あくる日の朝。今日も元気に雑用だフフーンとやけくそ気味に気合いを入れていたら、クロロに「買い物でもしてこい」と札束を渡され街に放り出された。タカト先輩と二人で。あまりにもいきなりすぎる展開にろくな反応が出来ず、おとなしく放り出されてしまったわけだが。
これは、あの、あれだ。嬉しい悲鳴ってやつではなかろうか。

「どこ行くかな」
「そ、そうですね」

だってこれ、もしかしなくてもデートってやつじゃないですか……!?
タカト先輩と二人きりで街をぶらつけるとか、ちょっとこんなミラクルあっていいのか。元の世界じゃ絶対体験出来なかった。ありがとうクロロ! ありがとうハンター世界! トリップばんざーい!!
な〜んかクロロたちの今朝の様子を見る限り、もしかしてうっかり賞金首ハンターにでも仮アジトバレたんじゃね? だから私たちを放り出したんじゃね? とかちらっと考えてたけど、まあそうだとしてもみんななら大丈夫っしょ!
そんなことよりこれを機に先輩とめちゃくちゃ仲良くなれちゃうかも!? って考えたら、うひゃー、やばい。楽しみ!

一人で内心テンションを爆アゲしつつ、顔には出さないように先輩の後ろを進む。
途中でふと、タカト先輩が何かをじっと見つめていることに気が付いた。無意識にか立ち止まってしまっている先輩を数秒見つめ、視線の先を追う。

親子が、歩いていた。

穏やかそうな父親と、優しそうな母親。その二人と共に、少し文句を言いながらも買い物を楽しんでいる様子の兄弟が歩いている。私たちと同じくらいか、少し下くらいの年だろうか。
そういえばうっかり忘れていたけれど、タカト先輩には弟がいたな、と思い出す。同じクラスで、よく私に突っかかってくる、人は良いのだけど面倒くさい弟が。

「――元の世界に帰りたいですか、先輩」
「そりゃ……まあな」

その返答に、自分一人はしゃいでいたことを、恥じた。

タカト先輩にとって、この世界は未知の世界なんだ。楽しいこともあったかもしれない、面白いと感じたこともあったかもしれない。それでもどういう場所で、どういう常識のある世界なのかは、わからない。未知の世界。
原作を読んでいて大体を知っている私とは違う。先輩はこの世界について、何も知らない。旅団がどういう人たちの集まりかってことだって、きっと本当には理解してない。
わからないものは、怖いんだ。
そりゃ、家族が、元の世界が、恋しくなるのは当然だ。

「ミズキは、帰りたくねえの?」
「私、ですか」
「うん」

……どう、なんだろう。今まで考えていなかった。帰りたいとか、元の世界が恋しいとか、そんなこと、一欠片だって思い浮かばなかった。
勿論、家族も友だちも大切だし、大好きだ。そうあっさり手放せるものじゃない。
でも、この世界は本当に大好きな人ばかりで、私にとって幸せな世界で、望む力だって手に入れることが出来て、大好きな先輩もいて、旅団とも仲良くなれて。だから。

私は、自分のことしか、考えてなかった。

「探しましょう、帰る方法」

先輩の問いには答えず、にこりと微笑む。

「きっと見つかります。勝手にこの世界に連れてきておいて、一生帰れませんよーなんて、そんなことあるわけないですもん」
「……帰れる、のかな」
「もちろんです!」

あなたが、タカト先輩が望むのなら。何に代えても、何をしてでも、私が先輩を元の世界に帰すから。
だからタカト先輩、そんな悲しい顔を、しないで。

「ミズキがそう言うと、ほんとに帰れそうな気がしてきたわ」

くしゃりと、先輩が笑う。きっと無理矢理な笑顔。心の底から帰れるとは思っていない、でも帰りたい、期待をしたい。そういう顔。
ほんのちょっとの期待にだって、縋りたくなる気持ちはよくわかるから。

「じゃ、約束な。絶対、一緒に元の世界に帰ろうぜ」
「……はい、約束」

ゆびきりをして、ゆびきったっ、と手を離して、笑い合う。
いつもならきっと、わあ先輩と手ぇ繋いじゃった! なんかちょっと手を繋ぐとは違うけど! なんて、はしゃげただろうに。

私は先輩を追い抜いて、それじゃ適当にぶらぶらしましょー、と顔も見ずに告げる。歩きだす。
今の私の顔を、見られたくなかった。きっと私は、ひどい顔をしている。
だって、大好きな人が泣きそうにしているのに、どうして私だけがこの世界にいることは幸せだなんて言えるだろう。帰りたくないわけじゃないけど、積極的に帰りたいわけでもない、なんて、言えるはずがない。

先輩は絶対に、元の世界に帰す。その約束は、何においても守る。
それでもきっと、一緒に、という約束を、私は破ってしまうんだろう。破りたいわけじゃないし、いざ帰る手段が見つかったら、私もあっさり帰るかもしれない。
でも、なんとなく、そんな予感がした。


