タカト先輩からかかってきた電話を切って、携帯をポケットにしまう。

シャワールームに近い壁際に座っていた私と、ヒソカ、ギタラクルの三人。
今は私とギタラクルが横並び、数メートル離れた場所でヒソカがしゃがみ込んでいる。私が殴った挙げ句蹴飛ばしたからである。てへぺろ、真顔。
いやだって先輩からの電話勝手にとるとかマジ勘弁してくださいよこのクソ変態ピエロ。激怒ですわ。

「ミズキは相変わらず手厳しいなあ」
「あんたが余計なことしなかったら私もそうならないんですけどね」

顔はいいんだから黙っとけばいいのに。無言のヒソカとか怖すぎる気もするけど。
まあちょっとやりすぎたなーとは思ってるんだけど、寝起きだったからね! 仕方ないよね!

「もう寝なくていいの? ミズキ」
「んー……煙草吸えないしやることないし、もう一眠りするよ。なんか疲れたし」
「だってヒソカ。もう一回トランプやるよ」

蹴られた背中をさすりながらヒソカが戻ってくる中、イルミは地面に散らばったトランプをかき集める。
私が寝るための膝枕をどっちがやるか、また決めるみたいだ。
正直何で野郎の膝枕で寝なきゃならんの? って感じだし、鞄にしろポンチョにしろ枕に出来るものはあるから全力で断ったんだけど、二人が諦めないからこっちが折れた。いつものことだ。
膝枕なんてしても足が疲れるだけだろうにとは思うんだが。どうも二人にとっては譲れないとこらしい。
ちなみにさっきまではヒソカの膝枕で寝ていた。かたかった。

いやーしかしまさか私が、私のために争わないで! みたいな状況になる日が来るとは思わなかった。争い方トランプだけど。無駄に平和。
特別可愛いわけでもなけりゃスタイルがいいわけでもないのにここまでモテモテなのは、やっぱりどうにも気持ちが悪い。
ほとんど逆ハみたいなトリップ特典なんて害悪でしかない、と断言出来ればいいんだけど、そのおかげで命が助かってるとこあるよなって自覚は持ってるので、なんとも言えないのが正直なところだ。
うーんでもどういう原理なんだろう。異世界からきた影響でフェロモンでも出てんのかな。異世界から来た人間の遺伝子、なんてよくよく考えたらめちゃくちゃ貴重だしなあ。その辺りを神様的存在がうまいこといじったんだろうか。

「まだボクの勝ち。さあミズキ、おいで」
「はあ……ハイハイ」

次はトランプじゃなくて別のゲームにしようとヒソカを睨むイルミに苦笑しつつ、渋々ヒソカの脚に頭を載せる。
さらりと髪を梳くように、ヒソカが私の頭を撫でた。その手は人を殺すことに慣れている手だとは思えないほど、優しくて。

「……ふくざつ……」

ぼそり、呟きながら目を閉じた。


 +++


俯瞰の視点で辺りを眺めながら、あっこれ夢だな、と唐突に気が付く。
視界に映っているのは、私とタカト先輩が初めてこの世界に来た時の、仮アジトだった。
どうやら幽霊よろしくふわふわ動き回れるようなので、崩れたところから仮アジトの中に入り込む。

そこですぐさま、うっわ、と口元を覆った。
死んでいる自分が、目の前にいたからだ。思わず後ずさり、目を逸らす。脳が理解を拒んだのか、詳細はわからなかったけれど、確かに死んでいた。おびただしい量の血が、それを物語っている。

ふらつくように、また崩れたところから部屋を出る。あの仮アジトの中で、あの日の服を着た私が、死んでいる。
それがどういう意味なのかをわかってしまったから、捜したくないものを捜していた。けれどもそれは、まったく見つからない。
旅団員はちらほら見えた。普通の、いつも通りの彼らだった。
でも、私の目的は見つからない。いるはずなのに、どこにもいない。

