※ゴン視点



「――ゴン、」

ふわり、煙草のにおいが鼻をかすめた。
ミトさんの酒場で嗅ぎ慣れた、嫌いじゃないけど好きにもなれない、独特な香り。それに混ざって感じた優しい気配と柔らかな声に、ゆっくり、顔を上げた。

「……、ミズキ……?」
「うん。数日ぶり」

木の根の隙間に座り込んでいるオレを、夜空を背にしたミズキが覗き込んでいる。
何故だかとてもほっとして、もう一度ミズキの名前を呼んだ。応えるように、ミズキはオレの正面にちょこんと座る。

ミズキから煙草みたいなにおいがするな、とは初めて会った時からうっすらと思っていた。意外だけど、ミズキ、煙草吸うのかな。
タカトからはにおわなかったから、きっとミズキが吸っているんだろう。
そんなことを考えている内に、ミズキの手がオレのほっぺたにそっと触れる。

「痛い?」

まるで全部、わかってるみたいだった。
そういえばミズキからは、煙草以外にヒソカのにおいもする。ここに来る途中で会ったのかもしれない。

「ちょっと。でも、平気だよ」
「……薬塗ってあげる。何も食べてないんじゃない? 魚と木の実取ってきたから食べよ。動け……ないか」

俯いて黙り込めば、ふむとミズキが小さく頷く。次いで「ごめんね」と謝られたから、何でミズキが謝るんだろうと顔を上げれば。
よ、っと。と、木の根の隙間に潜り込んできたミズキが、ひょいとオレを抱え上げた。脇の下に手をいれて、子供を抱っこするみたいに。
身長もそんなに変わらないし、ミズキは女の子なのに。こんな簡単にオレを抱え上げるなんて、すごいとは思っていたけど本当に、ミズキはすごい。

そのまま、恥ずかしいけど抱っこされたまま隙間の外に連れ出され、別の木の根元にそっと降ろされる。木にもたれかかるようにして座り込んだオレは、やっぱりまだ思うようには動けなくて、大人しくされるがままだ。
あらかじめ集めてたのか近くでひとまとめにされていた枝の山に、ミズキがライターで火をつける。そして、別の枝に刺した魚を焼き始めた。良い匂いが、辺りに広がる。

「ミズキは、何でここに……?」

魚が焼けるまでの間、ミズキの言う薬、らしいものをほっぺたや傷口に塗ってもらいながら問いかける。
うっすらあたたかさを感じる薬は本当によく効いて、もう痛みも消えかけていた。

「んー……虫の知らせ? 的な? みんなどうしてるかなーってふらついてたら、ゴンの気配がしたから。気になって見に来たの」
「そ、っか。……ありがとう」
「いやいや、無事でよかったよ」

ヒソカが去ってから、ミズキが来るまで。
ずっとぐるぐる、ぐるぐる、いろんなことを考えてた。悔しい、情けない、オレは……弱いんだ、って。寂しくて、どうしようもなくて、胃の辺りがずどんと重たく感じてた。
でも、ミズキを見た瞬間。そんな気分がふわっとなくなった。

魚、早く焼けないかなーなんて頬杖をついているミズキに顔を向けて、ちょっとだけ笑う。
クラピカやタカトがミズキのことを大好きな理由が、よくわかる。
ミズキといると、ほっとするんだ。胸の辺りがじんわりあったかくなって、もっとミズキといたいなあって、そう思う。

「どしたの、ゴン」
「ううん、オレもミズキのこと大好きだなあって、思ってただけ」
「なにいきなり、照れる」

ふふふ、と今までは見なかったような笑い声を漏らしたあと、ミズキは「まったくもうゴンはかわいいなあ!」とオレの頭をくしゃくしゃに撫でた。
温かな手は、ミトさんにそっくりだ。そう思ったところで、なるほどと合点がいく。
そっか。ミズキってなんだか、母親みたいなんだ。優しくて、強くて、愛情深い、母親。ミトさんとはまた違う、温かさの。
なんて本人に言ったら、複雑な顔をされちゃいそうだけど。

「そういえば、ミズキって煙草、吸うの?」
「ぅえっ!? え、あ、いやあ……あは」

やっぱゴンにはバレちゃうか、とミズキは目を泳がせてから肩を落とした。時々ね、って付け加えられた言葉はなんとなく嘘だろうなと気付いたけど、慌てた様子のミズキがおかしくて、かわいかったから。
誰か、多分タカトにバレたくないんだろうミズキのために、黙っていてあげよう、と決める。

「ほんと!? 信じるよ!? 不意にあ、そういえばミズキ煙草吸わなくていいの? 喫煙所あるよ、とか言うゴンの姿、割と容易に想像つくんだけど大丈夫!?」
「大丈夫だよ、頑張るから!」
「ううう不安だけどかわいいからゆるす〜!」

ころころと表情が変わるミズキは、本当に、一緒にいて楽しい。
だからいつの間にかオレも、嫌な気持ちを忘れて、声を上げて笑っていた。




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