「姉さ、ミズキ姉さん……っ!」
「だいじょ、ぶ、大丈夫、だから」

気を失ったノブナガとフランクリン、そしてパクの三人をある程度ひとまとめの位置に寝かせ、他の団員たちの元へ急ぐ。
エーリスは置いていくべきかとも思ったが、こうなってしまった以上、目の届く範囲にいてくれた方が安全だ。だからエーリスは私の首元に抱き付かせ、走り続けた。

失った左腕の痛みに、耐えながら。

エーリスを守ることは出来た。けれどいざ実戦となればノブナガの剣技は易々と避けられるものではなく、左の二の腕から下をすっぱり斬られてしまう。しかも飛んでいった左腕を、フランクリンの念弾でぐちゃぐちゃの肉塊にされてしまったもんだからたまらない。せめて腕さえ残っていれば、何とかなったものを……!
それでもどうにか二人を伸し、左腕はしゃあなしにオーラによって出血だけを止めている。片手だと大変に木刀が使いづらい。

「だって、だって姉さん、腕がっ……」
「大丈夫だからエーリス、泣かないで」

嗚咽を漏らすエーリスは、泣き止む気配がない。木刀を脇に抱え、右手でぐしゃりと頭を撫でる。
大丈夫だから、と誰よりも言い聞かせている相手は、私だ。

途中見つけたシャルには不意打ちで腹パンを決め、フィンクスには少しだけ苦戦したけどどうにか気を失わせることが出来た。
あとはウボォーとマチ、フェイタン、クロロの四人。

「……ごめんね、エーリス」
「なん、で、ひっく、ミズキ姉さんが、謝るんだよ」
「私は、あなたたちを守りに来たのに」

道中、頭のない死体がいくつか転がっていた。その数が思ったよりも多くない辺り、ヨークシン編のウボォーが言っていたクルタ族を賞賛する言葉は、事実なのだろう。喧噪が聞こえることからしても、応戦出来てはいるはずだ。
それでも、死人は出ている。頭部ごと、瞳は奪われてしまっている。
この死体の中には、エーリスやクラピカの両親がいるかもしれない。私に優しくしてくれた人たちがいるかもしれない。

こうならないために、私はここで過ごしていたはずなのに。

「守れなかった、から、」

いったい何のために、ここに来たんだか。
歯を食い縛り、目を伏せる。全てを救えなきゃ、守れなきゃ、私の目的は達成されないのに。

「そんなことないっ!!」
「うわっ!?」

唐突なエーリスの絶叫に、思わず目を見開いて驚く。

「ミズキ姉さんは俺を守ってくれただろ! それに、さっきの眉無しや金髪からも、おっちゃんや母さんを守ってくれた! ……そりゃ、確かに、助けらんなかった人もいるけど」
「エーリス……」
「ミズキ姉さんは、正義のヒーローじゃないんだもん。ただの、優しくてあったかくて、一緒にいると楽しい、俺の大好きな姉ちゃんだ。だからそんな、泣きそうな声、出さないでくれよ」

走ることはやめないまま、首に回されたエーリスの腕をそっと握りしめる。にじみかけていた涙はまばたきでなかったことにして、足を速めた。
ごめん、ごめんなさい、助けられなかった人たち。全てを救うことは出来なかったけど、それでも、もう、誰も傷つけさせないから。

「ありがとう、エーリス」

女性を殺す直前だったフェイタンを勢いよく蹴り飛ばし、とどめに手刀も落としておく。背後から迫っていたウボォーにはシャルと同様鳩尾に拳をめり込ませ、二人の意識が失われたことを確認した。
フェイタンはもしかしたら結構骨イったかもしんない。なんか一人だけダメージでかくてごめん。
そんなことを考えていた次の瞬間に、あたしの首元目がけて隠をほどこした念糸が飛んでくる。それは刃状に変化させたオーラで斬りつけ、エーリスをその場におろした。

「あんた、強いね」
「あなたもね」

駆けつけたクルタ族の人たちにエーリスを任せ、マチの懐に入り込むよう走り出す。一瞬よりも速く目の前にやってきた私に驚きつつも、マチは素早く身を引いて体勢を整えようとしていた。それでもちょーっとだけ、私にとっては遅い。

「ごめん、ちょっと寝ててね」

鳩尾に一発からの手刀。気を失ったマチを抱きかかえ、あとはあのハゲだけだと目を据わらせる。
マチを抱えたまま気配のする方へと走っていけば、クロロは族長と戦っていた。思いの外拮抗している戦闘に、思わず数秒見入ってしまう。
なんかこう、ネテロ会長とかゼノさんを彷彿とさせる感じの人だなあ、とは思っていたけど、やっぱりそっち系の人だったんだろうか。だとしたらこわい。

