電話をかけるか、やめておくか。
クロロならそれなりにまともな意見はくれるだろう、ド正論かまされそうな気だってする。だとしても、そもそもどう話せばいいのかがわからない。
どうしよう、どうすれば、と頭の中は完全に迷宮状態だ。だんだんいらついてきた。
そうこうしている内に面接の順番が回ってきてしまい、アナウンスに従ってネテロさんのいる部屋へと向かう。五秒に一回くらいの頻度でため息を吐きながら。

辿り着いた畳の部屋で軽く会釈をすれば、座りなされと座布団へ促される。座布団の上に正座し、ネテロさんと向かい合った。

「お前さんは既に受かっておるから最終試験は受けずともいいんじゃが……どうする?」
「はあ……まあ、一応受けます。周りに不審がられたくもないですし」
「そう言うじゃろうと思った」

けらけらと笑うネテロさんに、今はなんだか少し落ち着く。
ああ、ネテロさんに訊くのもありかもしれない。私と先輩のことを知っていて、中立の人。条件は揃っている。こう……ふわっと、軽〜く訊けば、多分大丈夫なんじゃなかろうか。割とちゃんとした意見もくれそうな気がするし。

「ではまず、何故おぬしはハンターになりたいんじゃ?」
「えっと、興味本位というか、物見遊山というか、そんな感じです。あとは誘われたから、ってのもありますね」
「ふむ、物見遊山とはまた。ではおぬし以外の十人の中で、一番注目しておるのは?」
「……今は、99番、かな」
「そうか。では最後の質問じゃ。十人の中で一番戦いたくないのは?」
「299番です」

即答か、とネテロさんは口角を上げる。
その顔やめてください何なんですか。にやつくなや。

「質問は以上じゃ。帰ってよいぞ」
「――その前にネテロさん、一つ、訊いてもいいですか」
「ん? なんじゃ」

思考を巡らす。
ぐっと両手を握りしめて、脳裏に浮かぶのは、やるせなさそうな先輩の顔。

私は、話すべきなのだろうか。

「私、ある人に隠し事をしてるんです。その隠し事を知ったら、その人はきっと傷ついてしまうし、その人だけでなく周囲の仲良い人たちも、傷つけてしまいかねません。だから私はそれを、絶対に言えない……言わない。でも、その人は私が何かを隠していることに気付いて、それを知りたがっています。――私は、どうするべきだと思いますか?」
「ほっほ、」

なんとなくそんな気はしてたが、ネテロさんは若い若いと言わんばかりの笑い声をあげた。そして。

「299番も似たようなことを訊いてきおったよ」

私は、目を丸くしてしまった。

「ミズキ。おぬしが本当に言いたくないのなら、その隠し事を言う必要はなかろう。誰にだって秘密の一つや二つ、あるもんじゃ。しかしおぬしは、言った方がよいのではないかと悩んでおる」
「……はい」
「ならば答えは簡単じゃ」

一度俯かせた顔を、上げる。
にんまりといたずらっ子のような笑みを浮かべているネテロさんに、ぞわり、心底から嫌な予感がした。

「まあ、あとはおぬしら次第じゃな!」


 +++


最終試験。ボードにかけられていた布を剥いだネテロさんの姿に、そして現われたトーナメント表に、私は全力で頭を抱えている。

「最終試験は一対一のトーナメント形式で行う。その組み合わせは、こうじゃ!」

あのじじいマジでやってきやがった。どうしてくれようこの人。今すぐマッハで帰りたい。

私は右側のブロック、ボドロさんの右隣に番号が振られていた。そしてそのすぐ横に、先輩の番号。
第二試合で、私とタカト先輩は、戦わなきゃいけない。そういう表に、なっていた。
うわしかもこれ負けたら次ヒソカじゃねーか……。

これはとんずらこいてもいいだろうかと真剣に考えている内に、ある程度の説明は終わったらしい。
やや離れた場所に立つ先輩へおそるおそる顔を向ければ、何を考えているのかよくわからない表情の先輩と視線が絡んだ。次いで、にこりと微笑まれる。
うわ、鳥肌たった。どうしようやばい、先輩が怖い。

