「め、し、ど、ころ……ごはん? ここが、……会場?」
「みたいですね」

三百六十度どっから見ても定食屋、を見上げる先輩は訝しげ。対して私は有名な観光地に来た旅行客のように、内心おめめキラキラだ。
ここが! ここがあの、第287期ハンター試験会場入口! 原作で、アニメで、夢小説で幾度も目にした場所! とテンアゲしまくっている。
原作を知らない先輩は「大食い大会でもすんのかよ……」とひどく不安そうに眉をひそめていたけれど、数分眺めてから覚悟を決めたらしい。シャルがここだって言ったんならそうなんだろとため息を吐いて、一歩を踏み出した。
私は私でもう一度ひとしきり定食屋を眺めてから、先輩の後を追う。

あらかじめシャルに教えられていた合言葉を先輩が店主に告げ、ぴく、と反応した店主の言葉で店員さんに案内をしてもらう。
向かった先の部屋では、網の上で美味しそうな匂いをあげながらステーキが焼けていた。

「あんな合言葉で、一般人が間違って注文したらどうすんだ」
「はは、確かにそうですね」

ステーキ定食、弱火でじっくり。よくよく考えてみれば頼む可能性がなくもないメニューだ。私は強火でガッと焼いてほしい派だけど。ミディアムレアが好き。

とりあえずは席につきつつ、この部屋エレベーターみたいに降りていくはずなんだけどまだかな、と思案する。先輩もここからどうすればいいんだといった様子で、あちこちに視線を彷徨わせていた。
動かないなー何でかなあ、まだかなあ、ととりあえずはステーキを食べる姿勢に入れば、先輩にぎょっとされてしまった。えっいやだってステーキもったいないじゃないですか、美味しそうだし。

「あ、ミズキ」
「んぐ?」

お腹すいちゃってなんて言い訳しつつステーキを口に運んだところで、ぱたん、と部屋の扉が開く。
名前を呼ばれて顔を上げれば、見たことのない、けれど知っている男が立っていた。

「うわっ、ひっ!?」

先輩のビビりっぷりも当然だ。私だって知ってんのに若干びびった。
立っていたのはギタラクル――つまりイルミである。

入店するタイミングがほぼ一緒だったから、店側が同時に降ろそうってなったんだろうか。だとすると余計なことしやがって、の思いだ。せっかく先輩と二人きりだったのに。
だからステーキ三つあったんだな、といつの間にか私の隣に座っていたイルミを若干避けつつ、納得する。

「そんなにびびらなくてもよくない?」
「……そ、の声、もしかして、イルミ……か?」
「当たり。ミズキもタカトも無事辿り着いたんだね」
「そりゃまあ、一応ね」
「さすが俺の嫁になる女」
「ならねえけどな」

うんうん、と頷く様はイルミであればまだ可愛かったかもしれないのに、ギタラクルなもんだから思わず顔を背けてしまう。普通に怖い。
ていうか俺の嫁って、なんか二次元のキャラに対して言うような言い方しないでくれ。謎の申し訳なさが滲んでくる。あと先輩の前でそういうこと言うのマジでやめてください。

降下の始まったエレベーターの中、ステーキを食べつつちらと考える。
この世界に来て、もうそろ二年。推したちに囲まれて尚、私は変わらず先輩が好きだ。
でも今となってはガチな一つ屋根の下にまで住んでるのに、わかりやすいフラグはまったく立ってくれていない。ひどい世の中だと思う。

「で、何でそんな変装してんだ? つーかそれは変装なのか?」
「念でいじってるからね。この試験に俺の弟が来てるみたいなんだ、だからバレないように」
「弟?」
「キルアって言ってね。二人も見かけたら家に帰るよう言っといてくれる? 特にミズキは将来自分の弟になるんだし」
「だからならねえって」

イルミとのフラグなら壊すのが面倒になってくるレベルでぼっこぼこ立ってんだけどなあ……あとシャルとか……ヒソカもか……? フェイタンもある意味フラグ立ってるし、コルトピにはめっちゃ愛されてるし。うーんこう振り返ると笑えるくらいの逆ハーレム。フィンクスが私にあんま興味持ってないのが解せなくなってくるレベル。
なんにせよ複雑なだけだけど。ため息を一つ、そしてイルミを見やる。
とりあえずイルミと二人っきりになるのはやめておこう。既成事実作られそうでこわい。

んで。やっぱりキルアは家出して試験受けに来てるんだな。まあそりゃそうだ。私と先輩がこの世界に来たことによって変わったことは結構あるけど、そういうところは変わらないはずだ。クラピカの件はまた別みたいだが。
私としては何度も言った通り、ゴンはもちろんキルアとも仲良くなりたい。レオリオとも。
クラピカは……私のことを覚えてるんだろうか。ていうか私が守ったクラピカ=この世界のクラピカ、とはならないのか……。パラレルワールドの可能性を考えると、左腕があまりにも残念すぎる。出来ればちゃんとイコールであってほしい。
なにより原作通りのクラピカだったら、ヨークシン編を防ぐのが大変そうだし。

「ん、着いたみたいだな」

ベルのような音と共に、パネルが地下百階を示す。動きを止めたエレベーターは、自動で扉を開けた。
降りた先、じめついた地下道の中には、何百もの人がいる。

ここが、ハンター試験の、会場だ。




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