※フェイ視点



そういえば、団長が異世界からの人間を二人拾ったと言っていた。ならばあれがそうなのだろうと、フェイタンは階段を降りていった女を見送る。そうしてちらりと、その女が出てきた部屋に目をやった。
異世界からの、人間。
ほんのわずかに興味を惹かれる。半ば無意識に壊れかけの扉へ手をかけ、フェイタンは部屋の中へと足を踏み入れた。

そうしてすぐに、口と鼻を覆って顔を顰める。

臭い。煙草のにおいが充満している。
女、それも子供だろうに、煙草を吸うのかと眉間に皺が寄った。白地に青の水玉模様がついた安っぽい灰皿の中には、溢れんばかりの吸い殻が積まれている。煙がまだ微かにたゆたっているのは、火を消したばかりだからだろう。つまり、やはりあの女が煙草を吸っていたことになる。
煙草は嫌いだ。臭いが好かない。
こんな部屋には居たくないと、フェイタンは身を翻す。が、その時。

「あれは……」

視界の端に映った、薄ぼんやりとしたオーラの塊。その正体は、本棚から一冊だけ落ちているノートだった。あの女はモノにオーラを込めることが出来る人間なのかと、一瞬だけ見えた後ろ姿を思い浮かべる。ただの子供にしか見えなかったが。

フェイタンが抱いたのは、ただの興味だ。このノートには、一体何が書かれているのか。ノートを拾い上げ、ページをめくる。
書かれているのは、小説のようだった。

爪を剥がされ、指を一本ずつ折られ、火で炙られ、電気を流され、ありとあらゆる拷問を受け生かさず殺さずの状況を保たれてなお口を割らない女と、無感情に、ただひたすら事務的にそれらを行う女の、淡々とした話だった。
何か劇的な展開があるわけでもない。それなりに本を読み慣れているフェイタンからすれば、退屈さすら感じるほどに平坦な展開。行われている拷問もありきたりで、目新しさだってない。
なのに、何故だか、ページをめくる手が止まらなかった。文字を目で追えば追うほどに、目の前で女たちのやりとりが行われているように思えてくる。拷問を受ける女の押し殺した叫びが、それを無感情に見つめる女の目が、五感全てで感じられるような気がした。

あっという間に一冊目を読み終えてしまい、二冊目はどれだろうかと本棚に目を向ける。と、そこでフェイタンは気が付いた。本棚の中にしまわれている本のほとんどが、拷問に関する歴史書や小説、漫画等であることに。この話を書くための資料だろうか。
その中に一冊、やや飛び出ているノートがあった。めくってみるも話が繋がらなかったので、三冊目以降だろうとあたりをつけ、再び二冊目を探す。凝をすればすぐに見つかり、二冊目もあっという間に読み終えた。

一冊目の時は歪だった文字が、少しずつ読みやすい字に変わってきている。これを書いただろうあの女は、文字を書くことが出来なかったのだろうか。ならば、文字を書く練習がてらにでもこれを書き始めたのか、と思案する。
二冊目の終わりは先ほど見つけたノートと繋がっていたので、三冊目も開く。しかし、三冊目は十数ページほどで途切れていた。後のページをめくってみても、全てが白紙。本棚の中にはもう、オーラを纏ったものは存在しない。

ここまでしか、書いていないのか。フェイタンは落胆する。
続きが読みたい、そう素直に思った。それと同時に、これを書いた女のことを知りたい、そう感じた。

「ミズキ……か」

机の隅に並べられていたドリルに書かれていた名前を、声に出して読んでみる。

フェイタンの嫌いな煙草を吸う女で、子供で、こんなにも興味を惹く話を書く、ミズキ。
それは一体どんな人間なのだろう。フェイタンは三冊のノートを丁寧に本棚へと戻し、女のいるだろう階下の大部屋へと、足早に向かった。


