「お疲れ、ミズキ」
「ありがとうございます。……ところで先輩、さっきなんかちょっと怒ってませんでしたか」
「いや、別に?」

ただお前はちょっと無防備すぎるよな、と。
私の頭を強めの力で押さえつけてきたタカト先輩に、わーい先輩が私に触れてくれてる! なーんて思えるわけもなく。さすがにちょっと痛いです先輩。
ていうかタカト先輩、なんか最近ちょっとずつシャルに似てきてる気がする。腹黒属性ついてない? 気のせい? Sっ気出てきてない? いや別にシャルって腹黒ではないけどね?
いやまあ腹黒だろうがサディストだろうが先輩なら即落ち二コマなんでいいんですけど……。

そうこうしている内にも試合は続いていて。
ヒソカ対ボドロ戦、キルア対ポックル戦は原作通りに終わった。ここでキルアがポックルに勝ってくれることを若干期待してはみたんだが、まあそうはいかないか。

そして始まるのは、問題のキルア対ギタラクル戦。
「久しぶりだね、キル」の言葉と同時に、ギタラクルはその姿をイルミへと戻していく。何回か見たけど相変わらずこの変身は見慣れねえわと思いつつ、ちょっとだけ先輩から距離をとった。

イルミはつらつらと、私にとってはデジャヴしか覚えないセリフを並べていく。
そんな私ですら、モニョッとしてしまうような言葉だ。レオリオやクラピカ、タカト先輩が憤らないわけがない。
距離とっておいて正解だった。先輩のオーラ、マジではちゃめちゃに怖い。痛い。

キルアは冷や汗を浮かべて、それでも、自分の意思をはっきりと口にした。
「ゴンと……友だちになりたい」「人殺しなんてうんざりだ」「普通にゴンと友だちになって」「普通に生きたい」
そんな、普通の願望を。

「無理だね。お前に友だちなんて出来っこないよ」

でもそれをばっさり切っちゃうんだから、イルミってほんとゆがみない。
先輩が怖いからもうこんくらいにしといてくれないかな。私もそろそろ怒るぞ。

イルミは言葉を紡ぐ。キルアを傷つける言葉を。
声を荒げて遮ったのはレオリオで、だからレオリオはすごいんだよなあ、と心の隅っこでじんわりした。

「ゴンと友だちになりたいだと? 寝ぼけんな! とっくにお前ら友だち同士だろーがよ!」

こうやってレオリオが声をあげてくれたんだから、そろそろ私もだんまりをやめるべきだ。
小さくため息を吐いて、口を開く。

「イルミ」
「よし、ゴンを殺そ――……なに、ミズキ」

器用に首だけをぐるりとひねって、イルミが私へと顔を向けた。こっわあ。

「キルアに酷いことしないで。約束、破るならもう金輪際イルミとは喋らない」
「え」
「殺し屋に友だちはいらない? うんまあいいんじゃない、イルミはそれで。私ともヒソカとも、イルミは友だちじゃないもんね。だけど、それをキルアにまで強要しないでよ。おんなじ家の、おんなじ血が流れてる人間だとしても、イルミとキルアは違う人間なんだよ。そんくらいわかるでしょ? イルミは友だちがいなくても強いだろうけど、キルアは友だちがいて、外の世界を見て、あんたの庇護下にいない方が、強くなれるんだよ」

まっすぐ、イルミの目を見つめて。

「私が保証する」

ここにいる誰もがきっと、何を根拠にと思うだろう。思うだろうけれど、それが事実なんだ。
今後どうなろうと、イルミの元に居続けるより、ゾルディック家に縛られたままより、絶対。キルアは強くなるから、イルミが今ここで、キルアを縛り付ける必要はない。

「……ミズキがそこまで言うなら、いいよ。キル、将来の姉に感謝しな」
「いや将来の姉ではねえけどな」
「この試験を受けることは許してやる。俺と戦って、最終試験をパスしてみな。出来る? 出来ないよな? 勝ち目のない敵とは戦うな、って俺が口を酸っぱくして教えたもんな?」
「イルミ!」
「わかったって。まったく、ミズキはわがままだなあ」

いい加減キレるぞこの野郎。
だいたい、念を知らない子に対して悪意満々のオーラ向けんなよ。思わず私のオーラ広げてキルア守ったわ。
それに対してはイルミにすっげー睨まれたけどー! 私別に! 悪いことしてないし!

「……まい、った」

ぼそりと今にも消え入りそうな声が鼓膜をかすめて、私の勢いは急降下する。
抜け殻のような、どこか申し訳なさそうですらある表情で、キルアが私を見ていた。私まで肩の力が抜ける。勿論悪い意味で。
結局、何も出来なかった。
キルアの頭の中には、イルミの針があるんだから仕方ない、にしても。

「ごめん、さんきゅ、ミズキ」

いつも通りのキルアだったら、まず私とイルミの関係について訊いてくるだろうにね。

眉を寄せた私の手を、先輩が掴む。小さく首を振られて、……それはどういう意味? もうやめとけ、ってこと?
いくら先輩の言葉でも、ごめんなさい、それは聞けない。

「キルアとイルミのは、確かに腹は立ったけど、あいつらの家の問題だろ? ミズキがこれ以上――」
「そういうわけにもいかないんですよ」

私の精神衛生上、ですけど。

続くのは、レオリオ対ボドロ戦。
試合開始直後に動いたのは、レオリオでもボドロさんでもなく。
キルアと、私だった。


 +++


「……今、キルアは明確に、ボドロさんを殺そうとしていました。私が遮らなければ、殺していたでしょう。この場合のキルアの措置って、失格でいいですよね? ネテロさん」

右胸の下辺りに深々と突き刺さっているキルアの手を掴んだまま、ネテロさんへ顔を向ける。
正直、五分五分どころじゃないなとは思っていた。試合を妨害した場合、失格になるのは対戦者の方だとゴン対ハンゾー戦で名言されている。今回の場合で言えば、レオリオが失格になる可能性もあった。
死に至らしめれば失格。ボドロさんは死んでいない。キルアが失格にならなかったら、これでもし、レオリオが失格になってしまえば。
私が言うのもなんだけど、どうか原作から逸れないでほしい。特にレオリオは、ハンター証が必要なんだ。いや他のみんなもそうだけど。私個人のあれそれで。

私の視線を受け止め、ネテロさんはそうじゃなあと髭を撫でる。
そうして、うむと一つ頷いた。「99番、キルアを失格処分とする」と。
その言葉を聞いた私は、やっと息を吐くことが出来る。とはいえ上手く呼吸は出来ないんだが。これ肺に刺さってませんかねえ、キルアの手。

「ミズキ、おまっ……なにして……っ」
「何でお前が、キルアの失格を訴えるんだよ! 普通逆だろ!?」

すぐに駆け寄ってきた、先輩とレオリオ。心配する相手は、二人共違うようだけど。

ずるり、粘着質な音をたててキルアの手が私の身体から抜ける。
呆然と私を見上げるキルアの頭を撫でて、そっと頭を抱き寄せた。耳元に口を寄せて、出来るだけどうってことないような声を意識して、囁く。

「今は家に帰りなさい。みんなで迎えに行くから、待ってて、キルア。……ごめんね」

そして、とん、と突き放した。
キルアは何も言わないまま、言えないまま、ふらつきながらも試験会場を出て行く。
扉が閉まるまでを見届け終えたところで、いやさすがに串刺しはキツイっすわーと私はその場に膝から崩れた。とりあえず隠で見えなくした火を傷口にまとわせておく。

「私は、だいじょうぶなんで、試合続行、おねがいしますねー……」
「どこが大丈夫なんだよ!?」
「ミズキさん!」
「いやほんとだいじょぶだから、」

レオリオと、一歩遅れて駆け寄ってきてくれたクラピカが両脇を支えてくれる。そうしてよろよろ立ち上がった私を外へ連れてってくれようとしたけれど、それは意外な人に遮られた。

ぱんっと響く、乾いた音。
左の頬がじんじん熱を持ち始めて、やっと、正面に立つタカト先輩にはたかれたことを、理解した。
……素でびっくりした。

「レオリオ、クラピカ、離せ。俺が連れて行く」
「や、あのせんぱ」
「ミズキは黙ってろ」
「、は……い」

身体の芯を氷柱で刺されたみたいに、全身が冷えていく。それほどまでに、先輩の声は冷たかった。あまりの剣幕に口を噤む。
ゴンやキルアの時とは違う。怖いとか、オーラが痛いとか、そういうレベルの状態じゃなかった。
レオリオとクラピカも圧倒されたのか、黙って私から手を離す。

個室へ案内してくれた協会の人と、私を抱える先輩と、三人で試験会場を出て廊下を進む。
いや先輩に抱っこされるのはさすがにちょっと無理が過ぎますと言いたかったんだが、まったくもってそんなこと言える雰囲気ではなかった。喜べるような状況でも恥ずかしがれるような状況でもないところがつらい。
個室に着いてからは、すぐに医者を連れてくるという協会の人に大丈夫だと告げ、先輩と二人きりになる。
背筋どころか、全身が震えている気がした。異様に寒い。

