「雀牌?」
「ああ、美術館から盗ってきた」

昨晩、隣町の美術館でかる〜く暴れてきたらしいクロロたち。そこで何を盗ってきたのかと覗き込んでみれば、麻雀牌に点棒に賽子のワンセット。デザインは高級そうな感じの黒地だけど、見覚えのあるものと大差はない。
けど、凝をしてみれば盗ってきた理由に合点がいった。この雀牌はオーラを纏っている。

「美術館では死した富豪が厳重に保管していた曰く付きの麻雀牌、なんて紹介されてたけど、実際は念能力者が具現化した雀牌でね。死して尚残る念の話、ミズキとタカトにしたっけ?」
「知ってはいる」
「前クロロに聞いたな」
「そ? つまりこれは、そういうものなんだよ」

説明をしてくれたシャルが、字牌の一つを手にとってにまりと笑う。

「この雀牌を使って麻雀をすると、負けた奴が過去に飛ばされるんだって」
「何それこわい」

マイナス四千点で四千年前に飛ぶとか? 怖すぎる。役満当てられたら死ねるのでは。
ンなもん盗ってきてどうするんだ……過去改変するようなタイプの人間がいるわけでもあるまいし……と、怪訝な顔で雀牌を眺める。触る気にはならない。
変えたい過去はまあ、あるっちゃあるけど。どうも聞く限り過去のどの時間軸に行けるかは明確じゃないようだし、触らぬ神に祟りなしだ。
と、思ってたのに。

「というわけで、やってみてよ」
「やだよ何でだよ」

にっこり笑顔のシャルが、あっけらかんと提案してきた。
ぶんぶんと首を左右に振って拒否ったにも関わらず、結局根負けして、私とタカト先輩とフィンクスとクロロ、この四人で卓を囲むこととなってしまう。な〜んで提案者のシャルが入ってないんだよ。せめて入れよ。

とはいえ始まってしまったものは仕方ない。タカト先輩が麻雀経験者であることを意外に思いつつ、先輩の親からゲームはスタートした。
東風でさっさと終わらせたかったのに、半荘で。

黙々と麻雀を進めていく私たちを、シャル他混ざっていない旅団員たちは興味深そうに眺めている。コルトピとフェイタンの立ち位置は私の真後ろだ。低身長コンビの応援が嬉しいので絶対勝ちたいと思います。ていうか負けたくない。
でも先輩にも負けてほしくないし、ここはどことなく苦労人オーラの出ているフィンクス辺りに負けてほしいところだ。元凶のクロロが負けてくれればもっとハッピー。

「あ、それロン」
「ハァ!?」
「えーと、メンタンピン三色ドラドラ、一万二千ね」
「東一からふざけんなよミズキ……!」
「うわ、俺振らなくてよかった……」

フィンクスから点棒を受け取り、この調子ならビリにならなくてすむかも、とほくそ笑む。
いつかもわからない過去に飛ばされるなんて絶対嫌だもんね! 帰れる保証もないし!

それから。
「ダブ東白対々、二千と四千だ」とクロロがツモって。
「ロン! 七対二ドラ四で一万二千!」と、タカト先輩が私からロンして。
「發中小三元ドラ一、満貫でーす」と、私がツモって。

「国士無双」
「ふざけんなよフィンクス!」

なんてのが続いて、結果。

「三百点差でミズキがビリだね」
「たかが三百点……されど三百点……」

微妙な、ほんっと微妙なところで負けた。思わずうなだれる。
役満でトバされるよかよっぽど悔しいし悲しいんだが。これもう一戦もらえないかな。そしたら今度はあの場面で二筒捨てるなんてことしないから。
ぎゅっと目を瞑って悔しさに嘆く私の瞼に、ふわりとした熱が当たる。見開いた視界の向こう側、雀牌がまばゆく光り始めていた。

「えっえっマジで過去行くの? いっ嫌だあああ」

情けなさ全開な私の叫びもむなしく、雀牌から溢れだした光に包まれた私は、そのまま意識を失った。


 +++


目を覚ませば、視界には樹木に草、若干の花が映った。ううんデジャヴ。
ゆっくり身体を起こし、不調なんかがないことを確認する。少しばかり腰と背中が痛かったけど、許容範囲だろう。

「あ、目を覚ました!」
「どこか痛いところはないか?」

びくりと全身を震わせ、声の主へと身体を向ける。
最近じゃ絶をしているクロロの気配にだって余裕で気付けていたのに、全然気付かなかった。自覚している以上に、私は現状に頭が追いついていないらしい。
ぱちくりと見上げた先には、私を心配そうに見下ろす二人の少年が立っていた。民族衣装らしきものを身に纏っている。
黒髪の少年に見覚えはないけれど、金髪の少年には、どこか既視感を覚えた。

「俺たちが遊んでたら、お姉さんが木から落ちてきたんだ。目を覚まさないから心配してたんだ。大丈夫?」
「あ、うん……。ごめんね、ありがとう」
「うん! 俺はエーリス、こいつはクラピカっていうんだ。お姉さんはここらじゃ見ない格好だね。名前は?」

ここで私は、二度驚くことになる。
一つ目は、金髪の少年がクラピカであること。そしてもう一つは、この黒髪の少年がパイロではなく、エーリスという聞き覚えのない名前であったこと。
顔かたちはパイロに近い、と思う。でも少年は当然のように自身の名前をエーリスであると名乗ったし、ここで名前を詐称する意味もない。
そもそもどう見てもこの二人の関係性は、活発な少年エーリスに、落ち着いた少年クラピカだ。私の知っているものとはどうにも差異がある。

「私は……、ミズキ」
「ミズキお姉さんか!」
「何故お姉さんは、こんな森の奥に?」

過去は過去でも、原作とは違う過去……か。
いつだかに言っていた通り、私とタカト先輩が存在している時点で、この世界は原作とは乖離している。まさか、ここまでがっつり乖離するとは思ってもみなかったけど。

なんにせよ此処は過去のルクソ地方で、ここには、生きているクルタ族がいる。それは事実だ。
クルタ族のことを考える限り、私の存在が受け入れられるとは思わないが――それでも、もしかしたら。
私はクルタ族を、クラピカを、守れるかもしれない。

「ええっとね、お姉さんは、仕事でここに来たの」

なんて言うべきかを考えた結果、適当につらつらと嘘を並べていく。
「仕事?」「木から落ちてきたのに?」と疑問符を浮かべられてしまったが、私だって落ちたくて木から落ちたわけじゃないので、そこは気にしないでほしかった。子供の素直さが怖い。

改めて助けてくれたことにお礼を言い、二人の頭を遠慮気味に撫でる。思いの外あっさり、それもとても嬉しそうに受け入れられてしまって、思わず苦笑が滲んだ。
原作のクルタ族とは違うかもしれない、その可能性が浮かぶほど。クラピカもエーリスも普通の子供で、幸せそうだった。

だから、この世界の蜘蛛を、敵に回したとしても。

「助けてくれたお礼に、あなたたちを守らせてね」
「……?」

この幸せそうな笑顔を、守ろう。




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