ああ、なるほど……タカト先輩がここに来た経緯を話したのね、と納得する。そりゃあここがどんな場所で、自分に何が起きたのかもわかんない人だったら、説明を求められれば詳細ないきさつを答えるだろう。
とはいえ先輩の口から「異世界」だなんて言葉が出たとは思えないし、そこはシャルなりクロロなりが導き出したことなのかもしれない。だとしたらすごいし、頭の良さが怖い。
先輩の無知さを少し羨ましく思いつつ、視線を彷徨わせる。私はこの世界のことを知っていて、理由や原因はわからないけど、自分に何が起きたのかだってある程度はわかってる。中途半端に知っていると、いろいろ喋りづらいんだ。

「名前は――ミズキと言ったか。さっきシャルに話していたことが事実なら、俺のことも、当然わかるんだろう?」

適当な瓦礫に腰を落ち着けたクロロが、じ、と私を見据える。
……なんていうか、この人は、やりにくい。私はこの人が、どれだけすごい人かを知ってる。強くて、頭が良くて、察しもいい。人の機微を読み取ることにだって長けている。きっと私が今、やだな、ってなんとなく思ってることだって、バレてる。
私が嘘をついてることだって、きっと。
それでも求められたのなら、問い詰められないのなら、嘘を突き通すしかないんだろう。めんどくさいなと心の片隅で思いつつ、クロロに関する情報を思い出していく。

「名前はクロロ=ルシルフル。A級賞金首である幻影旅団団長で、流星街出身。二十六歳のAB型。……身長は177cm、体重は70kgないくらい……かな。読書が好きで、あと、意外とプリンが好き。幻影旅団の構成員は十三名。それと――」

ざっとプロフィールを並べたところで、ふと気が付く。

「あなたの念能力についても、話していいんです?」

旅団員同士でも、人によっちゃ念能力の詳細は知らないはずだ。
クロロもいくつかの条件や盗んだ能力なんかは、隠してるかもしれない。ヨークシンでノブナガを移動させた? みたいな? 能力に関しても、ノブナガは知らなかったようだし。
そう思って問いかければ、もう充分だと首を振られた。さっきの一言で念能力についてもわかってますよ、って言ったようなもんだしね。

「それで、お前たちの目的は何だ」
「さっきシャル……ナークさんにも話しましたけど、本当に助けて欲しかっただけですよ。もう治してもらったし、それ以外の目的は特にないです」

ワンチャンはまだ狙ってるけどな。

そうだと思い出して、一旦クロロから目を逸らし、シズクへと向ける。
「毒を吸ってくれたのはあなたですよね、ありがとうございます」と頭を下げれば、「どういたしまして。やっぱりあたしの能力も知ってるんだ」と返された。それには曖昧な笑みだけを返し、クロロへと視線を戻す。

用事が終わったことを示すために巻かれていた包帯をほどけば、抉られた傷はもうすっかり治っていた。傷一つなく、もうどこを怪我していたのかもわからない。
身体能力だけでなく、治癒力も上がっているみたいだ。さっきからずっと全然痛くないなとは思っていたけど、ここまでとは。
クロロは、ほう、と興味深そうに私の右腕を見つめている。シャルやシズクもびっくりしているようで、なんとなく恥ずかしくなって腕をおろした。

「……毒も抜いた。傷も癒えた。それで、どうするんだ?」
「え? ……えー……いや、これといって考えてないですけど」

ここまで絡んでしまったことだし、なんかタカト先輩はフィンクスたちに気に入られてるみたいだし、やっぱりこのまま旅団と仲良しコースは捨てがたいんだが。
現実的に考えるなら、ハンター試験を受けてライセンスを身分証にしながらバイト生活か……その辺りだろうか。ああでも、今が何月かはわからないし、ハンター試験までの生活をどうするかが難しい。この身体能力ならどうとでもなりそうな気もするけど。ハンター世界だし。
あ、天空闘技場にいって資金集めもアリか。あそこなら身分証とかいらなさそうだし、百九十階までいければ何億かは手に入ったはず。今の体力なら数百万ジェニーくらいは余裕で稼げそう。

「うーん……天空闘技場に行くのが、今のとこは妥当ですかね」
「まったく関係がないにも関わらず、傷を治してやった俺たちに礼もせず、か?」
「……えっ?」
「貴重なシズクの力を、何の関係もないお前のために使ってやったんだ。礼を尽くそうという気持ちはないのか?」