 +++


な〜んであんなドシリアスな感じで歩いてたはずなのに先輩とはぐれちゃうかね私は。ちょっと店の前で立ち止まって商品眺めてたら、タカト先輩がいなくなっててびっくりしたわ。あれこれはぐれたの先輩じゃね?
何はともあれさっさと見つけなくては。今の私は連絡手段を持ってないんだ。つまり先輩とはぐれた現在、私には割とガチめの迷子フラグが立っている。
今は迷子じゃないから。ただちょっと「新しい髪留め買うのもアリだな……」って考えてたら先輩がいなくなってただけだから。

多分私が立ち止まったことに気付かなくて、タカト先輩はそのまま歩いていってしまったんだろう。結構な人混みだし仕方ない。
お上りさんさながらにきょろきょろとしながら歩いている途中、見覚えのある姿を見つけて立ち止まる。いやまさかな、と一旦視線を逸らして、二度見して、うわまじだ、と現実を受け入れた。

先輩を捜していたはずが、イルミを見つけてしまったでござる。
あっしかも正面に先輩もいる。なんだこの状況。

「ミズキ、」

私の姿に気が付いたタカト先輩が、どことなく助けを求めるような視線を向けてくる。ごめんなさいはぐれちゃって、と謝りながら駆け寄れば、先輩の表情が少し、和らいだ。
助けを求めてたっていうよりは、イルミに警戒でもしてたのかもしれない。そう思い至って、先輩とイルミの間に割って入る。
はじめまして、と不自然じゃない程度の愛想笑いを貼り付け、イルミを見上げる。ぱっちりとした猫目と目が合って、心の隅でやっぱりかわいいんだよなあと思っていれば、パッと目を逸らされた。

「ちょっと、意味がわかんないんだけど」
「はい?」

何かしらの用があればさっさと言うだろうし、そもそも用事がないのにイルミがわざわざ先輩に絡むこともなかろうと思ってはいた、んだが。その反応は予想外だ。意味わかんないのはこっちですイルミさん。

「何でキラキラしてるの。これ、君の念能力?」

尚更意味のわからん言葉が続いた。き、キラキラ? 何が?
私何かついてます? とタカト先輩に尋ねるも、無言で否定される。先輩もさっきとは打って変わって不思議そうな表情だ。
あ、そういや先輩って念のことも知らないんだっけ。

そうこうしている間にも、イルミは私を見てはパッと目を逸らし、また見ては逸らし、を繰り返している。何やってんだと思って見上げた瞬間、はっきり見えてしまった。若干鳥肌立った。
だってあ、あのイルミが、顔を赤くしてるんだ。意味がわからん。

「あ、あの、」
「ちょっと喋らないで」
「えぇ……」

ら、埒があかねえ。

この世界に来て何度か思ったことを再び思う。ああこの人、キャラ違うなあ……と。何なんだこの世界は。
私を見たり目を逸らしたり、その間ずっと顔が真っ赤のままなイルミの、仕草はかわいいんだが……いやイルミ自体もかわいいっちゃあかわいいんだが……。でもそういう仕草って可愛い女の子がするから可愛いんじゃん。百歩譲ってクラピカとかの辺りが許せるラインじゃん。
大の大人の、それもイルミがやってると思うと……なんかちょっと、こわい。
しかしこのままじゃ話が進まない。あと道行く人に若干変な目で見られている。そりゃ往来のど真ん中で立ち竦んでりゃ不審な目で見るわな。

「先輩、この人なにか言ってました?」
「あー……っと、最初に、君がクロロの新しいオモチャ? って。俺らの名前は知ってた。クロロじゃなくて、あの変態に聞いたらしいけど」
「あいつか……」

どうせ聞こえてんだろうなと思いつつも先輩と小声で話し、最後、ぼそりと吐き捨てる。ヒソカの野郎、いらんことを。
ていうかイルミ、もしかしてただの物見遊山? クロロもヒソカも気に入ってる風の人間がいるならちらっとくらい見てみるかな的な? 仕事のついでにって可能性が高いけど、だとしてもやっぱりキャラ解釈が違いすぎる。マジでなんだこの世界。

いやでももしかしたらクロロに用事がある可能性もワンチャン……? 確かクロロとイルミ間にも交流あったはずだし……もしかしたら二次設定だったかもしんないけど……。
とにかくここでずっとじっとしてんのはナシだな、と覚悟を決めてイルミを見上げる。また真っ赤な顔を逸らされた。ううん、キャラが違う。

「私はミズキです。私たちに何かご用ですか? それともクロロに? クロロに用事があるなら、借宿まで案内しますけど」
「ミズキ……可愛い名前だね」
「怖ッ……、ああ、いや、ありがとうございます……?」

なんだかんだで昼ご飯を一緒にしたあと、イルミは仮アジトまで着いてくることになった。それで結局何の用事なんだ。
ていうかイルミを仮アジトまで連れてくのって大丈夫なんだろうか。……まあいいか? いざとなったら別のアジト見繕えばいいだけだしな。引越しめんどそうだけど。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -