※先輩視点 俺はただその瞬間を、呆然と眺めていた。 シャルに呼ばれ、小走りで駆け寄るミズキ。髪の色が近いからか、兄妹みたいだな、なんて思ったのも束の間。 ミズキに軽く触れる程度のキスをしたシャルは、満足そうに笑って、この場を去って行った。固まったままのミズキと、俺らを残して。 「……マジか」 思わずといった風に小さく呟いたのは、クロロだ。それに続いてフィンクスも「うそだろ」と呟く。 俺は口を開くことも身体を動かすことも出来なくて、ただ、やっぱり呆然としたまま、固まっているミズキを見つめていた。 照れているようには見えない。怒ってる様子でもない。俺と一緒で、何が起きたのか飲み込めていないのかもしれない。ミズキはぽかんとしたまま立ち竦んでいる。 おそるおそる、クロロが立ち上がる気配を感じる。腰を浮かせたクロロがミズキに声をかけようとしたのと、フェイタンがミズキに向かって薪を投げつけたのは、ほとんど同時だった。 ゴッ、と鈍い音を立てて、薪がミズキの後頭部に直撃する。 「ッ痛って、」 「お、おいミズキ……大丈夫か」 「何が? ていうかフェイタンさん、いきなり薪投げないでくださいよ! 地味に痛かったんですけど!」 我に返った様子のミズキは、さっきのことなんて無かったかのように、いつも通りだった。 頭をさすりつつ、クロロには相変わらずの反応、そしてフェイタンに向かってはキャッチした薪を片手に少しだけ怒っている。この世界に来てから見慣れつつある、普通のミズキだ。俺まで、さっきの出来事が嘘のように思えてくる。 けど、そんなことはなくて。 「ミズキ……お前、シャルにキスされて無反応かよ……」 「え? あー、まあ」 なんつう、あっさりとした。 現実に引き戻すフィンの言葉にも、ミズキは頭をさすりながら「ううん」と不思議そうな反応を見せるだけだ。どう反応すべきか悩んでるように見えるけど、それでも、そこまであっさりとした感じになるもんなのか。 「そりゃびっくりはしたけど、どうせシャルのことだしいたずら気分程度のもんかなあって……。まあ咄嗟に反応出来なかっただけだから後で一発くらいは殴るけど」 最後の一言だけは声がワントーン低かった辺り、まったく気にしていないわけではないんだろうとは思う。けど、さあて薪割り薪割り、とさっさか作業に戻ろうとする姿は、さして気にも留めていないようにも見えた。 それは、相手が、シャルだからなんだろうか。あの変態が相手の時は、キスこそされてなかったにしろ、随分キレていたのに。 「……、――ミズキ」 背を向けていたミズキの名を呼べば、びくりと大きく肩が揺れる。ゆっくり、ゆっくりと振り向いた顔は、わかりやすく真っ青だった。 思わずお化けでもいんのかと自分の背後を見てしまったくらいだ。勿論、そんなものは存在しない。 顔を戻せば「せ、んぱい、」と消え入りそうな声でミズキが応える。何を動揺しているのかわからないまま、気になったことを問いかけた。 「もしキスしてきたのがさ、クロロや変態だったら、どうした?」 「俺をあいつと並べるなよ」 クロロに睨まれた気がするが、今は気付かなかったことにする。ミズキは真っ青な顔のまま、あっちこっちに視線を泳がせて、数秒の間のあと肩を落とした。 ともすれば泣きそうにも見える表情でもごもごと言い淀んだあと、わかりやすく引き攣った顔で、ええと、と問いに答える。 「ヒソカは蹴って、クロロは踏みます……と思います、多分」 「俺の方が酷くないか」 「気のせいですよははは」 じゃあ私薪割り続けますんでー! と半ば強引に話を打ち切って、ミズキはフェイタンの元まで走っていった。フェイタンがミズキの肩をぽんと軽く叩いてる、その様子を眺めながら、ぼんやりと思う。 俺は割と、ミズキを気に入ってる。元の世界にいた時には、どことなく鈍くさい後輩だな、程度の感情の方が勝っていたけれど、見ていて飽きはしなかった。こっちの世界に来てからは、おとなしいタイプかと思いきや案外すぐキレるし、でも土壇場では頭が回るみたいだし、面白いやつだなって、そう思った。 そうやって俺がミズキを気に入っているのと同じくらいに、もしかしたら、それ以上に、ここにはミズキを気に入っている奴がいるのかもしれない。 クロロはミズキにばかりよくわからない雑用を押し付けているし、ヒソカは結局最初から最後まで、ほとんどミズキのことだけを追いかけ回していた。フェイタンとはいつの間にか仲良くなってるみたいだし、それに、シャルの、あの行動。 ミズキと俺は、この世界に二人きりしかいない、異世界の人間だ。それに俺は、ミズキに助けられている。だからこそ余計に、守らなきゃいけないと強く思っている。あいつは女で、後輩で、唯一の存在だから。 俺がそう思ってるから、勝手に、ミズキにとっての俺もそんな感じなんだろうって、お互いが唯一なんだって、なんとなく思ってたけど。 もしかしたらミズキには、周りがそう思っているように、俺よりも大事な存在がいるのかもしれない。 そう考えてしまったら、何故だか、寒気がした。 ← → 戻 |