※クラピカ視点



ミズキは、一週間も経たずこの場に馴染んだ。
クラピカとエーリスが森で遊んでいたときに、木の上から落ちてきた人。とても優しい笑顔で、クラピカたちの頭を撫でてくれた人。
クルタ族の族長はミズキを訝しんでいたが、それも次第に落ち着いた。クラピカはそれを、ミズキが警戒する必要もないくらい、楽しくて優しい人だったからだ、と思っている。

「ミズキ姉さんっ!」
「うわっ。ちょっとエーリス、いきなり飛びついてきたら危ないじゃん」
「ミズキ姉さんなら大丈夫だって」

水汲みを手伝っているミズキに、エーリスが勢いよく抱き付く。危ないじゃんと言いつつも危なげなくそれを受け止めるミズキを見て、クラピカは少しのうらやましさを感じた。
ミズキの迷惑にはなりたくない。だからクラピカは大人しく、ゆっくりミズキとエーリスに近付いていく。エーリスがミズキの負担になっている、と言うわけではないけれど、クラピカまでもが万一飛びつきでもしたら、さすがにミズキは困ってしまうだろう。
ミズキの首に両腕を巻き付けてぶら下がっているエーリスには、やっぱり、羨ましいと思ってしまうけど。

「クラピカもおいで」

なのに。ミズキはあっさりとした笑顔で、クラピカを呼んだ。水桶を一旦置き、両腕を広げてクラピカを待っている。
困らせてしまわないか。迷惑になるのではないか。仕事をしている人の邪魔を、してもいいのか。
まるですべてを察しているかのように、ミズキは優しく微笑んだ。きゅうと心臓が震えるような、締め付けられるような、優しい笑顔で、再びクラピカの名を呼ぶ。

「クラピカ、おーいで」
「……っうん!」

走って、クラピカはミズキの腕の中に飛び込み、ぎゅうと背中へ腕を回す。勢いが付きすぎたためかミズキは苦しげな声を漏らしたけれど、大丈夫大丈夫、と朗らかに笑っていた。
一瞬、怒られてしまうかも、なんて考えてしまったのは、杞憂に済んだらしい。
ふんわりと優しく頭を撫でる手に、クラピカは気付かれないよう表情を綻ばせた。温かくて優しい手のひらに、何故だかどうしようもなく安心してしまう。
出会ってからほんの数日しか経っていないのに、まるで生まれた時からずっと一緒にいる、家族のようだった。

「こらエーリス、クラピカ。ミズキちゃんの邪魔をするんじゃないよ」
「ああいえ、大丈夫ですよ。二人共可愛いんで、このまま水汲み続けちゃいます」

クラピカとエーリスをぶら下げたまま、ミズキは水のたっぷり入った桶を両手に提げ、さっきクラピカたちを叱った女性の元まで歩いていく。
桶は大きさがあり、クラピカでは一つ持つのがやっとのものだ。それをミズキは、子供とはいえ二人の男を抱えたまま、二つも手にしている。

「あれまあ、ミズキちゃんは力持ちだねえ」
「割と鍛えてますんで。力仕事なら任せてください」
「頼りになるよ」

水汲みを終えたミズキは、次の手伝い場所へと向かい始める。その頃にはクラピカもエーリスもミズキから降りていて、代わりにクラピカがミズキの右手を、エーリスが左手を握っていた。
弟が二人増えた気分、とミズキは笑う。クラピカもまた、ミズキが本当の姉であったのなら、と願った。
そうであったのなら、ミズキはずっと、クラピカと一緒にいてくれるかもしれないのに、と。

「俺ねー、ミズキ姉さんのこと大好きだよ」
「わ、私も、ミズキお姉さんのことが大好きだ!」
「本当? 嬉しいなあ」

一旦クラピカたちから手を離し、ミズキはその場にしゃがみ込む。こうやって目線を合わせてくれるのは、嬉しくもあるが、子供扱いされているような気にもなる。くしゃくしゃと頭を撫でてくれる手も。それでもやはり、嬉しいんだが。

「私も二人のこと、勿論クルタの人たちみーんな、大好きだよ」


 +++


いやここ完ッ全に原作のクルタ族じゃねえな! と初日から気付いてはいたけど、過ごせば過ごす程原作との乖離がでかすぎて、私は割とおろついていた。
まず、多少は疑われもしたけど、存外あっさり受け入れられたこと。ほんの数日程度で、力仕事で困っていたらミズキを頼ろう、みたいな空気が完全に出来上がっていた。色んな人と顔見知りになれるのは動きやすくていいんだが、元を知っている身からするとかえって居心地がどうにも悪い。
加えて、そもそもの構造が違う気がする。ルクソ地方の奥地、ひっそりとした村、ってことに変わりはないようだけど、さほど緊迫感はないしなんかみんなのんびりしている。クルタ族とは。

それでもまあ、結局は私と先輩がトリップしてきたせいで色々変わったんだろう、と納得するしかない。ここはそういう世界なのだ、で済ますことしか出来ないんだ。
さっきも言った通り、動きやすいのだから結果オーライ、とも言えるのだし。