 +++


「フェイタン、さんが?」

来てるはずなんだけどね、どこ行ったんだか。そうマチが呟く。
大部屋で飲み会をしていたみんなに何かあったのかと訊けば、返ってきた答えは「フェイタンが来た」だった。どうやら次の仕事のためにか、ヒソカが帰ったときいて戻ってきたクロロが呼んだらしい。戻ってくるのはパクだけであってほしかった。
しかし、フェイタンが来たのか。だからクロロはさっきからにやにや私を見てるわけなんだな。さすがにフェイタンの前でハゲのことをクロロ呼ばわり、おっと間違えたクロロのことをハゲ呼ばわりは出来まいと。そういう顔である。うざあ。

「ミズキも飲むか?」
「タカト先輩。ありがとうございます」

はー……でも、フェイタンが来たのかあ……としみじみしていた私に、先輩がりんごジュースを手渡してくれる。ありがたく受け取って、喉を潤した。
そうこうしてる間もみんなはフェイタンどこ行ったんだろうねーなんて話していたけれど、さほど気にしている感じではない。お互いを心底心配するような関係でもないだろうし、そもそも心配がいるほど弱くもないんだし、酒の肴程度に、って感じなんだろう。

りんごジュースを大事に飲みつつ、そういえば、と周囲を眺めながらぼんやり考える。
タカト先輩は男性陣にはタメ口だけど、女性陣には敬語を使っている。パクやマチに話しかけられて、あたふたと敬語で話している先輩の姿はかわいい。
でも私は、なんでか全員にタメ口だった。最初は一応敬語を使ってた……ような……? 気もするんだけど、気付けば全員にタメ口。礼儀のなってない奴だと思われていたかもしれない。盗賊に礼儀とか説かれても……って感じだけど。
かといって今更敬語に戻すのも変だから、まあもうみんなには諦めてもらおう。そういう奴だってことにしといてほしい。
でも、そうだな。やっぱり年上は敬うべきだろうし、フェイタンには敬語で接してみよう。ちゃんと敬称もつけて。「フェイタンさん、おはようございます」みたいな。おっちょっといい女感出るんじゃない? このまま淑女コースに進める可能性もゼロじゃないかも。

「お前がミズキか?」
「ふぇっ」

なんて夢想していれば、不意に背後から声をかけられる。聞き慣れていない声だったからか、予想外にびっくりしてしまった。振り向けば、フェイタンがいる。
ほんの少し、微かにだけど、私がさっき吸っていた煙草のにおいがした。あれ、フェイタンも喫煙者? 喫煙者フェイタン地雷なんだけど。でもフィンクスがいつぞやかに、フェイは煙草嫌いだって話していたような。

「そ、そうですけど」
「……こち来るね」
「ちょっえ、えっ待っうわっ」

いきなり私の腕を掴んだフェイタンに無理矢理立ち上がらされ、そのまま大部屋の外へと引っ張られる。
先輩含めその場にいた全員に視線でヘルプを訴えてみた、けど。

「なんか見たことある絵だね」
「あいつの時とは立場逆だけどな」

そのあいつってヒソカのことです? そう思うなら尚更助けて欲しい。そんな願いも届かず、私はずりずりと引きずられていく。
まさかコルトピにまで裏切られるとは思わなかった! 泣いてないからな!

引きずって来られたのは適当な空き部屋で、屋上まで被らなくてよかったと内心安堵する。やだよ何かをまかり間違ってフェイタンまでノータッチKOしちゃうような展開は。
ていうか一体何用なのだと若干怯えていれば、ようやく私から手を離したフェイタンがこちらを向く。そんで、何を言うのかと思えば。

「先に謝ておくよ」
「な、なにをですか」
「お前の部屋、入らせてもらたね」

エッ。

「煙草くさかた」
「おっ、おう、すみません」

心ッ底嫌そうに顔を顰めるフェイタンは怖いっちゃー怖いしかわいいっちゃーかわいいんだが。え、いや待って、何で私の部屋に?
私の記憶は間違ってなくて、フェイタンが嫌煙家なのはわかったけど。……ああ、だからフェイタンから私と同じ煙草のにおいがしたのか。においがつくって結構な時間いたのでは? 何で? まさかのマジでKOフラグ?

