マチに匿ってもらうことで平和に眠れた夜の、翌朝。
シャワーを浴びていても着替えてても煙草を吸ってても、先輩たちと話してても、ヒソカがやってこない。
これもしかしてもうヒソカ帰った? 帰ってくれた?

「この世の春が来た……ッ!」
「何言ってんだ」

ガッツポーズをしながら喜びを噛み締めていたら、すかさずフィンクスにツッコミを入れられた。
だってこれヒソカ帰ったんじゃね! 平和来たくね!? と興奮しながらまくしたてるも、若干引き気味に「お、おう」と答えられるだけで張り合いがない。そんな冷たい反応しなくてもいいじゃん。フィンクスだって嬉しいでしょ。
反面、よかったね、と笑みを向けてくれるコルトピはとてつもなくかわいい。思わずなでなでしてしまう。最近になってコルトピは特に許可なく触れても怒らないことが判明したので、私は存分にコルトピの髪の毛を堪能している。
と、何かが頭に当たった。見上げてみれば、先輩の姿。

「あの変態、もういねえの?」
「みたいです!」

頭に当てられたのは、先輩が持っている紙パックのミルクティーだった。くれるそうなので、ありがたく頂く。
あーこれ飲みたくない。飲まずに永久保存してたい。先輩に初めてもらったミルクティーとして。
だって普通に元の世界で生きてたらさあ、きっと先輩に飲み物もらうことなんて一生なかったんだよ。私がスポドリ渡すくらいなら有り得たかもしれないけど。トリップバンザイ。ハンター世界に来て良かった。
やっぱり永久保存したいなあと数秒考え続けたけど、ちょうど喉渇いてたから仕方なく飲んだ。おいしい。

私とフィンクスがほとんど横並びに座り、コルトピが私の足元に座っているからか、先輩は私たちのやや上側の瓦礫に腰を下ろす。そして自分のらしいレモンティーにストローを刺し、どことなくほっとした様子でストローを咥えた。
レモンティー飲んでるだけでかっこいいとかタカト先輩って卑怯。好き。

久しぶりに心の底から目の保養が出来た気がして、私のテンションはだだ上がりだ。
やっぱどんだけヒソカがイケメンだとしても、タカト先輩……というか好きな人には敵わないよね。だって私、ヒソカにやられたことを先輩にされても、普通に照れておろおろするだけで終わるだろうし。そこんとこ別格なんですよ。
いやまあ下着漁られたらさすがに引くけど、先輩はそんなことしないし。

そんな感じで、もうなんだか数ヶ月ぶりとかなのでは? ってくらい久しぶりの平和を味わっていた、のに。
不意に嫌な予感が背筋を走って、私は空になったミルクティーを手にしたまま、ふらりと立ち上がった。なんか、ここにいない方がいい気がする。
どうしたの、とコルトピがこちらを見上げてくる。何て返せばいいものかわからず、そのまま数歩その場から離れた。嫌な予感は止まない。

「なんというか、私、ちょっと買い物にでも――」

途端、フィンクスとコルトピがその場からいきなり飛び退く。何事かと申し訳程度の警戒をしていれば、さっきまで私が座っていた場所に、ヒソカが現われた。
……こいつわざわざ上の階から飛び降りてきたの? 何してんの、演出?

「やあミズキ、昨日ぶり。ボクがいなくて寂しかったかい?」
「んなわけないだろ……」
「つれないなあ」

天国から地獄とはまさにこのことか。
しかし、このヒソカ……。

「何で、ノーメイクにスーツなの」

花束まで持ってるし。これからデートにでも行くわけ? 相手はマチかな? よくオッケーしてもらえたな。何円使ったんだ。
ていうかその格好でよくここ来れたね。フィンクスの目が点になってますよ。

「ミズキのために決まってるじゃないか」
「……はあ?」

私の問いに対する返答は、なかなか予想外のものだった。首をかしげ、昨日の私がさんざん叫んだ言葉を思い出す。
え、なに、つまりどういうこと。私が昨日、ヒソカに顔が気持ち悪いって言ったからこうなったってこと? だからヒソカはわざわざノーメイクにスーツキメてきたの? バカなの? 私を萌え殺したいの?
このクソ奇術師の察しの良さが腹立つ。ちくしょうそうですよ私はスーツ萌えですよ! ヨークシンのクロロとか最高でした! スーツとはちょっと違うけどオークション参加してる時のゴンとキルアは勿論のこと、フィンクスとフェイタンもまぶしすぎて紙面を直視できないレベルでした! スーツ大好き!! 先輩にも着て欲しい!!

じゃなくて!

「クソ……腹立つ……でもすき……」

あとで写真撮らせて欲しい……カメラないけど……とぶつぶつ心の中でぼやいていたつもりが、どうやら口に出ていたらしい。
ヒソカはにんまりと満面の笑み。対してその場にいた旅団員および先輩には、全力で頭を心配されてるような目を向けられていた。つらさがつらすぎてつらい。
でもさー! このヒソカのかっこよさはさー! 反則っていうかー!?

