こんな悪路を全力疾走することなんてないからか、異様に息が上がってきた。若干、目がかすんできた気もする。疲れるにしても、本当に異様。
先輩は何度も何度も、心配そうな眼差しで私を窺っている。気付かないふりをして、走り続ける。
もしかして、と嫌な予感を再度感じていた頃、運良く森を抜けた。けど、人里が見えたわけじゃない。ある意味人里っちゃあ人里かもしれないけど……森を抜けた先に見えたのは、廃墟だった。

ビル、というよりはホテルだろうか。どことなく洋館ちっくな、けれど崩れかけている建物。そんな感じの廃墟がいくつか建ち並んでいるのを見る限り、ここは元観光地とかだったのかもしれない。
こんなところに人はいないか、と少しだけ落胆する。ところがどっこい、私の視界に、場に似つかわしくない綺麗な色が映った。ひょこりと廃墟の一つから出てきたその人は、綺麗な蜂蜜色の髪をしていて、顔つきの割にガタイがよくて。
随分と距離はあるはずなのに、私は彼を事細かに観察出来た。瞳の色だってわかるくらいだ。そういえばあの生き物は結局私たちに追いつけなかったようだし、身体能力が上がっているのかもしれない。

いや、でも、そうだとしても、まだちょっとだけ受け入れがたい。
私は視界の先の彼を知っている。本当に残念なことに、ここがどういう世界なのかもほとんど確信出来た。
受け入れがたいけど、でも、納得はしてる。納得はしてるし、これからどうすべきかも必死に考えている。少なくとも、あの人には助けを求めるべきじゃない。他に手段がなかったとしても、私が彼らをめちゃくちゃ好きだったとしても、危険すぎる。

ここは見なかったふりをして、別の道を――と踵を返しかけた瞬間。
タカト先輩が一歩前に出て、大きく手を振った。もちろん、私に対して、じゃない。

「ミズキ、人がいる! あのー! すみませーん!!」
「ちょぉっ……!?」

先輩が手を振って、声をかけた対象。それは案の定、私にも見えている彼で。
ここが、ここが本当に私の思っている通りハンターの世界で、あのハニーフェイスマッチョマンがシャルナークだとしたら、あまりにも自殺行為すぎる。
えっマジで先輩どうして!? ハンター読んでないの? 知らないの? あんな名作なのに!??
――ではなく!

やめた方がいい、と止めようとはした。でも、ビリッと右腕から全身に走った痛みに悶絶して、その場でうずくまってしまう。
さっきからずっともしかして、とは思っていたけど、本当にこれ、あの、やばいやつなのでは。
そうこうしてる内にシャルはこっちに近付いてきてるしさあ……。

「どうしたの、こんなところで」
「あの、俺たち気付いたら森にいて、そしたら変な生き物に襲われて……!」
「こっちの子? ああ、この爪痕はクマヘビだね。もしかして走ってきた?」
「っはい、逃げるために、必死で」
「じゃあもう毒も回ってきた頃じゃない? ご愁傷様」

やっぱり……。
じくじくとした痛みに傷痕の熱さ、異様に上がる息に、目のかすみ。すごく毒っぽい症状だ。ムカデに刺された時の痛みを百倍くらいにした感じ。マジかよと思うよりは、納得の方が勝る。
いや、でも、この展開は困る。ご愁傷様、ってシャルが言うくらいなんだから、多分これ死んじゃう系のやつだ。それは困る。
こんな危険すぎるところに先輩だけ残して死にたくない! 先輩のことも心配だけど、私、まだ告白もしてないのに!

「ご愁傷様って……、せめて、医者がいるとこだけでも教えてください!」
「医者って言っても、ここから君たちの足で街に行こうとしたら三時間はかかるよ。それまでにその子、死んじゃうと思うけど」
「そんな……っ」

先輩の顔が、悔しそうに歪む。
……もしかしたら、俺のせいで、とか思ってるのかもしれない。申し訳ない気持ちになってきた。私が先輩を助けたのなんて、完全にただの自己満なのに。私の自己満のせいで、タカト先輩にこんな顔をさせてしまうのは、なんか嫌だ。
でも、現状の打開策なんて浮かばない。頭もだんだん、ぼんやりとしてきた。動ける内に、話せる内に、知っている私がどうにかしなくちゃいけないのに。

そっと、シャルを見上げる。彼はそういえば、といった様子で廃墟の方を見やっていた。
ここはハンターの世界。もうそれは認めよう。多分合ってるはずだ。なら……シズクの念能力は、毒を吸い出せたはず。シャルの様子を見る限り、わざわざ私たち相手にフェイクをかける必要もないだろうから、シズクがいる可能性は高い。

死にたくない。今私が死んだら、先輩を傷つけてしまいかねない。
それだけは、絶対に、嫌だ。

どうにか助ける術はないのかとシャルに詰め寄る先輩を見やり、また、シャルへと戻す。少しずつ、鬱陶しそうに細められていく瞳。あっちもこっちも、そろそろやばい。
一か、八か。私の一言で、先輩まで危険な目に遭わせてしまうかもしれないけど。それでも今口を開かなかったら、タカト先輩を残して死ぬだけだ。
この一言で死ぬかもしれない。どうなるかはわからない。それでもやっぱり、一か八か。賭けるしかない。

「しゃる、なーく、さん? ……クロロ、元気?」
「っ!?」

この一言で。
シャルがシズクの元まで連れてってくれること。シズクに頼んで、毒を抜いてくれること。
私は賭けた。

すべては、タカト先輩のために。




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