思考が明後日の方向に飛びかけたところで我に返り、二人の間に割って入る。
盗賊の極意を手にしていたクロロは、マチを抱えたままの私に気が付くいた直後、ほうと喉を鳴らした。クロロのそういう余裕綽々なとこほんっとうざい。

「他の団員も全員気絶させた。あとはあんただけ」
「それはすごいな」
「ここは大人しく引いて、帰ってくんない? んで金輪際クルタに近付かないで」

睨み付け続ける私に対して、クロロは笑みを深めるだけだ。
こりゃガチバトルルートもあり得るかもなあ、と少しばかり警戒を強めたところで、意外にも族長が口を開く。

「既に奪われた者の眼は、持って行っても構わん……。今までもこういうことは幾度となくあった。ここで引くと言うのなら、儂も報復はせん」

私は奪われた眼も取り返すつもりだったんだけど……ここでそれを口にするのは、ましてや実行するのも、悪手か。
クロロに視線を戻せば、その手から盗賊の極意がふっと消える。

「わかった、身を引こう」

俺の仲間も返して欲しいしな。そう続けられ、抱えているマチに視線を落とす。
数秒逡巡してから、心の中で謝りつつクロロに向かってマチを投げた。きちんとキャッチされたマチに安堵し、元の時代に帰れたらとりあえず謝っておこう、と心に決める。あとフェイタンにも。

「お前の名は?」

去り際、クロロに問われて返答に窮する。
本名名乗ったら、私がトリップしてきた時に変なことになりそうだしなあ。適当に偽名でも名乗っとくか。

「……アレン」
「アレン、か。覚えておこう」

そして、クルタ族の集落から幻影旅団は姿を消した。
被害は十数人の死者と、数人の怪我人。全員が滅ぼされた原作と比べれば、その被害はかなり少なく抑えられたと言えるだろう。
それでも十数人を守ることが出来なかった。私の目的を果たせなかった。可能性は限りなくゼロにしたかったのに、出来なかった。優しくしてくれた人を、守れなかった。
後悔がいくつもいくつも積み重なって、私はその場にいることが出来なくて、森の中に一人で座り込む。

そんな私の前に現われたのは、赤い木の実を二つ手にした、クラピカだった。
私の隣にちょこんと座ったクラピカが、木の実を無言で差し出してくる。素直に受け取って少しかじれば、りんごに似た味で、思いの外美味しかった。

「ミズキお姉さんがいなかったら、クルタ族は全滅してもおかしくなかったと、族長が言っていた」

ぽつりぽつり、クラピカが話を始める。

「私はエーリスと、森で木の実を取っていた。だから無事だったけど、エーリスは途中で母さんに頼まれていた用事を忘れてたって、戻ったんだ」

だからエーリスだけがあの場に帰ってきたのか。そういえば木の実やらの籠も持ってなかったもんな、と思い出しつつ、包帯の巻かれた左腕に視線を落とす。

「きっと、ミズキお姉さんがいなかったら、私は一人きりになっていたと、思う」

そう、それが原作通りの世界だから。
そうさせないのが、私の目的だった。クラピカに悲しい運命を背負ってもらいたくなかった。クラピカに、復讐をさせたくなかった。旅団に、ウボォーとパクに、死んでほしくなかった。
全部自分の都合だけど、それでも麻雀の念をきっかけにこの時代へ来ることが出来たから。私は、クルタ族を守ると決めたんだ。
完璧には、出来なかったけど。

「ありがとう、ミズキお姉さん。私の家族を、クルタのみんなを、守ってくれて」
「……でも、」
「今までも度々、襲われることはあったんだ。だから亡くなってしまった人たちがいるのはとても悲しいけど、他のみんなが生き残ることが出来た奇跡を、今は喜びたい。みんなも同じ気持ちだ」
「そ、か。……そうだね」

しゃく、とクラピカも手に持っていた木の実をかじる。そしてにっこり、私に向かって微笑んだ。

「おいしいね」
「うん。……とっても、美味しい」

いまいち理由のわからない涙が溢れだして、私はぼろぼろと子供のように泣き始めてしまう。
クラピカの復讐理由は、それでも今も尚残っている。可能性がゼロになったわけじゃない。それでも、だけど、この笑顔を守れたことが、私には嬉しかった。

涙の止まらない私に慌てたクラピカは、ばたばたとエーリスや他の大人を呼びに行ってしまう。それをぼんやり見送って、あっいや泣き顔見られるのはちょっと! と焦り、私も立ち上がった。
そして。




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