傷自体は、念のおかげで出血も止まっている。さすがに貫通した傷だからか、正直どちゃくそ痛いし、完治にはまだまだ時間がかかりそうだが。鎮痛剤くらいは持ってきてもらうべきだった。

「ミズキ」
「……はい」
「俺、今からお前に対して怒るけど、引くなよ」

ええ……と思いながらも頷く。
その瞬間、再び頬をひっぱたかれた。怪我人に鞭打つ先輩容赦ない。割と泣きそうなんだけど私。

「お前は、俺より何でも知ってて、もしかしたらキルアがどうすんのかも知ってたのかもしんねえけど、だからって全部自分で解決しようとすんじゃねえよ! 確かに俺もミズキもすぐには死なねえくらい強いけど、それでも傷つかないわけじゃねえんだから、わかってんのか!?」
「は、はい」
「なら何でキルアに刺されるような真似してんだよ! お前なら避けれただろあんくらい!」
「それはその、ボドロさんを守ることに重きをおいてたので、」
「だからってミズキが刺される必要はねえだろっつってんの! そりゃあのままキルアがボドロさん刺してたらあの人は死んでただろうよ、それを守ったお前もすげえと思うよ! でもミズキが怪我することで傷つく奴もいるってことを考えろって俺は言ってんの!」

ダン! とサイドテーブルを叩かれて、びくつく。
ふ、ふええ怒った先輩こわいよお……。思わず半泣きでおろおろしていれば、先輩も熱くなりすぎた自覚があるんだろう、顔を押さえて深いため息を吐きだす。

「だいたい、そういうことが起こるかもしんねえってわかってんなら、俺に相談くらいしろよ……」
「す、みません……」
「……怪我は、治るのにどんくらいかかるんだ」
「ええと、多分あと十分二十分くらいあれば」
「、そか」

先輩は俯いたまま、再び深いため息を吐く。
ぶっちゃけ十分二十分程度でこの傷が完治するとは到底思えないんだが、まあ多分そんくらいあれば表面上は治ったように見えるだろう。バレなきゃいいのだ。あとでこっそり鎮痛剤はもらっておくことにする。
痛みは酷い。腕が貫通してたんだ、耐えられるはずがない。それでも私は頭の中で何十回も何百回も「大丈夫」の言葉を繰り返して、平静を装っていた。
タカト先輩に、痛がっていることをバレてはいけない。そんな状況の私を二回もはたいちゃったなんて知ったら、優しいこの人はとても傷ついてしまう。

「ごめんなさい、タカト先輩」
「いや、俺こそごめん……二回も殴って」
「殴るっていうかビンタでしたけど……ああいえ、大丈夫です。悪いのは私ですし」

なんとか微笑みを浮かべれば、先輩もつられるようにへにゃりと笑ってくれる。
ほっとして息を吐けば、ずきりと傷口が痛んだ。

「ミズキ、次からは一人で解決しようとすんな。俺じゃ、なくてもいいから……誰かを頼ってくれ。俺は、――俺以外も、お前が傷つくとこなんて見たくねえんだよ」
「……はい」

ごめんなさい、ともう一度頭を下げる。

「次からは、タカト先輩を頼ります」

私の言葉に頷いてから、とりあえず包帯だけでももらってくるわと先輩は立ち上がり、部屋を出て行った。
その時の先輩がちょっと嬉しそうにしていたように見えて、思わずドアがしまったあとガッツポーズをしてしまう。先輩かわいい! 百点満点中百億点でかわいい!! ありがとうございます一から十までご褒美です!

「ウグッ動いたらはちゃめちゃに痛い」

ついでに喋るどころか呼吸する度に激痛だった。
ぱたりとベッドに倒れ、傷口周りのオーラを更に増やしておく。早く治れ。先輩にバレないうちに。

――ミズキが怪我することで、傷つく奴もいるってことを考えろ――
――タカト先輩を頼ります――

ついさっきの言葉を、会話を、頭の中で反芻する。
口ばっかり。自嘲気味に唇だけを動かして、音には出さず呟く。
先輩の言葉は本当に、とても嬉しかった。あの人は私が怪我をすることで、傷ついて、怒ってくれる人なんだ。頼ってほしいと思ってくれているんだ。こんなに嬉しいことはない。
だとしても。

「私の自己満足でした怪我で、あなたに心配をかけたくはないんですよ」

これからもきっと私はタカト先輩に隠し事をするし、何かしらを一人で解決しようともするだろう。
大好きだからこそ、頼れないんだ。そういうこともある。




×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -