その後もマシンガントークをやめないイルミを、出来れば記憶が飛ぶことを願いなら強制的に沈め、一応ベッドに寝かせてから私は部屋を出た。 完全に一仕事やり終えたあとの人間の顔だ。イルミが見てたら、暗殺者の素質あるよ! とか言いかねないレベル。まあそのイルミを沈めたばっかなんだが。 今は何時なのかと時計を見れば――うわもう日付変わってんじゃん。イルミ喋りすぎだろ。 身体は疲れてるはずなのに眠気はどっか行っちゃったし、この後どうしようかなあ、とぼんやり廊下を歩いていく。 と、やや離れた場所から、とげとげしい気配を感じた。この気配はキルアか。そんでもって、私の正面には別の通路から現われた二人の受験者が歩いている。 多分あのシーンかな、とあたりをつけた。時間としても妥当なはずだ。 さて、どうするか。目の前に居る二人の受験者が死ぬことは、別にどうでもいい。だってそういうストーリーだし、話したこともないし。 でもキルアが無駄に殺しをするのは、どうかなあ。一応この子、殺しをしたくなくて家出したわけなんだから。 ……ま、とりあえず手ぇ出しておくか。 受験者二人とキルアがぶつかり、キルアの手が二人に伸びようとしたところで、前に出てその手を掴む。 キルアの目が、ゆっくりと見開かれた。 「この子も悪かったけど、あんたらもくっちゃべってないで前見て歩いた方がいいよ」 薄らと殺気を飛ばせば、二人の受験生はぶんぶんと首を縦に振る。 すぐさま踵を返し、キルアの手を引いたまま、また適当な部屋に入った。さっきと同様に自分用のお茶をいれ、キルアには冷たいココアを用意する。しかしこの飛行船、無駄に置かれている飲み物の種類が豊富だ。 茫然自失というか、何が起きたのかわかっていない様子のキルアにカップを差し出せば、ゆるゆるとその視線が私へ向けられる。 「何で、ミズキが」 「たまたま通りかかっただけ。邪魔しない方がよかった?」 「……いや……、サンキュ」 俯くキルアにも少なからず、殺さずに済んでよかった、という思いはあるらしい。 ストレス発散はさせてあげられなかったけど、この様子なら多分大丈夫だと思う。ココアは美味しいからね。美味しい物を食べたり飲んだりするのもストレス発散になるしね。 「とりあえず、ココア飲みなよ」 「ん……」 ソファに座るキルアの隣に腰を下ろし、私もお茶をすする。 さっきも飲んだばっかなんだが、ここのほうじ茶はやたらと美味い。多分他にも置かれていた別種のお茶も美味しいんだろう。元々ホテルとかのお茶って地味に美味しいものだけど、ここのは更に格上だ。何でこんな無駄に金かかってるんだ。 おっと脱線。二口ほど飲んだ辺りでカップをテーブルに戻し、ソファの背にもたれる。 「何があったかとか、訊かねーの」 「別にー。興味ないし」 知ってるし。 「……ミズキって、タカトがいねえとなんか口悪いよな」 「今それ言う要素あった?」 普通に喋ってるつもりだったんだけど。敬語かそうじゃないかくらいの違いしかなくないか? いや、怒ってる時とかはお兄ちゃん譲りで口悪くなってる自覚はあるんだけど、普段も口悪いの? え? マジで? どうしよう先輩に粗暴な女だと思われてるかもしれない。割と今更な悩みの気もする。 一人悶々と悩んでいたら、キルアが軽く吹き出して笑う。何なんだよちくしょう! 年上をからかうんじゃありません! 「ほんっと、ゴンもタカトも、ミズキも、変なやつだよ」 「類は友を呼ぶって言うからねえ」 「どういう意味だよ」 「そのままの意味だよ」 原作の中ではキルアって相当常識人だとは思うけど、言われたら言い返したくなるこの気持ち。 でもキルアにめちゃくちゃ睨まれていたから、冗談冗談、と頭をわしゃわしゃ撫でながら謝った。ふわふわの猫っ毛を撫でるのは気持ちがいい。ほんとふわふわ。引っかかりがまったくない。なんだこの髪の毛。 「あ、んま、ガキ扱いすんなって!」 「うおっと、ごめんごめん。してないよ」 ついじっくりと頭を撫で続けてしまっていたら、キレられた。再び謝りつつ、頭を撫でる手は止めない。 いやマジで……何でこんなさらさらなんだ……? ゾル家の血か……? なんのトリートメント使ってるのか教えてほしい……。 「してんだろ思いっきり!」 終いにはフシャーッ! と威嚇する猫のごとく怒られたが、それでもキルアは私の手をはねのけようとはしなかった。振り払おうと思えば振り払えるだろうに。 ……もしやこれもゾル家の血か……? いやしかし……。 なんにせよ撫で続けたところで髪の毛がふわさらな理由を知れるはずもなく、いい加減私はキルアから手を離す。 「子供扱いしてないから、ほら、シャワー浴びて寝なよ。寝ようと思ってたんでしょ?」 「そりゃ、そうだけど」 「なら浴びてきなよ。部屋のシャワールーム、好きに使っていいらしいから」 「……お前はどうすんだよ」 キルアの、恥ずかしいけど勇気振り絞って言いました、みたいな発言に思わず目をぱちくりとさせてしまう。 そうだなあ、ゴンとネテロ会長のボール取り合いはまだ続いてるはずだし、それでも見に行こうかな。そう考えつつ、別の部屋で寝るよと答える。 ところがキルアは不服そうだ。何でや工藤。 「なに、それとも一緒に寝る?」 