試合開始と、審判が叫ぶ。
私と先輩は向かい合ったまま動かず、周囲も静まりかえっていた。

「なあ、ミズキ。俺らが戦うのは、初めてだよな。そういや組手とかも、したことねーし」
「そういえば……そうですね」

先輩が一歩、前に出る。対して私は一歩、後退した。
これが私とタカト先輩の、覚悟の差なんだろう。

「ミズキを傷つけたくはねえよ。でも」
「……」
「俺はお前と、このまま隠し事をしたり探ったり、って関係でいたくない」

先輩が構えた。纏の状態だったオーラが、力強さを増す。

「だから、俺が勝ったら。ミズキの隠してること全部、話してくれ。それを聞いてどうするかは俺が決める。お前は、俺の分の荷物まで背負わなくていいんだよ」

頷いた。頷こうと、した。
自分の意見が定まらなくとも、私は先輩の覚悟に向き合うべきだ。正々堂々戦って、どっちが勝つかなんて正直わからないけど、そうしなきゃいけない。
なのに私の視線は床から離れなくて、先輩を正面から見ることすら出来ない。
ああ、もう。弱い自分が、うざったい。

「――ミズキ」

不意に、声が聞こえた。

目の前にいる先輩から、じゃない。背後からだ。
ゆっくり、ゆっくり振り向けば、声の主が笑っている。がんばれ、とその口が動く。音は出さずに。一文字一文字、言い聞かせるように。

がんばれ。なんて、あいつらしくない言葉だ。

「わかりました。でも先輩、もし私が勝ったらこの話は二度となし、ですよ」
「……上等!」

タカト先輩が床を蹴る。一瞬よりも早く私の眼前までやってきて、その拳は一直線に私の鳩尾を狙っていた。
おーっとタカト選手本気! 本気です! 傷つけたくないって言葉の意味がわからなくなってきます!!

まあもうここまできたら、私も本気でやりますけど!

思わず脳内で実況しつつもすんでのところで横に躱し、私に背を向ける形となった先輩の背へ膝蹴りを入れようとする。しかしそれは、くるりと振り返った先輩の腕にガードされた。
反動で互いにやや飛び、先輩が着地している内に私はいったん距離を取る。

念能力を知らない人間がいる以上、今ここでは念を使うべきじゃない。
でも、念能力だとわからないようにすれば。

「大丈夫」

小さく、自分に言い聞かせるように呟く。

そして粘着性を持つよう変化させたオーラを、先輩へと放った。放出系は若干、ほんと微ッ妙〜に苦手なのだけど、そうも言ってられない。
タカト先輩が凝をしていないのは、最初からわかっていた。何でしてないのかっていうと、多分忘れてるだけなんだろうけど。

着地した際の姿勢から次の動きへ移ろうとした先輩は、けれど動くことが出来ない。足も手も、床に貼り付いたまんまだからだ。
「なん……っ」と驚いた様子の声を漏らすと同時に凝をする。自分の手足についたオーラに気が付いて、先輩の顔が私へ向けられた。追い打ちをかけようとしないのは、まいったコースワンチャンないかなあと思ってるからだ。だって先輩、除念なんて出来ないでしょ?

ところでヒソカがすっご〜く嬉しそうにこっちを見てるのがなんとなくわかるんだけど、これ伸縮自在の愛をパクったわけじゃねーからな。出典は某忍者漫画だから。

「ミズキがそうくるなら、俺だって」

私は割と余裕ぶってたんだが、ところがどっこい、先輩はチートレベルのトリップ特典をもらった人だった。
まずは自由な片手でポケットから音楽プレイヤーを取り出し、同時にボゴッ、と反対の手を床ごと抜き取る。う〜ん力技。あれこれ逆に私、先輩の攻撃力上げちゃったのでは? やだなあ石だかコンクリだかで包まれた腕に殴られんのは。

次いでイヤホンを装着し、片手のみで慣れたようにプレイヤーを操作し始める。
もしかして先輩、もう自分の発完成させてたのか。てことは操作系、私の提案をまるっと受け入れたのなら、音楽を聴いた相手を操作するってことになる。けれど先輩はイヤホンを自分につけてるから、多分シャルの自動操作モードと似たような感じで――。

