三次及び四次試験官であるリッポーさんの四次試験に関する説明を聞き流しながら、私はタカト先輩にごめんなさいと何故か謝り続けている。 三次試験をクリアした後はほとんどヒソカとイルミの二人とトランプしたり寝たりして過ごしてたから、先輩たちがクリアした時もヒソカの膝枕でぐっすりおやすみしていたのだ。マジで申し訳ない。私も出来ることならおむかえしたかった。 先輩やキルア曰く、問題は寝ていたことよりもその姿勢だったらしいんだけど、ちゃんとは教えてくれず。一体どんな姿勢で寝ていたというのだ私は。ヒソカの機嫌がやたらと良かったのもそれが原因か? ……うわ、どんな姿勢してたのか考えたくない。 「あの、タカト先輩、何番引きました?」 狩る者と狩られる者のくじを全員が引き終えた辺りで気を取り直し、先輩へ声をかける。 今頃ゴンは、44番を引いて複雑な気分になってる頃だろう。 私は案の定というか、無地のカードを引いた。その後のリッポーさんの説明で、無地のカードを引いた者のプレートは誰にとっても三点分、本人は既に六点を持っていることになる、と聞かされたから、まったくもってパターン通りだと思う。 しかしどうやって私に、ドンピシャで無地のカードを引かせたのか……。 「俺、無地だったんだよな」 「……えっ?」 話を聞けば、どうやら先輩もネテロ会長とボール取りゲームをしたらしく。そして勿論、勝ったらしく。 あの人そんなこと一言も言ってなかったぞちくしょう……私も訊かなかったけど……。 「じゃあ同じ、ですね」 何はともあれ、先輩も合格が決まってるのなら願ったり叶ったりだ。 苦笑気味に無地のカードを見せれば、先輩も「俺たち二人共合格組かよ」と軽く声をあげて笑う。 先輩の機嫌は戻ったらしい。そう確認してから、私は勇気を振り絞って口を開く。 「この一週間、もしよかったら、一緒に念の修行しませんか。ええと、その、どうせやることもないですし……」 「……そうだな、発もまだ決まってねーし」 一拍、あけて。 「ミズキに訊きたいこともあるし、な」 どくり、心臓が鳴る。 先輩が私に、訊きたいこと。察しがついたから、口を閉ざしてしまった。 この世界のこと、ハンター試験のこと。何も知らない先輩に対して、私はあまりにも知りすぎている。そしてそれを、上手く隠すことすら出来ていない。 そりゃあ気になって当然だ。気が付いてしまうのも道理だ。 でも、それを先輩に何故だと問われて、私は答えることが出来るのか? ――無理だ。 ゴン、キルア、クラピカ、レオリオの四人。旅団のみんな。この世界の人たちと、本当の友だちや家族みたいに話して、接している先輩に、私と同じ気持ちを味合わせることなんて、したくない。出来ない。 ゴンたちを主人公組とひっくるめ、ヒソカが旅団の敵となることを知っている上で今の関係に甘んじ、旅団のみんなのことを、ここにいる先輩以外全員のことを、登場人物として認識している、私の気持ちなんて。先輩には味合わせられない。 それはゴンたちにも、旅団のみんなにも、悪いことだから。 「タカト先輩」 「ん?」 何も言わない。何も、言えない。 あなたはこの世界のことを、知らなくていいはずだ。知らないまま、元の世界に戻った方が、いいはずだ。 「タカト先輩は、旅団のみんなが好きですか。大切ですか?」 「そりゃ、まあ……仲良くしてくれてるし、相変わらず全部の金はクロロ持ちだしな」 「大切、ですか」 「……大切だよ。俺が力になれるなら、なんかしてやりたい、ってくらいには」 前も言ったけどさ、この世界では旅団のみんなが、俺の家族みたいなもんだから。 少し恥ずかしそうに付け加えて、先輩は微笑む。 「なら、私は先輩に、何も答えることは出来ません」 「……え?」 「ごめんなさい、これは私のわがままです。怒ってくれても構いません」 この世界は漫画の世界なんだ、なんて伝えて、先輩が苦しんでしまうようなことが起こるくらいなら。 「それに、ほら、言うじゃないですか。秘密は女を美しくする、とかなんとか。――なんて」 冗談のように、いたずらっぽく笑って。 「じゃあ島の中に入ったら、円で私のこと見つけてくださいね! 適当なとこで待ってますから!」 話題を無理矢理打ち切り、先輩に背を向ける。 「なんで、」と聞こえかけた先輩の呟きを、聞かないように耳を塞いで。 +++ 「何してんの」 「……、イルミ」 四次試験がスタートし、ゼビル島に入っていくらか進んだ先で見つけた湖。そこに足をつけて、私はわかりやすく落ち込んでいた。 ぱちゃぱちゃと足元は水と遊ばせつつも、正直泣く寸前くらいまできていた。 そんなところに来るんだから、イルミは質が悪い。しかもギタラクルの姿じゃないし。そうほいほい変装といていいのか。 「泣きそう。何で?」 「よくわかるね」 「そりゃ、ミズキのこと好きだから」 このタイミングでそんなはっきり言うか? と呆れながらも、ちょっとだけ照れる。 イルミは無表情のまま、私の隣に腰を下ろした。反応する気力のない私の頭に、そうっと掌が触れる。 無言で、無表情で、優しい言葉をかけるわけでも、頭を撫でるわけでもないのに。ただ、頭に手が触れただけなのに。 決壊寸前だった涙腺は、簡単に壊れてしまった。 「――……せんぱ、いに、あんな言い方して、嫌われたらどうしよう。もういらないって、ミズキなんて嫌いだって言われたら、私、行く場所なくなっちゃう。この世界で先輩は一人だけの、おんなじ人なのに、私隠し事ばっかりしてる。先輩のためって、結局私が先輩にきらわれたく、ないから、自分を守るために全部隠して、でもそのせいで嫌われたら、わたし、やだ、せんぱいのこと大好きなのに」 いったい、何を喋ってんだろう。支離滅裂で何が言いたいのかもわからない、涙混じりの言葉。しかもイルミの前で。 タカト先輩は、私がこの世界について何かを知ってる、って勘付いてる。きっと、それがもしかしたら、元の世界に帰るための鍵になるかもしれないって思ってるから、聞きたがってるんだ。 でも私が知ってるのは、ここが漫画の世界だってことだけ。元の世界に帰る方法なんて、二年経っても何一つわからない。もし知ってたら、わかったら、すぐにでも先輩に教えてる。 ――ほんとに? この世界に来たから、私はタカト先輩の唯一になれた。もしかしたら私は、帰る方法を知っても、先輩に隠すかもしれない。 元の世界に帰ってしまったら、私とタカト先輩は、ただ同じ学校、同じ部活にいるだけの、先輩後輩に戻っちゃうから。 ああ、やだな。 こんなこと考える自分が嫌だ。 自分のことばかりな、自分が嫌だ。 「よくわかんないけど」 涙で濡れた顔のまま、イルミを見上げる。 「タカトがミズキをいらないって言ったら、俺は嬉しいよ」 「……は、」 え、言うセリフ、それ? ていうかそんな状況になったら確実に私絶望してると思うんだけど。それを喜ぶってサディストが過ぎない? 「だってそしたら、ミズキの気持ちが俺に向くかもしれないだろ。ミズキがタカトのことを好いてることくらい、見てればわかる。だから俺はタカトがミズキのことを嫌いになって、いらないって言ったら、そこにつけ込むよ」 「そういうのは、本人がいないとこで計画立てるべきでは……」 つけ込むて。……つけ込むって。 「俺はミズキのこと、好きだよ。強くて弱い、ミズキが好き。相変わらずなんかキラキラしてるのは意味わかんないけど」 「ふ、……眼科行っておいで」 それでもつい、笑ってしまった。 私がきらきらしてるように見えるなんて、イルミの目にはいったいどんな魔法がかかってるんだろう。あんだけ執拗に追い回してくるヒソカですら、そんなこと言わないのに。 涙もとっくに引っ込んだ。残った水滴を拭い、澱んだ気持ちを吐きだすように苦笑混じりのため息を吐く。 やっぱりまだ、先輩に嫌われたんじゃないかって、不安で怖い気持ちはあるけど。 「ありがと、イルミ。ちょっと気が抜けた。……ごめんね」 「謝るくらいなら、俺のこと好きになってよ」 「それは難しい」 むす、と拗ねたような雰囲気。顔は相変わらず無表情なのに、ある意味器用だ。 と、不意にイルミに抱き寄せられた。肩を抱いて、壊れ物を扱うみたいに、本当に優しく。 まあ今くらいはいいか、と大人しくされるがままでいる。 ……あったかい、身体だ。ちゃんとした、人間の体温。 「じゃあ、泣くのは俺の前だけにして」 「そしたら慰めてくれるわけ?」 「悲しんでいる時の方が、人って流されやすいし」 「だからそういうのは本人がいないとこで計画しろって」 イルミの腕の中で最後の涙を流してから、ごめんねと、小さく呟いた。 ← → 戻 |