「じゃあ今夜、どうだい?」
「今のキメ顔がうざかったからさっきのナシで」
「酷いなあ」

ていうかやってることや表情がいつも通りだったらスーツでもあんま関係ないな、と少し経ってから気が付いた。


 +++


慣れてしまった。

ヒソカがこの仮アジトに来てから、約一週間。飽きる様子もなく毎度毎度私を追いかけてくるヒソカにはほとほと呆れるが、それも慣れてしまえばなんてことはない。
もう鬱陶しいと思うことすらなくなった。無である。せいぜい「またか……」と思うくらい。
死んだ顔のまま、でもヒソカに対してキレなくなった私を見て、マチやコルトピは随分と心配してくれた。でもなんかもう、本当に慣れてしまったのだ。
何か大切なものを失ってしまったような気はするけど、タカト先輩のいるところで毎回毎回ブチギレたくないので、良い傾向だと思うことにする。

「かといって、あんまくっつかれるとさすがに暑いんだけど」
「ボクは暑くないよ」
「私が暑いっつってんだよ」

膝を立てて座っているヒソカの足の間に、私が三角座りをしているこの体勢。ついでにヒソカの腕は私の首元に回っている。いわゆるあすなろ抱きってやつである。カップルか。
九月ももう半ばを過ぎたとはいえ、日中はまだ暑い。ここらは涼しい気候の方らしいけど、大の男にぴったりくっつかれてりゃ暑いに決まってるのだ。離れてくれ。
まあどんだけ離れろって言ったとこでヒソカが私の言うことを聞くわけがないから、諦める他ないんだが。術中にはまっている気がする。

「そういえば、今日はタカトがいないんだね」
「ん? ああ……うん」

ヒソカのこんな体勢を諦めているのは、それも理由の一つだ。先輩がいたらもっと抵抗してた。
タカト先輩は今日、フィンクスとシャルの二人と一緒に街へ出かけている。携帯だか何だかを買いに行くらしい。元の世界の携帯はとっくの昔に充電が切れてしまったので、出来れば私も誘ってほしかった。ハブられるのつらい。
やっぱり男同士の方が気が合うのか、あの三人は割と仲が良い。めちゃくちゃ羨ましい。私も先輩と仲良くしたい。

それに、先輩はフィンクスとシャルと一緒で、私はヒソカとか。はずれくじが過ぎる。コルトピとマチは仕事でいないし。

「寂しい?」
「そりゃまあね」
「ボクがいるのに」
「クソピエロとタカト先輩を一緒にすんな」

淡々と会話をしつつ、私は手元のパソコンをかたかたといじっていく。
シャルにもらったお古のパソコンだ。勉強になるかと思って全部初期化してもらい、説明書片手に自分でいろいろといじくっている。ハッキング対策だとか、なんかそういうの。
本当はシャルに教えてもらう予定だったんだけど、あれでシャルもそれなりに忙しい人だし、今日はー? 先輩とフィンクスと一緒にー? 私を置いて遊びに行ってるしいー?
そんなこんなで、どうせ他にやることもないし、と一人で始めたわけだ。まあ元々機械に強いわけでもないから、イマイチ進んでる感触もないんだが。合ってるのか間違ってるのかもわからない。説明書読むのめんどい。

これがうまいこといったらこのパソコンを使って、んで念を覚えたらそっちも駆使して、よくある小説みたいに情報屋か何でも屋みたいなことをしようと思ってたんだけど。道のりは長そうだ。
あとそういう展開になると十中八九旅団と鉢合わせるよね。内緒でやるべきかちゃんと教えておくべきかが悩みどころ。

「あー……わからん、つかれた」

舌打ちをしながら説明書を放り投げ、無意識に後ろへもたれる。あっこれイスじゃなくてヒソカだわ、とすぐに思い出して姿勢を戻せば、ヒソカの片腕が私から離れた。
何をするかと思えば、説明書を拾って端によけている。

「それは、ボクが口を出してもいいのかな?」
「……わかるの?」

もちろん、と頷かれ、少しばかり逡巡する。
わかんないことを一人でやってても進展しないし、シャルはまだしばらく帰ってこないだろう。
となると、今はヒソカに頼るのが最善手か……。わかるんなら、助けてもらって損はないはずだ。これで普通に頭良さそうだし。機械も扱えるのは正直ちょっと意外だったけど。

わかるならお願い、と一旦場所を譲り、ヒソカの隣に座り直してパソコンの画面を見つめる。
逐一説明を交えながらこの設定をするならここから、これはこっち、と操作をしていくヒソカは、確かにパソコンを扱い慣れてるようだった。マジで意外だと思いつつ、メモをとっていく。
さっきまでわからなかったとこもすらすらと理解出来ていく辺り、言葉選びも上手いんだろう。私の理解度をわかった上で、わかる範囲の言葉を使って説明してくれている。ガチで頭良い人のやつだ。引く。

ある程度の設定が終わったところで、こんなものかな、とヒソカの顔がこちらに向けられた。思いの外距離が近かったので軽く身を引き、少しスペースを空けてから座り直す。

「機械にも詳しいとか、ほんと意外だったわ」
「奇術師に不可能はないからね」
「へいへい」

自分の側へ向けたパソコンをネットに繋げ、適当なページを暇潰しに眺めながらぽつりと呟く。

「まあ、ありがと。助かった」

瞬間、また私の背後に戻っていたヒソカに、ぎゅうときつく抱きしめられる。ぐえっ苦しい。そこ頸動脈です。殺す気か。

「お礼を言うだけで耳を真っ赤にするなんて、ミズキはかわいいねえ」
「うっせえ首締まってるんだよ離せ。あとさっきのはやっぱなし、忘れろ」
「やだよ」

子供か。そんな言い方しても可愛くないぞ。




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