あくる日。
はい、とにっこり笑顔でシャルに手渡されたのは、薄い黄緑色の携帯だった。シャルが使っているのと同じ、猫型のやつだ。黄緑の猫ってなんとも言えないな。

「……なに?」
「ミズキにプレゼント。まだこの世界で使える携帯、持ってなかったでしょ」

昨日のことなんてなかったかのように、シャルは笑う。逆に昨日のことがあったからこそ、の笑顔かもしれない。
ひとまずは受け取り、軽く操作してみる。見てみれば日本語でも使えるようになっていて、電話帳には既に何人かの旅団員が登録されていた。一番目はシャルになっている。

「めちゃくちゃありがたいけど……いいの?」

どう考えても、これはシャルの手作りだろう。いつぞやかにパソコンでいい携帯ないかな〜って眺めてみてたけど、この形状の携帯を見た記憶はない。
そんな手間をかけたものを、シャルがタダでくれるとは思えないんだが。こういう考え方がいけないのだろうか。
窺うように見上げる私に、シャルはやっぱりにこりと笑う。

「連絡取れないと不便だからね。使い方説明してあげるから、俺の部屋行こっか」
「んん……うん……」

まあそういうことなら、とありがたく頂戴することにする。
歩き始めたシャルの後を追い、ちょっぴり逡巡してから、軽く腕を引いた。どうしたの、とシャルは首をかしげる。

「あの、……ありがと。大事に使う」

何度見ても黄緑色の猫はいかがなものかと思うが、まあデザイン自体は可愛いし、シャルの手作りならきっと高性能なんだろう。ビートルなんちゃら型も目じゃないかもしれない。
それを、わざわざ私のためだけに作ってくれたんだ。なんだかんだ言って、嬉しくないわけがない。
うっかり壊してしまわない程度に携帯を握りしめ、シャルへ笑みを向ける。もう一度ありがとう、と伝えれば、一瞬微妙な顔をされた。何でだ。

シャルの部屋で充電器や説明書を渡されてから、操作方法を教えてもらう。基本的な操作は普通の携帯となんら変わらないけど、シャルが独自に盛り込んだ諸々の機能は、なるほど確かにめんどくさい感じだった。この機能使う日来るのかな。
いやしかし、これはかなり便利である。ビートルなんちゃら型どころかスマホすら目じゃないのではなかろうか。シャルの技術力がこわい。

「あとこれ、GPS機能も付いてるから」
「ええ……」
「ミズキがどこで迷子になっても大丈夫なように」

いたずらっ子のような笑みを浮かべるシャルに、別に迷子になんかならないし……と軽くむくれる。
が、「昨日迷子になったばかりじゃん」と言われてしまい、思わず顔を覆った。何で先輩シャルに話してしまうん……?

「方向音痴なわけじゃないからね?」
「はいはい」

すっげえ棒読みで流された。
違うじゃん……私がタカト先輩とはぐれたのは、ショーウィンドウのアクセについ目を奪われてしまったからであって、その間に先輩に置いてかれちゃっただけで……。って説明したとこで多分聞いてもらえないんだろうけども。

もし将来情報屋だの何だのをすることになったとしても、この携帯は使えないなあとぼんやり考える。なんか全部シャルに筒抜けになりそうだし。
一番はクロロだけど、シャルもそういうとこ抜け目ないタイプだろう。気に入ってくれてたとしても、怪しい人間に違いはない。それとこれとは別問題、って感じ。