あの大部屋の隅に浮かんだまま、ううんと考え込む。
この夢の世界は、パターン違いの初日だと思ったんだが。もしかして先輩がいないバージョンなんだろうか。えっ私一人でトリップしてたら第一話で死亡! 完! みたいな感じだったの? 先輩パワーやばすぎない?
ひとまずもう一回、一通り全部の部屋を見て回ろう。その後は外だ。もしかしたら先輩を残して私一人が死んだパターンの可能性だってある。嫌すぎるけど。

ぐるりと一周したところで、結局、自分が死んでた部屋に戻ってきた。ぼんやりと薄目で、自分の死体を眺める。
そこで初めて、自分が大きなぬいぐるみを背にしていることに気が付いた。こんなもの仮アジトにあったっけか、と首をかしげる。
赤の混じった焦げ茶色の、テディベアだ。私より少し背が高いくらいのぬいぐるみは、多分死んでいる私の血でひどく汚れている。

どう考えても、仮アジトにこんなものはなかったはずだ。彼らがそんなものを置く理由もない。
オーラらしきものも感じないし、本当にただのぬいぐるみ。つぶらな金色の目がかわいい熊さんだ。

そこまで考えたところで、あ、と、気が付いてしまった。

人の脳って、結構面白いというか、興味深いものだし、謎も多いらしい。本当に見たくないものを見た時、理解出来ないものを見た時、脳は勝手にその映像を別のもので補完する。
焦げ茶色のぬいぐるみ。金色の瞳。
私はそれを、その色を、知っている。

いつの間にか地面についていた足で、一歩、また一歩と、後ろに下がる。トンと背中に触れたのは壁ではなく、クロロだった。
触れたはずなのに、クロロの目は私を見てはいない。どうでもよさそうに見下げているのは、私の死体と、ひとつのぬいぐるみ。

「親鳥のような女だったな、最後まで雛鳥を庇っていた」
「意外と強かったよね。クマヘビの毒がなかったらやばかったかも」

クロロの背後から現われたシャルが、こちらもやっぱり、どうでもよさそうに視線を下げている。
何度まばたきをしても、目をこらしても、そこにいるのは私の死体とぬいぐるみだけだ。

「雛鳥の方は、呆気なかったがな」

ああでも、それは、そのぬいぐるみは、その人は――。


――じっとりと汗をかいた身体で、勢いよく跳ね起きる。ゴッと盛大にぶつかったおでこはめちゃくちゃ痛かったけど、何に当たったのかすら気にすることが出来なかった。
目の前で、ギタラクルが首をかしげている。振り向けばヒソカが、顔面を押さえてうずくまっていた。

夢、だと、最初からわかっていたはずだ。それでも心臓は全速力で何百メートルも走った後のように暴れまくっていて、脂汗が止まらない。
たかが夢。起こり得たかもしれないIF。今の私とはまったく関係のないもの。

「大丈夫? ミズキ」
「ボクの心配も……してほしいな……」
「、あ……うん、平気……ありがとう。ヒソカもごめん……大丈夫?」

やや呆然としたままイルミに返答し、ヒソカの赤くなった額をそっと撫でる。
二人共が硬直していた。二人の顔を交互に見やれば、誰だこいつと言わんばかりの表情で私を見ている。

じわじわと我に返り、ゆっくりヒソカから手を離した。

「いや、ごめん、忘れて」

忘れない覚える絶対忘れない、とひっそりテンアゲしまくっている二人にいつも通り辟易しつつ、内心でほっと息を吐く。
あれが、あの夢が、逆ハ特典のない世界だとしたら。

……うわー……私、愛されててよかったー、と全力で安堵してしまう。私も先輩も、旅団に気に入られててよかった。本当によかった。
たかが夢でもされど夢だ。とりあえずはあれが、パラレルワールドでないことを祈るばかりである。私はともかく先輩は全部の世界で生き延びてほしいので。




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