「戦い方は単純明快。武器OK反則なし、相手にまいったと言わせれば勝ち! ただし、相手を死に至らしめてしまった者は即失格! その時点で残りの者が合格、試験は終了じゃ」

最後の説明も終わった。
私はぱっと先輩から目を逸らし、これから始まる第一試合、ハンゾー対ゴンの試合へ集中することにする。とは言っても、やることとかないけど。

試合の展開は、原作通りだった。ハンゾーの一方的な攻撃。見ているこっちが痛くなるくらいの、っていうか痛い痛いマジで痛い。引く。
それでも私はまだ、こうなることを知っていたから、心の準備が出来ていた。けれどそんなこと知るわけのないクラピカ、レオリオ、そしてタカト先輩は、腕を折られたゴンを見て激昂していた。中でもわかりやすいのはレオリオだけど、私にはわかる。

先輩、すっげえ怒ってる。
だってオーラがやばいもの。あの人のあんなオーラ見たことないよっていうか見たくなかったよっていうか! こわ! 普段あんま怒らない人が怒るとこうなんのね!
そんでヒソカがすげ〜楽しそうにタカト先輩を見てんのがなんとも言えない。先輩逃げて。

タカト先輩のオーラのせいもあってか、ずどんと空気が重くなる試験会場。
その中でも余裕そうに話を続けるハンゾーは感服ものだけど、私個人としては空気読めと言いたい。割と本気で。

「ミズキはタカトみたいに怒らないのかい?」

私の視線に気が付いたからか、寄ってきたヒソカ。
そりゃ原作知らなかったらキレてたかもしんないけど、今はただただ怒るとか以前に痛そうで痛い。ウワッ無理、あんなん絶対痛いじゃん無理……ウワ……の心境が勝りすぎて、怒るどころじゃないのだ。ただただドン引きしてる。
とりあえず「怒んないよ」とだけ簡潔に返せば、それはそれは意外だったのか、ヒソカはきょとんと目を丸くして私を見下ろしてきた。

「それにゴンは、やられっぱなしの子じゃないし」

ね、とゴンを指さす。
ちょうどゴンが逆立ちしているハンゾーを蹴り飛ばした瞬間で、笑みを深めた私に、ヒソカはくっくと肩を揺らした。

「ミズキはまるで、こうなることを知っていたみたいだねえ」
「さてね」

それからはゴンの独壇場。最終的にゴンは吹っ飛ばされて気絶してしまったけれど、参ったと言ったのはハンゾーだった。
これでゴンの合格は決まりだ。別室へと運ばれていくゴンについて行きたかったけど、それは叶わない。

「それでは第二試合、ミズキ対タカト!」

身体が、震えた。
私が、タカト先輩と、戦う? そんなの無理だ。絶対に、やれっこない。
だけど先輩は既に、中央へと向かっていて。その足取りは、しっかりとしていて。
もう、決めてるんだ。きっと。私と、戦うことを。

……やだな、泣きそうになってきた。

ここでもし戦うのを拒否したり、始まってすぐにまいったなんて言ったりしたら、嫌われるのかな。嫌われる、だろうなあ。
それはあの人の決意を、覚悟を、なかったことにする行為だから。
わかっているなら、私もあそこに向かわなきゃいけない。先輩と、戦わなきゃいけない。
そう思っても、私は動くことが出来ない。

審判に名前を呼ばれる。聞こえてるよ、聞こえてるけど、身体が、動かなくて。
ぎゅうと強く、両手を握りしめる。
先輩と戦う覚悟なんて、決められるわけが。

「……っわ!?」

さっきまで地面に貼り付いてんじゃないかってくらいぴくりともしなかった足が、背後から押されたことであっさりと動く。二、三歩前に進んでしまった足を数秒呆然と見下ろしてから、後ろを振り向いた。
ヒソカが、私に向かってひらひらと手を振っている。押したのお前かちくしょう。地味に痛かったんだぞ背中。

「ほら、試合だよ。いってらっしゃい、ミズキ」
「――……、」

口を開いて、閉じて。言おうとした言葉を、飲み込んだ。

「……いってきます、ヒソカ」

ありがとうなんて、言ってやんねーからな。




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