「っは、冗談……」

やっとの思いで、笑い流すように吐き出した言葉。
ヒソカはいつものように抱きしめてくるでもなく、ただそっと、まるで縋るかのように、私の右手を掴んでいる。
動きはない。何も言わない。ただ、私の右手に指を絡めたまま、こちらを見つめている。

何だ、これ。
……なに、これ。

心臓がめちゃくちゃばくばく言ってる。有り得ないくらい、顔が熱い。……照れてる? 私が? あの変態ピエロに?
いやまさかそんな、と否定する私が一人と、いやそりゃ照れもしますわイケメンだもの、と納得する私が一人。脳内会議はそろそろ踊り始めそうだ。
どうすればいいのかが、何を言えばいいのかが、わからない。

「と、……とりあえず、離していただけると、その、嬉しいのですが」

何でか敬語でおずおず伝えれば、思いの外あっさりとヒソカの手は離れた。けれど視線はじいと、私の目に向けられている。
うわ、これ、この顔はマジのやつだ。さすがにその本気っぷりがわからないほど子供じゃない。
でも、ヒソカの求める反応が出来るほど、私は大人でもない。

いったん整理しよう。整理は大事だ。いつまでも会議を踊らせるわけにはいかない。
私はヒソカをどう思っているのか? そりゃもちろん好きだ。推し的な意味で。顔は良いし、戦闘スタイルも念能力も良い。変態が過ぎるとこだって、二次元のキャラとして見ればまあ愛嬌と言ってもいいだろう。いいのか?
でも、やっぱり苦手でもある。飄々としたとこ。つかみ所がないとこ。何がしたいのか、私には理解できないところ。
それにこの人は、旅団を殺すものだ。私は旅団が一番好き。全員死にますって作者に公言されたとしても、出来るだけ生きていてもらいたい。死ぬところを見たくない。
でもヒソカは、旅団員を、少なくともシャルとコルトピのことを、殺す。私はその点だけを、どうしても認められない。
漫画のキャラクターとして大好きだとしても。実際に会って、好かれて、その想いが嫌ではないとしても。この世界が原作通りに進むのなら、ヒソカは敵なんだ。

私はヒソカの気持ちに応えることが出来るような想いも、言葉も、持ち合わせてはいない。

「何で、そんなに、私のこと」

訊かなくたって私は知ってる。それがトリップ特典だからだ。
私が異世界からきた人間だから、ヒソカは、みんなは、私を好いてくれている。

「ミズキが、強いから」

それでもヒソカらしい返答に、内心小さく笑って、顔を上げる。

「強さだけなら、先輩や……それにクロロだって、強いでしょ」
「それに、」
「……それに?」

ヒソカの手が、そうっと私の頬を撫でた。
三次試験の時。寝ようとした私の頭を、撫でていた時と同じ。嗤いながら人を殺すような人間とは思えないくらい、優しい触れ方。

ずきんと、胸が痛んだ。

「ミズキは、弱いからね」

言いながら笑うヒソカの表情は、今まで見たことのないもので。

強いと言っておきながら、弱いと称するなんて、矛盾もいいとこだ。
自分で言うのもなんだけど、私は強い。きっとこの世界でも、異常なほどに。単純なオーラの総量とか、腕力だけでなら、メルエムにだって勝てるんじゃないかなあってくらいには、強いと思う。
なのに、私は弱い、って。
そういえばイルミもおんなじこと言ってたなとぼんやり思い出しつつ、眉を寄せる。

確かに旅団のみんなやヒソカと比べれば、圧倒的に戦闘経験も足りないし、戦闘考察力だってない。オーラの攻防力移動も地味に苦手だ。精神力と知能の差も大きいだろう。言ってて悲しくなってくるけど。
でも、私は……弱いんだろうか。

「本当、見てて飽きないよ。いつまで経っても腐らない果実のようだ。だからこそぐちゃぐちゃにして、壊したくなる」
「……こええよ」

私の頬から手を離したヒソカが、その場に片膝をつく。そして壊れ物を扱うかのように、優しく、私の手を取った。
それはまるで、従者が主に傅くかのように。

「でも、他の奴らに壊されるくらいなら、ボクがずっとミズキを守ってあげる」

……なんだ、これ。

「誰にも渡さない。ミズキを壊していいのは、ボクだけだ」

……なに、これ。

何で私は、こんな、そんな。
認めたくなくて、思考を放棄する。

「顔、真っ赤だよ」
「……うるさい」
「可愛い」

――何も、言えない。何も言いたくない。

だってこいつは、ヒソカは、私の敵なんだよ。今はそうじゃなくても、いずれは敵になるんだよ?
なのにそんな、こんな気持ち、認められるわけがない。

結局なにも言えず、なにも出来ず、私はヒソカから逃げるようにその場を去った。
一瞬だけ振り向けば、ヒソカはいつもみたいに追いかけようともしないで、ただひらひらと手を振っている。
イラッとしたのはその所為もあるけど、やっぱり、ヒソカの言動で自分がこんな状態になっている所為だ。顔の熱が、冷めない。

風を切るように走りながら、煙草に火をつけて深く煙を吸い込む。
うるさい鼓動を、顔の熱を落ち着かせるように。深く、深く。

「……くそっ」

私が好きなのは、タカト先輩なのに!




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