で〜きた、と閉じたノートを放って、イスに深くもたれる。ちらと見上げた本棚には、うすらとオーラを纏ったノートが二十冊ほど置かれていた。それらは全て、私が書いた物語たちだ。
煙草に火をつけて、開け放した窓から外を眺める。夕暮れの時間帯、特筆するほど綺麗でもない夕焼けを見ていれば、ちょうどいいタイミングで二つの気配が近付いてきていた。
適当な場所に停まった車から降りてくるのは、フェイタンとフィンクスの二人。この二人はやっぱり仲が良いなあと思いつつ、窓から身を乗り出してぶんぶんと手を振った。

「フェイタンさーん、おかえりなさーい」
「……ミズキか」
「俺にはなんもなしか?」
「フィンクスもおかえりー」

窓枠に頬杖をつきつつ、ほとんど吸っていない煙草を片手で消す。
「後でフェイタンさんのとこ行きますねー」とだけ告げれば、何の用事かフェイタンもわかったんだろう、どことなく嬉しそうな感じでオーラが揺れるのが見えた。

この世界に来て、文字を覚えてから書き続けていた話は、何でかシリーズモノになってしまいどんどこ続いていった。それもこれも、フェイタンが読者の鑑すぎたからだ。
これもう我ながらハードカバーで欲しくなるな……とひっそり自費出版のページなんかも眺めてはいたが、自分のお金は相変わらず持ってないし、フェイタンにカンパしてもらうのもなんかアレだったのでとりあえずはノートのまま我慢している。
天空闘技場にでも行ったら、自分用とフェイタン用に二冊ずつくらいは作るかなあと思ってはいるけれど。それもまだまだ先の話だ。

消臭剤を全身に吹きかけてから、さっき書き終えたばかりのノートを手に部屋を出る。
驚いたのは、自分の部屋で待っているとばかり思っていたフェイタンが、私の部屋の外で待機していたからだ。わかりづらいながらもわくわくしている様子が見て取れて、ついつい吹き出してしまう。

「ようやく書けたか。女はどうなた。ああいや、言うな」
「そんな出会い頭にネタバレはしませんよ。ここで読むわけにもいきませんから、フェイタンさんの部屋行きましょ」
「そうね、二秒で行く」
「全力ダッシュしすぎでは」

常人であれば目にも留まらないだろうスピードで走って行くフェイタンを追いつつ、ほんっとに良い読者……と気持ち目頭が熱くなる。
部屋に着いてからは、フェイタンはじっくり黙々とノートをめくる作業に勤しんでいた。私は時折そんなフェイタンを眺めながら、携帯をいじくる。

書けた話をじっくり読んでは感想を伝えてくれて、不意に最初っから最新のものまでを読み返してはまた感想を伝えてくれる。ついでに誤字脱字も教えてくれる。マジでフェイタンはいい読者だ。
この世界における、ナンバーワンでオンリーワンな、私の作品のファン。なにげに私はその事実が、この世界に来てから一番嬉しくて恥ずかしい。
これまでトリップ特典ですとか言われたら多分羞恥で死ぬ。

一時間ほどをかけて一冊読み終えたフェイタンは、こういうオタク見たことあるな〜、と思ってしまう様子で、静かなため息を吐いていた。
目を閉じてそうっとノートを握りしめる様は、背後に「尊い……」の文字が浮かんでいそうだ。そんな尊い感じの話は書いていないが。

「初期の淡々とした様子もよかたが、今回の話もよかた。今まで拷問をする側だた女が今度は拷問を受ける側になた時にはどうなることかと思たが、まさかあの場面で最初に拷問を受けた女が現われるとは思わなかた」
「フェイタンさん、彼女のこと気に入ってたみたいですから。元々生きている設定ではありましたし、じゃあここで出そうかな、と」
「……よかた……」

しみじみと頷くフェイタンはちょっと面白いんだけど、良かったと言われるのはやっぱり嬉しいので頬が緩む。解釈違いだったらどうしようかとも思ったが、ファンサービスを気に入ってもらえてなによりだ。

ノートを膝の上に置いたまま、余韻にでも浸っているのか、フェイタンは無言だった。
私も何を言うでもなく、無言のフェイタンを眺めている。

フェイタンが拷問のプロ、というかなんというか、とにかく旅団の尋問役を担っていることは当然知っているし、本人からも教えられている。
とはいえ資料になろうとなるまいと、他者が痛めつけられている様を間近に見たいとは思わなかったので、私は実際の拷問を目にしたことはない。そりゃ目の当たりにした方が表現の幅は広がるかもしれないけど、そこまで冷静に見られる自信もなかった。勿論フェイタン自身、見学を私に勧めてきたことはない。

多分旅団員の中で、私がどういう人間かを一番理解しているのは、フェイタンだ。
一番身近にいるのはコルトピだけど、どうもコルトピは私を綺麗なものと思っているようなきらいがある。そんなコルトピが可愛いから問題ないんだけど。
でも、フェイタンは。コルトピに次いで私と一緒にいる時間が長いし、旅団の中で唯一私が小説を書いていることを知っている。
物語に書き手の思想が百パーセント反映されるとは言わないけど、ものの考え方や価値観なんかは滲み出るものだ。そしてそれを読み取り、汲み取れる程度の読解力が、フェイタンにはある。

「ミズキはあの雀牌で過去に行た日から、少し、変わたな」
「そうですか?」
「ああ。後悔と決意、覚悟。女の心理描写が、あの頃から濃くなた」
「……そうですか」

やっぱり、滲み出るものなんだ。ちょっぴり苦笑して、返されたノートを受け取る。

「ワタシはやぱり、ミズキのことをもと知りたいと思うね。どんな後悔を抱えてるのか、何を覚悟しているのか」
「フェイタンさんは、充分私のことを知ってると思いますよ」
「今言たばかりよ。もと知りたい、と」

再び、ちょっとだけ苦笑する。
どんな後悔を抱えているのか。何を覚悟しているのか。そんなこと、誰にも話せるわけがない。フェイタンにも、コルトピにも、シャルにもクロロにも、他のみんなのも。
誰より、先輩にだけは、絶対に。

「あんまり作者のこと知っちゃうと、話が面白くなくなっちゃうかもですよ」
「問題ないね。ミズキがどんな人間であろうと、ワタシは気にしない。本は本、作者は作者。別の話よ」
「それはそうですけど」

イス代わりに座っていたベッドに身体を落とし、見上げた天井を遮るようにノートをかざす。
ここにどれだけ私の気持ちが入り込んでいるのか、書き手である私にはわからない。読み取ることが出来るのは、多分、読者だけだ。

クルタ族を完璧に守ることが出来なかった。すなわち、クラピカが復讐に走る可能性をゼロに出来なかった。
時を重ねたクラピカが、旅団を捕まえにくる可能性はまだある。緋の眼が奪われたことに変わりはなく、十数人とはいえ死者も出したのだから。
その時私は、クラピカを敵にすることが出来るのか。果たして旅団を、守り切れるのか。
後悔と、覚悟。
それでも私は、旅団を守るためなら、何でもするという、覚悟。一番重要なのは先輩の安全だけれど。

「……誘てるのか」
「フェイタンさんからそういうセリフ出てくるのは予想外でした」

ぎ、とベッドの軋む音がしたと同時に、視界の隅にフェイタンの顔が映り込む。
笑ってから真顔に戻し、ノートでフェイタンの頭を軽くはたいた。怒るかと思ったけど、意外にもフェイタンは目を細めて笑っている。

「女の底を知るには、拷問するか抱くかが一番ね」
「ウワー聞きたくない。フェイタンさんの口から女を抱くとか聞きたくない」
「お前はワタシを何だと思てるのか」

誤魔化しがてら笑い声を漏らしつつ、身を起こせばフェイタンもあっさりと退く。
徐々に笑い声を落として、そうして声が止んだ頃。私の脳裏に浮かんでいたのは、四つの死に顔だった。

「見たくないものが、あるんです」
「……見たくないもの?」

一度は紙面で目にしたもの。画面を通して目にしたもの。
私はそれを、それ以外のものも、この世界で見たくはない。

「それが私の後悔で、決意で、覚悟ですよ」

怪訝そうな顔をするフェイタンに、出来うる限りの笑みを向けた。




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