私を見つめるカルトに、はじめましてと若干引き攣った笑みで声をかけた。ら、ぱっと目を逸らされた。やだなんかデジャヴ。

「イルミ兄さんに頼まれて、迎えに来た」
「あ、うん。わざわざありがとうございます……えっと、」
「カルト。そう呼んで」
「……じゃあ、カルト」

名前を呼べば、カルトの顔がぶわりと赤く染まった。
なんなの? ゾル家の人間はみんな私に謎のキラキラを感じる病気にでもかかってんの? いやでもキルアはこんな、すぐ目を逸らすなんてことまではしなかったはず……懐いてくれたのは早かった気もするけど……。
もしかして母親似の子たちだけがそうなんだろうか。だとしたらアルカにまでキラキラしてる! って言われる可能性が微レ存……? いやそもそもアルカに会えるかはわかんないか。うん、この思考やめとこう。

遠い目をしつつ、「こっち」と私の手を引いていくカルトに、ひとまずは大人しくついていく。

「ミズキって呼んでもいい?」
「もちろん」
「ミズキは、イルミ兄さんのお嫁さんなの?」

思わず吹き出した。
イルミほんっと諦めねえな。外堀は既に埋めてますってか。

「違うよ。私とイルミは仲良くしてる……してるか? まあそれだけ」
「そうなんだ。でも兄さんは、俺の嫁が来るからって言ってたけど」
「それに同意した覚えはないから……」

ふうん、と興味なさそうにカルトが答え、会話は途切れた。
けれど手は繋がれたままだ。カルトってあんまり、スキンシップとか好まないイメージがあったんだけどな。意外。

「じゃあ、ミズキを僕のものにしても、いいのかな」

風に乗って聞こえてきた微かな声は、耳に届かなかったことにする。
ゾル家やだもうほんとこわい。即落ち二コマどころじゃないよお。


 +++


のんびり歩いて数十分。辿り着いたゾルディック邸を見上げる私は、もう完全にアホ面だった。でっけえ。
立ち止まってしまった私を、こっち、とカルトが引っ張る。お屋敷内に入り、しばらく石畳のような道を進んでいれば、大きな扉の前にイルミが立っていた。
心なしか怒っているように見えるのは、気のせいだと思いたい。

「遅い」
「ええ……? ごめん」

開口一番がそれかい。もうちょっとさあ、こう、来てくれてありがとうとか、わざわざごめんね、とかあるんじゃ……いやそんなこと言うイルミはきもいな。
自分の想像になんともいえない気分になっていれば、イルミが「もう戻っていいよ」とカルトと私の手を離させた。カルトは少なからずむっとしていたようだけど、大人しく離れる。

「また会える?」
「もちろん。その時はもうちょっとゆっくり、お話しようね」
「……うん!」

はいかわいい。さっきはもうやだって思ったけど、やっぱりカルトはかわいいわ。お人形さんみたいだし、癒しだなあ。
小さく手を振りながら去って行ったカルトをにこにこ見送り、表情を戻してからイルミに向き直る。

「んで、私はなんかしなきゃいけないことがあるの?」

こくりと頷かれた。
そして、扉の向こうを目線で示す。円は使っていないけれど、オーラでなんとなくはわかっていた。
この向こう側にいるのは、シルバさんとキキョウさんだろう。ゼノさんとマハさんは、多分いない。
アルカの部屋はどの辺りなんだろうなあ、円したらわかるかなとぼんやり考えていれば、イルミが扉を開けていた。えっえっちょっと待ってまだ心の準備してない。

「……はっ、はじめまして」

開かれた扉の向こう。大きなソファに座るシルバさんと、その傍らに立つキキョウさん。
わー本物だ、とかそういうことを考える以前に、少しだけ怯えた。シルバさんのオーラ、間近で見るとはんぱない。さすがゼノさんを加えた二対一とはいえ、クロロと渡り合うだけある。ヂートゥも瞬殺だったしなあ。
それでもおそるおそる挨拶だけは出来た私を、思いの外二人は温かい笑みで迎えてくれた。「あなたがイルミの言っていたお嫁さんね!」「確かに、相当強そうだな」……って、うんちょっと待とうか。勘弁してください。

「イルミさあ……」
「だって、そういうことでしょ」

どういうことだよ。
え、なに、今の私って彼氏の両親に挨拶に来た感じなの? そういう風に受け取られてんの? っていうかキキョウさん近い近い近い何で初対面でこんな猫かわいがりされてんのゾル家やだもうほんとこわい!
キキョウさんによる熱烈ハグと高速なでなでを享受している私の顔は死んでいた。ゾル家やだもうほんとこわい。何度でも言う。予測変換でzを打った瞬間全文変換出来るくらい言う。

「母さん、ミズキが死にそうだから」
「あらあらまあまあ! ごめんなさいねミズキさん!」
「いえ……大丈夫です……」

髪の毛ぼっさぼさになったけどな……。
いったん髪をほどいて、手ぐしで整える。このシュシュも二年近く毎日つけてたってなると、さすがにぼろっちくなってきたなあ。結局シュシュが楽なせいで新しい髪留めも買わずじまいだったし。いい加減新しいの買うべきか。
いつも通り結び直したところで座るように促されたので、シルバさんの正面に置かれていたイスに腰かけた。隣にイルミも座り、あれこれ完全にご挨拶に来ちゃった感じじゃね? と遠い目をする。どうしてこうなった。

「あー……あのう、少々誤解があるようなんですが」

私を置き去りに、結婚式がどうの結婚後はどうするかだのミズキなら即戦力な上に子供にも期待が出来るだのと話し始めてしまった三人、主にキキョウさんとイルミ。
さすがに両親の手前いつもみたいにやめろやなんねえわとキレるわけにもいかず、私はおずおずと手を挙げて、どうにか口を挟んだ。

「私、イルミと結婚するつもりはないです」
「まあ!?」
「……そうなのか?」
「はい、ご期待に添えず申し訳ないですが。今回も約束したから遊びに来ただけですし、まず恋人ですらありませんし」

隣のイルミを軽く肘でどつく。なに拗ねた顔してんだお前。舌打ちすんな。

「家まで連れてくれば勝ちだと思ったのに」
「そこまで流されやすくないわ」

どうにかこうにか、私に結婚やらなんやらの意思はないことをシルバさんとキキョウさんはわかってくれたらしい。が。

「けれど私、ミズキさんみたいな女の子が子供に欲しかったのよ!」
「そうだな。ここをお前の家だと思って、いつでも遊びに来い。俺のことはお父さんと呼んでもいいんだぞ」
「あらじゃあ私のことはお母様と呼んでちょうだい!」
「ゾル家やだもうほんとこわい!」

この夫婦にも、どうやら好かれてしまったらしい。
マジでなんなの、私ゾル家専用の愛されフェロモンでも出てるの? 第二の家族どころか第三の家族まで誕生しかねないの無理だよお。第一の家族も大概、お父さんは顔が怖いしお母さんは全部怖かったけど、第一の家族がめっちゃマシに見えてくる。真面目に考えると何で盗賊団と暗殺一家が家族になってるんだ。いやなってないけど。
なんか泣きたくなってきた。コルトピに癒されたい。

「それにまだ諦めるのは早いわね。イルミのお嫁さんもいいけれど、年齢的にはキルかミルキでも」
「いっそ養女にするのも手だな」

こそこそ話している夫婦二人が怖すぎる。




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