「それで、ノート」
「ちょまっ、なああ!?」
「うるさいよ」
「えっいやだって、エッ!? の、ノート、もしかして、み、見っ……!?」
「見させてもらたよ」

崩れ落ちた。リアルに。KOフラグではなかったけど私がKOされた。もうこのまま瓦礫の一部になってしまいたい。
全力でうなだれる私を見下ろすフェイタンからは、不思議そうにしている気配を感じる。それでも、もう顔が上げられなかった。
いやだってフェイタンってほぼ本職の拷問マンじゃん!? そんな人に上っ面の知識だけでぺらぺら書いた拷問モノ小説読まれるって苦行が過ぎない!?
アレが拷問とかナメてんのか殺すぞ展開だったらどうしよう。逃げたいけど顔上げたくない。つらい。瓦礫になりたい。

「? ……面白かた」
「…………えっ?」

なんか意外すぎる言葉が聞こえた。

「続きはいつ書く? ワタシあまりここにいない。早く全部読みたいよ」

実際に聞いてみたら結構カタコトな喋り方で、でも、まくしたてるような言葉だった。ゆっくりと顔を上げれば、少し興奮してるのか、フェイタンの顔が若干紅潮している。
どきん、と心臓が跳ねた。
可愛かったからってのも、まあ勿論あるんだけど、ただただ単純に、嬉しかったからだ。自分の作ったものをここまでの表情で褒められて、嬉しくないと思う人がいるだろうか。少なくとも私は、嬉しいと思う。心底から。
初めて感想をもらった日を思い出すなあ……としみじみしつつ、うずくまったままの姿勢からちゃんと座り直す。なんとなく正座だ。つられたのか、フェイタンも私の正面に腰を下ろす。なんだかシュールな状況になってしまった。

「ミズキ、お前の書く話、気に入たね。特に拷問を受ける女が良かた。する側の女も良かたが。まさにワタシの目の前で拷問が行われているように感じた。もと読みたいね。いつ続き書く?」
「うわ、わ……あ、ありがとうございます……」

割と詳細な感想までもらってしまって完全に顔真っ赤なんだが、でも、続き、か。続きなあ。
一応話の流れは考えてるし、プロットも作り終えてるから、時間さえあれば多分書ける。四冊いくかいかないかくらいの文量だろうし。
けど、なんだかんだで私はここに居候させてもらってる身で、クロロが帰ってきた今、私にはあのハゲに課された雑用が、それもやる必要あんのかこれ? みたいな雑用が山のようにあるのだ。
というわけであんまり書く時間がないんだよね、ときれいめな言葉でフェイタンに伝える。間違ってもハゲなんて言っていない。

「ならその雑用、代わりにワタシがやてやる」
「え!? い、いやいや、そんなわけには」

さっきから意外すぎること続きだ。

「やると言たらやる。ミズキの話を気に入てしまたんだから、仕方ないよ」
「いや、でも……」

フェイタン、こんなキャラだったかなあ……。なんというか、献身的……うん献身的はなんか違うな、ともかくこんな感じのキャラではないと思うんだけど。
私の勝手なイメージで言うなら、むしろクロロからの雑用最優先! 寝る間を惜しんで書け! みたいな印象だったんだが。まさか雑用を代わりにやるって言い出してくれるとは。予想外すぎる。そしてさすがに頷けない。

「……それが嫌なら、二人でやればいいね」
「雑用を、ですか?」
「お前のことも知りたい思てたし、ちょうどいいよ」

ちょっとだけ目を細めて、フェイタンが笑う。
まあ……二人でやるならいいか……? と暫し逡巡し、結局私は頷いた。私だってフェイタンとは仲良くなりたいしね。結果オーライってやつだ、多分。




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