――ただいまをもちまして第四次試験は終了となります。受験生の皆さんはすみやかにスタート地点へお戻りください――

船から聞こえてくる汽笛の音と共に、試験終了を伝えるアナウンスが島中に響き渡る。
気まずい空気のままの私と先輩、そしてにやにやしっぱなしで若干うざさすら感じてしまうキルアの三人でそれを聞き、私たちはひとまずスタート地点へと向かった。

四次試験通過者は、原作通りの九人に、私とタカト先輩を加えた十一人。
よほどの問題が起こらない限り、最終試験も原作通りに進むだろう。

……イルミは、キルアに酷いことはしないと言った。厳密には言ってないけど、私がゾル家に来ないとキルアに酷いことする、と言ったのはイルミなんだし、つまりはそういうことだろう。そういうことだと思いたい。
それでももし、原作通りそのままに進むとしたら。
キルアの頭の中に、イルミの針が仕込まれていることには、変わりないんだから。
ボドロさんはきっと――死ぬ運命にあるんだろう。

なにか特別、ボドロさんと接したわけじゃない。話もしてないし、姿を見たのだって数回程度だ。
だけどあの人は良い人だと思う。旧アニの彼は、茶目っ気のある人だった。優しくて、きっと強くて、ああいう人こそハンターになるべきだ。
私は、そう思う。

だから。


――しかし今問題なのは最終試験のことではなくてだな。

私とタカト先輩が、飛行船の中、窓際のベンチに二人並んで座ってから、五分。長い五分だった。
何も答えることは出来ませんって、言ったのに。きっと今から訊かれるのは、私がいろいろ知りすぎていることについてだ。
でもやっぱり、先輩にいくら不思議に思われても、疑われたとしても、ここが漫画の世界だなんて言いたくはない。

「俺は、さ」

とうとう、先輩が口を開いてしまう。

「ミズキ、お前を大事に思ってるよ。この世界に来て、わけわかんなくて。お前が俺を助けて怪我した時も、シャルに初めて会って、ミズキがシャルとクロロの名前出した時も、やっぱりわけわかんなくて……どうしたらいいのかもわかんなくてさ。おろおろするしか出来ねえで、俺は先輩で、男なのに、ミズキのために何も出来なかった」

窓の向こうをぼんやり眺めたまま、先輩は言葉を紡いでいく。

その言葉を聞いて、泣きそうになった。
何も出来なかったのは、私の方だ。タカト先輩のことをなんにも考えていなかったのは、私なのに。

「俺にとっちゃ、何が何やらわかんねえ世界だよ、ここは。何が起こるかもわからない。いつ誰が死ぬかもわからない。日本じゃ到底ありえないくらい危険な世界だって知って、……正直怖かった。多分、ミズキがいなかったら、一人で泣きながら死んでただろうなって思う」

私は何も言えないまま、ただ先輩の声を聞いている。

「でもミズキがいてくれたから、俺は自分を保てたし、旅団のみんなとも仲良くなれて、今じゃ家族みたいな関係になった。それはすっげえ嬉しいと思う。ゴンたちと知り合えたのも、仲良くなれたのも。この試験――だけじゃねえな、この世界で俺が、生きてけるのは。……お前のおかげなんだよ、ミズキ」
「……そん、な」

違いますと、言いたかった。
けれどその言葉は、目尻に滲んだ涙のせいで、うまく発音できなくて。
こぼれるな馬鹿、涙止まれ。こんなとこで泣くなんて、絶対おかしいと思われる。
でも、だって、好きな人に、大好きなタカト先輩に、こんなこと言ってもらえて、嬉しくないわけない。

先輩は雰囲気で言葉の先を察したのか、違わねえよ、と私の頭を撫でた。

「ミズキはこの世界で一番、俺の大切な人間だ。お前の言うことなら全部信じるし、お前が苦しんでるんなら助けてやりたい。だから、」
「……っせんぱい」
「だから、俺は、ミズキが隠している何かを知りたいんだ」

――そんで、出来るなら、ミズキの助けになりたい。俺とミズキは、この世界で二人っきりの、仲間だろ?

