気を失っていたらしい。目を覚ましたら、木枠に布をかけただけです、程度のお粗末なベッドに寝転がっていた。天井は崩れていて、上の階どころか空まで見えている。
もう夜かあ、ちょうど月が見えるや。綺麗だなー。
しばしぼんやりしたところで、ハッと我に返る。いやいや、キレイダナーとか考えている場合じゃない。
あれから一体どうなった? 生きてるってことは最悪の展開は回避出来たのかもしれないけど、先輩はどこに?
ちらと見下ろした右腕には、包帯が巻かれている。これといった痛みも残っていないし、動いても問題はないようだから、おそらくシズクがここにいて、毒を抜いてくれたんだろう。レア能力なのに申し訳ない。あとでお礼言わなきゃ。

じゃなくて!

タカト先輩はいったいどこに、と慌てて部屋の外へと出る。建物の作りはパッと見、ヨークシン編の仮アジトと似たもののようだ。ガラスのない窓から顔を覗かせれば、ここは三階。
人の気配なんて探れないし、地道に歩いて回るしかないのか……上から行くべきか下から行くべきか……、と悩みながら姿勢を戻す。

「起きたんだ」
「うわあっ」

突然背後から話しかけられて、漫画さながらのリアクションでびびる。心臓が飛び出るかと思った。
おそるおそる振り向けば、長い長い髪の毛が映る。声からして察してはいたけれど、コルトピだ。
少なくともシャルにシズク、コルトピもいるって、そこそこ大きな仕事でも入ったんだろうか。ていうかG・Iのメンバーだな。

「君の仲間ならこっち」
「ど、どうも……」

背を向けて歩きだすコルトピを慌てて追いかけ、一歩後ろの位置に落ち着く。さらさらと揺れる髪に、あの瞬間を思い出して、そっと目を伏せた。

しかし、警戒されてるんだかされてないんだか。まあ旅団なら私くらいの人間、警戒する意味もないししてないんだろうけど。
そもそもコルトピの普通を知らないから普通なのかどうかもわからないけど、コルトピの様子は普通に見えた。いたってニュートラル。可もなく不可もなし。関わりもないのにクロロを知っていた人間に対する反応じゃない気がする。
無言で進むコルトピの髪の毛を眺めつつ、私も無言で歩いていく。階段にさしかかったところで、コルトピがぽつりと呟いた。

「名前は?」
「名前?」
「そう、名前。ないの?」

一段降りたところで振り返り、首をかしげる。かわいい。

「……あるよ。ミズキって名前」
「ミズキ。ぼくはコルトピ」
「ええと、よろしく、コルトピ?」
「うん。よろしく」

かわいい。

さっきまで危険すぎる! とか言ってたくせにソッコーで絆された私は、今度はコルトピの隣に並んで階段を降りていった。
「何でシャルや団長を知ってたの」「知り合いなの?」といくつか質問はされたけど、さすがにその辺りはごにょもにょと濁す。何人かが揃ってる場で話した方が手っ取り早いだろうし、ここで下手うってコルトピに殺されるのも嫌だ。
話すのは、先輩の安全をきちんと確認してから。
それと、出来ればこう……なんやかやがどうにかこうにかなって、これからの生活の保障も欲しい。ラッキーパンチでもいいから。旅団の存在は危険すぎるけれど、味方であれば心強い存在でもある。
なんっかこううまい感じに進まないかな。フッ面白い奴だ、気に入った、的な。小説の読み過ぎかな。

「ここだよ」

辿り着いたのは、二階の一画。扉の感じからして元宴会場ってとこだろうか。ギギ、と軋みながら開いていく扉の向こうから、何も感じないのが逆に怖い。無意識に身体が震える。
いきなり襲われるかもしれない。先輩は人質になっているかもしれないし、もしフェイタンがいたら……あっこれは想像したくない。とにかく、最悪の展開はいくつも考える。
どんな状況だとしても、先輩だけは、絶対に助けなきゃ。覚悟を決めて、足を踏み出す。

「ほらほら、もっと飲め!」
「意外とイケるクチじゃねえか、おーし次はビールいくか!」
「だぁからおれ、未成年なんですってえ」
「ちょっと、あんまり飲ませちゃダメだよー」

「……、えぇ……?」

かっこ困惑かっこ閉じ。
めっちゃシリアスな感じで扉をくぐり抜けた私を迎えたのは、旅団と超仲良く飲み会をやってる先輩の姿だった。なにこれどゆこと? ちょっと理解が追いつかない。
「大丈夫?」「あんまり……」なんてコルトピと話しながら頭を抱える。待って、整理だけさせて。

私は一か八かの賭けに出て、シャルの名前とクロロの名前を出した。結果、私の怪我は治してもらえたっぽいし、コルトピの態度だけを鑑みれば敵視らしい敵視をされているわけでもない。それでも油断は出来ない、なぜなら相手はA級賞金首の幻影旅団相手だから。
せめて先輩だけでも絶対に守ろうと覚悟を決めてやってくれば、先輩は旅団とどんちゃん飲み会中だった。

うん、わかんねえな!