なんにせよ、再生ボタンを押される前にプレイヤー奪った方がいいな!
そう決めた瞬間に地面を蹴る。けれど私がプレイヤーに触れるよりも早く、再生ボタンを押されてしまった。
見えてしまったのは、先輩の瞳。普段は黄色とも言えるような金色の瞳が、まるで火が反射しているかのように、爛々と光っていた。綺麗だけど、恐ろしさを感じる色。

「よ、っと」

再びボゴ、と鈍い音。先輩は両足も順番こに床ごと抜き取り、私が唖然としているのをいいことに手や足同士をぶつけて瓦礫を砕いていた。
そのまま殴りにこなくてよかった、と片隅で考えつつも、なんだかとても嫌な予感がして私はタカト先輩から距離を取る。

完全に強張った顔の私を見据えて、先輩は笑顔だ。にこりと浮かべられる、何を考えているのかわからない、こわい表情。冷や汗が背中を伝った。

「さ、ミズキ。続けようぜ」

私は久しぶりに、目が追いつかない、という状況を体験した。
先輩の立っていたとこから私の場所までは、多少なりとも距離があったはずだ。いつもなら余裕で反応できる程度の、距離。なのにいつの間にか先輩は目の前まで来ていて、その蹴りを、続く拳をかろうじて避けられたのは、完全に反射神経とオーラのおかげだった。
蟻編でキルアがやってたのと似たような感じだ。オーラに触れたのを感じたから、避けられた。
それでも本当にぎりぎりすぎて、頬に先輩の手がかする。床の破片が残っていた方の手だったからか、血が流れるのを感じた。これもう粘着オーラ消すべきだなと思ってすぐに消した。

息が詰まる。脈拍が上がるのを感じる。
先輩が撃ち続けてくる攻撃をぎりぎり防ぐことしか出来ず、たまの隙を見つけてこっちから仕掛けても、余裕で防がれてしまう。詰まっていたはずの息が、気づけばあがっていた。
イヤホンさえ外してしまえば、と思いはするけど、先輩だってもちろんそこは考えている。私が伸ばした手は、すぐさま払われてしまう。

私の思考回路は完全に止まっていた。
どうすればここから勝てるのかがわからない。
先輩のオーラ切れを待つ? そんなの待ってられるわけがない。じゃあ体力切れを待つ? 今のままじゃ先に私の体力がなくなりそうだ。私も発を使う? 残念ながら今使えるのは対外傷と対毒のみです! 残念!!

正直、申し訳ないけどここまでとは思っていなかった。
今のタカト先輩は、私よりも強い。……だめだ! 勝ち筋がまったく見えない!

「ま、まいっまいりました!」

こんがらがりまくった頭が導き出したらしい結論はそれで、とっさに口が動いていたもんだから、言った本人が一番びっくりしてしまった。
イヤホンをしていても少しは聞こえたんだろう、先輩もびっくりとした顔をしている。

「今、なんて」
「まいりました、って言ったんです」

イヤホンを外しながらの先輩に、再び、若干拗ね気味になってしまった声音で告げる。
拗ね気味になってしまったのは、マジで自分の戦闘考察力がクソだなと再確認してしまったせいだ。一回パニクるともうだめなんだな。

ともかく負けてしまったものは仕方ない。一息吐き、頬を伝っていた乾きかけの血を拭う。
タカト先輩が申し訳なさそうに、私の傷痕を窺っていた。

「大丈夫です、気にしないでください。それより……負けちゃいました。やっぱり先輩、強いですね」
「……それは、ミズキだって」

へらりと笑う。
思いの外私は、妙にすっきりとしていた。

先輩はこの世界について無知だから、私より腕力もオーラも少ないから。だから私が守らなきゃいけないんだって思ってたけど……そっか。先輩って、強いんだなあ。見くびりすぎてた。
最初っから、私が心配する必要なんてなかったんだ。
それでもやっぱ、この世界のことを教えるのは嫌だと思うし、怖いけど。
負けちゃったんだ、仕方ない。先輩が聞きたがっているのなら、話さなきゃいけないんだろう。

きっと私は、全部言ってしまいたかったんだろうな。

「第二試合、勝者、タカト!」




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