「そういえば今ふと思い出したんだけど」

諸々の機能説明を続けていたシャルの言葉をぶった切り、携帯を傍らに置いてから問いかける。

「何でこの前、急にキスしてきたの?」
「今それ訊く?」
「いや今思い出したから……」

ため息を吐きながら、シャルはイスへと深くもたれる。気怠げな様子ですらかっこいいんだからイケメンって得だよなあ、と眺めていれば、シャルが横目に私を見やった。

「昨日の話。俺、結構ショックだったんだよね」

多分一番ショック受けてたのはコルトピだろうけどさ、とついでのように呟いて、シャルの身体がイスごと私へと向けられる。

「ミズキはさ、損得勘定や利害関係だけで手元に置いてる人間相手に、俺がキスしたり携帯作ってやったりすると思う?」
「割と」
「そこで頷かれちゃうと話が進まないんだけど」

でもシャルめっちゃしそうだよね。心の中でうんうんと頷きつつ、一応ごめんと謝っておく。
雑な謝罪であることがバレたのか軽いデコピンを喰らい、額をさすりながら姿勢を正す。多分これ真面目な話のやつだ。

「団長も似たようなこと言ってたけど、俺たちはミズキとタカトのこと気に入ってるよ。なるべくは殺したくないし、出来ることならずっと手元に置いておきたい。ミズキもタカトも、見てて飽きないしね。勿論、ミズキが何で俺たちのことを知ってたのか、って疑問はまだ解消されてない、不安材料だ。最初の頃にフィンクスがミズキは殺しておいた方がいいって言ってたのも、理解出来るし当然の思考だと思う」
「……うん」
「それでも、少なくとも俺はミズキのこと気に入っちゃったし、今のとこは殺す気もない。ミズキにだって、俺たちを敵に回す理由はないだろ?」
「そりゃまあ、仲良くはしてたいよ」

でしょ、とシャルの手が私に伸びる。けれど途中で止まって、わざわざ「撫でてもいい?」なんて問いかけられた。
ついつい怪訝な顔をしてしまいつつ、どうぞ、と少しだけ顔を俯かせる。頭頂部にぽすん、と手のひらが触れた。

この手も、人を殺している手なんだ。

「ミズキのことを気に入ってるから、俺はミズキを殺さない。ミズキのことを気に入ってるから、あの日、俺はミズキに触れたんだよ。その意味がわからない程、子供じゃないだろ?」
「……シャルはもうちょい、パクとシズクを足して割った感じの女性が好きそうなタイプだと思ってた」
「お、当たり。すごいねミズキ」

なんか多分告白された気がするんだけど、にしてもこの空気はなんなのか。私自身ももっと照れるかなんかしろよと我ながら思いはするんだが、どうにも現実味がなくて感情が追いつかない。
相変わらず私の頭を撫で続けている手はそのままに、ゆっくりと顔を上げる。
当然のごとく、シャルもまったく照れていない。今ばっかりはイルミのかわいげを見習ってくれと若干思う。

「どうせもうバレてるだろうけど、一応、私はタカト先輩が好きなので」

何で私、シャルをフってんだろう……と半ば遠い目になりつつも告げる。
案の定「うん、知ってる」とあっさり答えられ、もう一度遠い目をした。そんなに私ってわかりやすいのか。なのに何故先輩には伝わっていないのだ?

「でも、タカトより俺の方がかっこいいでしょ?」
「………………今割とむかついたけど否定はしない」
「そこは否定してあげなよ」

けらけらと笑って、シャルは私の頭から手を離した。
綺麗な手を目で追って、ぼんやり、大人だなあと考える。私には無い、出せない余裕。
今更ながら追いついてきた感情のせいで、顔にじんわりと熱が集まってくる。

「照れるのおっそ」
「うっせ」
「あ、初めて俺にキレた。ミズキって怒ると男っぽい口調になるよね。もしかして男兄弟がいる?」

そうして続く他愛のない話に、やっぱり大人だなと思いながら応えていく。

シャルは大人だから、本当は私をちゃんと疑ってるってことを、隠してくれている。
大人だから、それに私が気付いていても、知らんぷりをしてくれている。

私が旅団を知っている理由。いつかは直接訊かれるんだろうな。シャルが私を本当に気に入ってくれてたとしても、それとこれとは別問題、だから。




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