ああ、だめだ。ぽたりと、涙が落ちる。
窓の向こうを見ていたはずの先輩が、こちらへ顔を向ける。気配だけでなんとなく、ぎょっとしているのを感じた。やべえ泣かした!? って顔をしている、気がする。

嬉しくて、申し訳なくて、でもやっぱり嬉しさが勝って、たまらなくて、私はもうどうしたらいいのかわからなかった。
言って、いいんだろうか。
この世界が、漫画の世界だと。彼らは今この場で生きて、目の前に実在しているけれど、本当は紙面上の存在でしかないのだと。この世界は、人が作り出した物語を、少し改変はあるにしろなぞっているだけなのだと。
私はこの人に、教えていいんだろうか。
黙ったままでいることは、先輩への、裏切りになるんだろうか。

「せん、ぱい、ごめんなさい」

まだ、私はその答えを、決められない。

「とても、嬉しかったです、今の言葉。私も先輩のこと、だ――大切、です。何かあったら助けになりたい。信頼もしています。でも、」
「ミズキ……」
「時間を、ください。私の隠し事は、きっとあなたを傷つけるから。私は、タカト先輩を、傷つけたくない」

ごめんなさいと、もう一度頭を下げる。
先輩は困ったように笑って、肩を竦めて、そして。私の目尻からとめどなく流れていた涙を、そっと指先で拭った。

「……わかった。俺こそごめん、困らせて」
「先輩は謝らないで、ください」

どうしたらいいんだろう。
きっと先輩は全てを知っても、みんなと変わらず接するだろうと思う。漫画だろうと何だろうと関係なく、自分の目の前にいる彼らのことをきちんと見る。そういうことが出来る人だ。

だけど、でも。
どうしても私は、この人に事実を、伝えることが出来なかった。


 +++


先輩と別れて、とぼとぼと飛行船内を歩く。さっき面談開始の放送が聞こえたから、その内に私も呼ばれるだろう。
それまでにこの顔、なんとかしないと。
とりあえずシャワー浴びるか、と道を曲がったところで。

「わ、イ――ギ、タラクル」

カタカタカタ、と震えている男と鉢合わせた。飛行船内での君とのエンカウント率高くない?
何か用? と問いかけるも、イルミは変わらずカタカタなうである。なうとかひっさしぶりに使った。一応ちゃんと喋れるんだから喋ってくんないかなあ。
まあいいわと肩を竦め、近くの部屋にイルミを連れて行く。あれこれまた二人っきりになってるなと気付きはしたけど、時既に遅しだ。ちょうど私も確認したいことあったから仕方ないってことにしておく。
個室に入れば、イルミは普通に喋りだした。変装はとかないらしい。

「キルにハンター証はまだ取らせたくないんだ。どうしたらいいと思う?」
「そういう相談すか……」

だって弟になるんだから、と続けられ思わず遮った。だからならねえって。

「ちょうどいいや、私もそのこと訊こうと思ってたの」
「以心伝心?」
「ちょっと黙ろうね」

咳払いをひとつして、改めて口を開く。
イルミの目を、まっすぐに見据えて。

「次が最終試験になる。その時、何があっても、キルアに危害を加えないって約束して」
「それは出来ない」
「……何で」
「危害は加えないよ、俺の大事な弟だしね。でも友だちを作るのは反対だし、試験に合格するのも今はまだ早い。それに家出したんだから、お仕置きくらいはやむなしだろ」

こいつマジで頭かってえな〜。
……でも、まあ、仕方ないのか。イルミもゾルディックの長男なんだもんな。
ため息を漏らしつつ、軽く首を左右に振る。イルミの考え方を変えるなんてことは、どれだけ好かれていたとしても、私にだって出来ない。

「わかった。ごめん無理言って」
「うん。ミズキが物分かりよくて嬉しいよ」
「でも、もしキルアに何かしようとしたり、させようとしたりしたら、私はそれを止めるからね」

じゃあそれだけだから、どうしたらいいかは自分で決めれば、と投げやりに呟いて部屋の扉を開ける。
外に出ようとして、けれど、私は立ち止まった。

数秒の逡巡。私はどうすればいいのかを、誰かに訊きたい。
でも今、自分で決めればってイルミに言ったばっかで、それを尋ねるのもどうなのって話だし。
中途半端な場所で立ち止まったままの私に、ミズキ? とイルミが声をかけてくる。ちらとだけ振り向いて、また首を軽く振った。

「何でもない。また後でね」

部屋を出る。円をして人気のない方へと向かいながら、私は携帯をいじっていた。

私が直接話せる人。まともな意見をくれる人。私にも先輩にも寄らない、中立の人。
……となると、一人しかいない気がすんだよなあ……。ため息しか出ない。
人気のないベンチに座る、私の手の中。携帯の画面には、ハゲクロロの文字が浮かんでいた。




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