冗談交じりににやにや問いかけてみれば、予想外にもキルアは無言で頷いた。 う〜んゾル家の血だ〜! 何なんだ私はゾル家専用フェロモンでも醸し出してんのか!? どうなってんだこのトリップ特典! 「別に俺が一緒に寝て欲しいわけじゃなく! ミズキがそう言うならしゃあねえなって!」 「わーかったからシャワー浴びてこいって」 「うううるせー今行こうとしてたんだよ!」 何で私はラブホに入った直後の男みたいなセリフを言わねばならんのだ。ツンデレなキルアはかわいいけども。 ぷんすこ怒りつつシャワールームに消えていったキルアを見送り、今日何度目かもわからないため息を一つ。 その後はキルアの髪を乾かしてあげ、もしやトリートメントがどうこうという話では……ない……!? とやはりふわさらな髪の毛に驚愕しつつ、結局一緒のベッドでぐっすり寝た。 子供体温のキルアは抱き枕にはちょうどよかった。キルア自身は寝づらそうだったけど。 +++ 次に目を覚ましたのは、まだ日も昇っていない早朝五時前。 その頃にはキルアも、私の服の裾を握ってぐっすり眠っていた。その手をやんわりとほどき、ベッドから抜け出す。 ゴンはもう疲れて眠っている頃だろうか。そういえばタカト先輩はどうしたんだろう。適当な部屋で寝てるか、ゴンと一緒か、クラピカとレオリオの元で寝てるかのどれかかな。 なんとなくゴンの気配を辿りながら歩いていけば、広めの部屋に出る。そこには鉄アレイで筋トレ中のネテロ会長と、かけられたタオルケットの下でぐーすか眠っているゴンの姿があった。 ……ゴン、シャワー浴びる時間とれるのかな。到着三十分前くらいには起こしてあげるべきか。 「お前さんは……ミズキ、じゃったかの?」 「はい。おつかれさまです、会長さん」 私のこと知ってんのか。メンチさん辺りが話したのかな。 ネテロ会長は鉄アレイをおろし、こっちに来るようにと私を手招く。おとなしく従ってネテロ会長の側に行き、私はひっそりと息をのんだ。 間近に見る会長は、思っていたよりも小さくて、思っていた以上に、大きかった。 「ゴンたちとのゲーム、楽しかったですか」 「そうじゃのう、ちょいとばかし本気になってしまったわい」 「嘘ばっかり」 この人が本気なんて出してしまったらどうなるんだと、蟻編を思い出しながら苦笑する。 そんな私の反応は気にも留めず、好々爺よろしく笑いをこぼしたネテロ会長は、鉄アレイの隣に落ちていたボールを拾い上げた。そして、挑発的な表情を私へと向ける。 「お前さんもやってみるかの? ワシからボールを奪うことが出来たら、ハンターの資格をやろう」 ネテロ会長の言葉に一瞬だけきょとんとし、次いでちょっぴり口角を上げる。 そうしてすぐさまその笑みを消し、深呼吸を一つしてから、私が浮かべられる限りで最高の微笑みを貼り付けた。 「――ではハンター証、いただきますね」 ぽん、ぽん、とボールを地面につきながら。 ネテロ会長は大きく目を見開いて、けれどすぐに楽しそうな笑い声を上げた。 まさかこんなあっさりいくとは思ってなかったけど、不意打ちが功を奏したんだろう。でなければさすがに、この人からこうもあっさりボールを奪えるはずがない。それか、会長が意図して手を抜いていたかだ。手を抜く理由はわかんないけど。 「お前さん、強いのー」 「まあ多分、常人よりは」 私の返答にネテロ会長はやや眉根を寄せたけれど、それ以上は何も言わず。 とりあえずこれで私のハンター試験合格は決まった。つまり、これ以降はフリーってことだ。やったぜ。そのためにここに来た。 「あ、でも試験の続きは受けますんで。私が合格したこと、バラさないでくださいね」 「わかっておる」 「ありがとうございます」 私が投げたボールを受け取ったネテロ会長に頭を下げ、ゴンを抱えてその場を去る。 廊下に置かれているベンチに一旦ゴンを寝かせ、私はその頭もとに腰を下ろした。 三次試験がどうなるかは、ルートによる。こればっかりは私も想定つかない。 世の夢小説のパターンだと、ヒソカかイルミと手錠で繋がれる、ってのが多い気がする。手錠じゃなけりゃ目隠しとか。戦力的には楽そうだけど、キャラ的にはめんどそうなルートである。 主人公組が進む多数決の道には、絶対行きたくない。二日近くぼーっと過ごしてぎりぎりにゴール、なんて精神的負担がすごそうだ。シャワー浴びれるかもわかんないし。 ベストなのは、一人で短距離ルート。未知のルートだとしても、今の戦闘力なら大概はどうとでもなるだろう。クイズに答えたら道が開くよ! みたいなルートだったら死ぬけどな。 んで、四次試験は数日間を念の修行に使おう。 ハンター試験が始まってからこっち、基礎練出来てないし。それに少しずつ、うっす〜らとだけど、発についての考えも固まってきた。 既にハンター試験に合格した身だからこそ、私はゆっくりと自分のことに集中出来る。誰かに狙われる可能性はあっても、私が誰かを狙う必要はないのだから。 きっとその辺りもパターン通り、私のプレートだけ六点分だったりするんだろう。そして、他の受験者全員にとっては三点分。 うん、いける。 「あとはタカト先輩が合格してくれるよう、祈るだけかなー」 ま、あの人が落ちるなんてこともないだろうけど。 ← → 戻 |