数秒かけてクロロの言葉を飲み込み、心の中でごちる。
なんかこのクロロ、めんどくさい。言ってることは正しい気もするし、そりゃあ、ね? シズクにはいくらでもお礼したいし、お金さえあれば服でも宝石でも貢ぎたいけどね?
なんか言い方がうざい。めんどい。この、クロロとしては私やタカト先輩にやらせたいことがあるんだろうに、わざわざ遠回しに言うとこがうざい。

「異世界。ここではないどこか。そこで寝てる奴の言葉を信じるのなら、暗黒大陸ともまた違うんだろう。俺はそれが、気になる」
「……シェヘラザードにでもなれと?」
「千夜一夜物語か。お前がそこまで話上手だとも思えないが、そういうことだ」

チッ、と内心で舌打ち。私だって自分のこと話上手だとは思ってねーよ。ものの例えだろ。
つまり、クロロは異世界の話を聞きたいと。てことは、ここに居ろってことだ。その間の衣食住までみてやるとは言われてないけど、ここは頷いておくべきか……。
でも、クロロが気に入るような話が出来なければ、そこら辺に捨てられるかもしれないし、それこそ殺されたっておかしくない。マジでシェヘラザードだな。何だこれ。

どうしたものか。口を閉ざしてしまった私を、クロロはただじっと見据えている。笑うでもなく、何かを疑っている様子でもなく。
そこにあるのは、ただの興味。ろうそくの火よりも儚く、ほんの少しのことですぐさまかき消えてしまいそうなほどの、ちょっとした興味。
面白ければそれでいい。そうじゃなければ、まあ多少の暇潰しにはなった。その程度のもの。

「さんせえーい!」

沈黙を裂いたのは、急に響いたタカト先輩の声だった。
びくりと肩を震わせて振り向くも、先輩は変わらない場所でむにゃむにゃと眠っている。寝言のタイミングと発言が完璧すぎて、全力で頭を抱えて空を仰ぎたい気分になった。
ごめんタカト先輩、私あなたのことめっちゃ大好きだけど、ほんとごめんけどこれだけは言わせてほしい。最ッ悪。

「片割れはどうやら、ああ言っているようだしな。お前にとっても悪い話じゃないだろう? 俺を満足させる話が出来れば、衣食住くらいの面倒はみてやる」
「そうだなあ、俺も異世界ってのにはちょっと興味あるし。会話は問題ないようだけど、文明や生態系には差があるかもしれない」
「でもこいつには変な能力があるんだろ? タカトだけ残して、こいつは殺してもいいんじゃねえか」

上からクロロ、シャル、フィンクスの発言である。ちろりとフィンクスへ視線を向ければ、やっぱり敵意だけを返された。私も今ばっかりは敵意を向けたので、おあいこである。
先輩だけを残して死ぬなんて、冗談じゃない。そんな展開になるなら先輩抱えてこっから逃げるわ。全速力で走るわ。

「いや、俺はこの女が気に入った」
「……ミズキ、ぼくの後ろに隠れて。団長の目がやらしい」
「そうじゃない」

クロロの言葉に、すす、と私を庇ってくれたコルトピを思わず凝視してしまえば、顔がこちらに向けられる。髪の毛の隙間から覗く目がちょっとだけ細められてて、多分笑ってんだろうなってのはわかった。
もしかして、和ませてくれたんだろうか。かわいい上に優しいとかもうコルトピ最強すぎない?

コルトピのおかげで少し冷静さを取り戻し、深呼吸を一つする。
クロロとシャル、あとコルトピは、少なくとも今すぐに私を殺すつもりはない。むしろ異世界の人間っていう特異な存在を、手元に置きたがっている。
パクとシズクは傍観側だろう。成り行きを見守るだけで、これといった敵意も見えなければ、興味らしいものもさほど感じない。
フィンクスとウボォーは、タカト先輩には割と好意的だ。よほど話が合ったんだろう。でも、私には敵意を抱いている。度合いはフィンクスの方が上で、ウボォーはこちらの反応次第、ってとこだろうか。
多分、こんなとこでだいたい合ってると思う。もちろん、私の行動次第で全員が敵に回ることは、重々理解している。

その上で、先輩を守るためには、どう動くべきか。

「この女のオーラを感じるだろう。まるで、雛を守らんとする親鳥のようじゃないか」

小さく、小さく、クロロが嗤う。
ほんのちょっぴり口をへの字に曲げて、頭の片隅で考えた。

やっぱりこの人、めんどくさい。




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