この時代に来て以降、私は辺り一帯を覆うほどの円を広げたまま過ごしていた。旅団がいつ来てもすぐにわかるように。
そしてその時は、八日目の朝、やって来た。

電話やメールは出来ないけれど時計代わりにはなる、シャルにもらった携帯。円に触れた他者の気配に身体を起こし、それに視線を落とせば、時間は早朝の五時手前だった。
奇襲は早朝。順当と言えば順当なんだが、いい加減にしろやまだ眠いんじゃこちとら、と思ってしまうのは致し方ない。すたこらさっさと起き上がり、冷えた水で顔を洗う。
早朝とはいえ、クルタ族の一日は早いため活動している人間はちらほらいる。クラピカとエーリスも、いつも通りなら森に木の実やらを取りに行っている頃だろう。だからまあ、とりあえずあの二人は大丈夫だと思う。

旅団がここに辿り着くまで、あと少し。私は一刻も早く、彼らの元に向かわなくちゃいけない。

「……大丈夫」

暴れるように鳴り続けている心臓を必死に押さえて、深呼吸を二回する。
この世界に来て、私は強くなった。修行の一環だとしても、ノブナガにもシャルにも、フェイタンにも勝てるようになった。念を覚えていない頃でも、ヒソカの気を失わせることが出来た。
だから大丈夫。私はきっと、旅団からクルタ族を守れる。

住まわせてもらっている家から木刀を拝借し、クルタの民族衣装を着て、顔を隠すようにマフラーを身につける。
そして僅かな怯えを投げ捨てるように、私は家を飛び出した。

「てめえ、クルタ族の人間か」
「……だったら、どうする?」
「殺して、その目を奪ってやらァ!」

辿り着いた集落の入口辺り。タイミングよく現われたのは、ウボォー、ノブナガ、フィンクス、フェイタン、シャル、パク、マチ、フランクリン、知らない男、そして……クロロ。
見知らぬ男は、多分ヒソカの前のNo.4だろう。劇場版とは顔かたちが違うようだけど。ま、どうでもいいことだ。
ともかく私は、この十人を相手に、戦わなきゃいけない。戦って、勝たなきゃいけないんだ。

最初に狙うのは、やっぱり――頭。

「はいストップ。まず、目的から聞かせてもらう」
「ほう……?」

跳躍し、クロロの首根っこを掴んでから元いた場所に戻り、木刀と共に拝借していたナイフをクロロの首に突きつける。
ぶっちゃけそこまで意味のある行動だとは思っていなかったし、当然クロロも他の団員も余裕の表情だったけれど、ひとまずの動きは封じることが出来た。万一誰かが動いたところで、どうとでも対応は出来る。

「目的は」

意識して低くした声で、再度問いかける。
クロロはほんの僅か嘲笑するような表情を見せ、「緋の眼を頂きに」とだけ返答した。私にとってはわかりきっている目的。知ってたけどねと内心呟き、周をしているナイフに力を込める。
言ってしまえばパフォーマンスってやつだ。私は彼らの目的を知らないはずなのだから。

「ここにいる全員を、殺して?」
「勿論」
「……なら、あなたたちは私の敵だ」

今この時ばかりは。

殺気を込めたオーラをぶわりと広げれば、全員が一瞬目を見開き、各々のオーラで身を守ろうとする。
私の潜在オーラと顕在オーラは、旅団員の誰をも凌駕している。ついでに先輩よりも上だ。だからこそみんなは、私と先輩を化け物と呼称した。
そのオーラに、ありったけの殺意を込めれば、どうなるか。
カバーしたものの気を失った知らない男、そしてほんの一瞬反応の遅れたらしいパクが、気を失う。他はなんとか耐えたみたいだ。やっぱりこれだけでノータッチKOとはいかないか。

興味深そうに私を見上げるクロロの殺気は、なかなかに怖い。怖いけど、でも、戦えないわけじゃない。
さて、じゃあ、ここからどうすべきか。
思考に意識を向けた、一瞬の隙。

「いったい何事だ!」

それと同時にタイミング悪く現われた、騒ぎに気付いたクルタの人たち。やばいと思ったのも束の間、クロロが私の腕から抜けだし、団員たちの攻撃が始まった。
こうなる前に、終わらせるはずだったのに。

よくよく考えなくても、実戦は初めてだった。こんがらがった頭のまま、助けなきゃ、守らなきゃ、それだけを一心に考えて、地を蹴る。
それでも、ああ、間に合わない。

「――あ、っう、」

先頭に立っていたおじさんの頭が、宙を飛んでいる。マチの念糸によって、胴体から切り離された頭。それが地面に転がって、鳶色の瞳が、私を見上げていた。
……死体を、見るのは、初めてだ。視界がぐるりと反転したような気分になり、何かが喉元をせり上がってきたけれど、かろうじてのところで耐える。
おじさんの瞳は赤くなっていない。きっと、何が起きたのかもわからずに死んでしまった。マチを窘めるシャルの声が、どこか遠くに聞こえてくる。

それでも他の、周りの人たちは、このおじさんとは違う。
緋の眼のせいで、自分たちが襲われているのだという怒り、恐怖。生活を脅かされることへの憤慨。
早朝の薄暗い空気に、ぽつぽつと、緋色が灯っていく。

「ミズキ、姉さん……?」
「エー、リス、」

思考が止まる。私は早く動きだして、旅団を止めなきゃいけないのに、その声が聞こえてきた瞬間、金縛りにあったようだった。
クラピカと木の実を取りに行っていたはずだ。何で、何でエーリスが、こんなところにぽつんと立って。
半ば無意識に走り始めた私よりも一瞬早く、ノブナガがエーリスへと向かう。

「ッ――エーリス!」

嫌だ、やだ。この子は絶対に、死なせない。




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