「ミズキ起きたのかー! 俺もうすげえ心配したんだぞー!」
「うわっちょっ、えっ、ていうか酒くさっ!」

おりゃー! と変なかけ声と共に、ようやく私に気が付いた先輩が飛びついてくる。なにこれ美味しい。サービスが過ぎる。
この状況、普通だったら片想いの相手に酔った勢いで抱き付かれちゃいました(はあと)ってテンションだだ上がり出来るのに、いやまあ普通に今も上がってるけど、でもそれ以上に状況説明が欲しすぎる。
どういうことなのこの状況。なんで先輩はこんなに出来上がってるの。

「ここの人らなあ、すげえ面白いのなー? なんか盗賊団らしいんだけどさー、すげえ強いんだってー! 俺らが見た、へびくま? も、一発だってよ! 一発! どーんて!」
「わ、わか、わかりましたから、タカト先輩落ち着いて……」

あとへびくまじゃなくてクマヘビです。

「っんでだよー。俺おまえが無事でさーすげえ安心してさー! 強いってすげえなー!」
「ううん言葉のキャッチボールしたいのに暴投しかしてもらえない……!」

酔っ払いと化したタカト先輩じゃあ話にならない。心配してもらえたのも、先輩が旅団に痛い目に遭わされてなかったのも嬉しいけど、もうこれは寝ててくれた方がいい気がする。寝てください先輩。頼む。
ていうか私の心臓がもたない。いつまで私にもたれかかってるんだこの人は私を殺すつもりなのか。死ぬぞ。ときめき過多による心臓発作で。

困り果てている私を見かねたのか、それとも他に何か理由があるのか、先輩に対してとは打って変わって警戒した様子のフィンクスが先輩を抱えていく。割と無造作にそこら辺で落としたけど、当の先輩はむにゃむにゃ丸まってたから多分大丈夫だろう。そのまま寝ててください。
さて、これでやっと落ち着けると一息吐いて、でも、すぐに気を引き締めた。

この場にいるのは、フィンクス、ウボォー、シャル、そしてコルトピの四人。表立って警戒、というか敵視している風なのはフィンクスとウボォー。ウボォーはあまり興味を持ってなさそうな感じもある。シャルはにこにこしてるけど、あれは油断ならないタイプの笑顔だ。目が怖い。
思わず、無意味とはわかってても私まで警戒してしまう。だって何かされたくないし。アンテナとかアンテナとかね。怖いもんね。

「もう怪我は平気?」
「はい。ありがとうございます」
「俺が治したわけじゃないんだけどね」

言われてみれば、ここにいるはずのシズクがいない。どこかに行ったんだろうか。
そもそもこの場にいないだけで、他にも何人かいる可能性はある。酒瓶や空き缶がごろごろ転がっている辺り、もう二〜三人はいてもよさそうな気がするし。

「で、団長がもうすぐ戻ってくるんだけど」

思った通りだ。
笑顔の消えたシャルを見て、後退しかける。でも背後にコルトピがいることに気が付いて、踏みとどまった。ううん、包囲されている。絆されるには早かった。
元より先輩を置いて逃げるつもりなんてないけど。

「電話したらさ、君のこと知らないって言ってたんだよね。タカトに名前を聞いてからも確認したけど、やっぱり知らないって。まあ団長は覚えてないだけの可能性もあるけど、俺と団長の名前を知ってるような子、俺が忘れるとも思えないし。
 君、何者? 俺らに何の用?」

こっええ帰りてえ。何だこの威圧感。ブチギレた時のお母さんやお兄ちゃんが天使に見えるくらい怖い。
何者って言われても、なんかトリップ特典的なアレで身体能力が上がってるっぽいただの女子高生だし、用事だってほんとに怪我を治して欲しかっただけだし……それ以上でも以下でもないし……。

でも、こういう展開になるだろうってこともわかってて、シャルやクロロの名前を出したんだしなあ。
もうこうなったら適当に設定つけるか。厨二も突っ切ればかっこよくなるって死んだばっちゃが言ってた。おばあちゃん生きてるけど。

「――目的は、私の怪我を治して欲しかっただけです。それは本当」
「俺や団長を知ってた理由は?」

しかし、念能力か特殊能力か悩むなー。でも念は何も見えない感じないとこからして使えないっぽいし、特殊能力って設定でいこう。この世界なら許されるだろ多分。

「一応、いろいろルールはあるんだけど……その人の顔を見ることで、なんとなくわかるんです。名前とか、関わりある人とか、記憶とか。わかんないことも多いですけど」
「……ふうん?」
「念能力ではなくて、その……生まれつき? の能力? 的な……」

さすがに苦しすぎるかこれ。シャルは頭良いからなあ、すぐバレそう。

「この能力で、あなたの知るシズクさん、って人が毒を吸い取れることを知ったので。どういう発言をしたら助けてもらえるかな、って考えたんです」
「結果、団長の名前を出すことにした、と」
「いい、選択だったでしょ?」

事実、助けてもらえたし。
見栄を張って笑顔を見せれば、シャルも納得したんだかしてないんだか、なんともいえない笑みを返してくれた。
とりあえず助けて欲しかっただけ、ってことはわかってくれてるといいんだけど。

「それで、そいつが俺の名前を呼んだ、異世界からの訪問者というわけか」

……うん?
え、今異世界からって言った? 何で? 何でそれ知ってんの?
音も気配もなくクロロがシズクとパクと一緒に戻ってきたことだって、結構な驚きポイントのはずなのに。クロロのその言葉が引っかかって、私の思考は一時停止する。

呆然とクロロを見やってから、ゆっくり、視線を動かす。
むにゃむにゃと酔い潰れているタカト先輩の姿が、映った。




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