拾いもの7 [8/10] ……やっぱり、と無意識に唇が動いた。 音には出さず、吐息だけを漏らす。 貞ちゃんは淡々と、あっけらかんとした様子で、語り始めた。どういう流れで燭台切を食べたのか。その後、他の刀剣男士たちも折り、食べていったこと。ついでに式神も食べたこと。 あの夢は、本当に夢でしかなかったのだな、と思う。きっかけとなりはしたけれど、私が私のまま本丸にいた時点で、あの夢はおかしかったのだ。 ともあれ、貞ちゃんが刀剣男士を食べた、という点においては、私の想像通りだった。だからこそ貞ちゃんは様々な刀剣男士と似通い、燭台切の気配を色濃く持っていた。燭台切の気配が一番濃かったのは、おそらく提案者が燭台切だったからだろう。元の縁も影響しているかもしれない。 私が閲覧した資料には、刀剣男士による刀剣破壊、なんて文言は記されていなかった。当然、刀剣男士が刀剣男士を捕食した、なんて言葉も。 政府がその事実を掴んでいないとは思えない。きっとそれらの情報を見るには、もっと上の権限が必要だったんだろう。そう考えれば、納得する。 この本丸が、廃棄指定となった理由も。 「錬結はさ、魂抜きした刀を食わせるような感じだろ? 俺がやったのは、魂ごと喰うようなもんだ。そうしたから、この数年間ギリギリ顕現を保てる程度の霊力を得られた。全員の神気が混ざったから、政府の奴は神気が乱れてるって言ったんだろうな。いやあ、相性が悪かったのか知らねえけど、何割かが馴染まねえのなんの」 けらけらと笑ってみせる貞ちゃんに、そっと目を伏せる。 仲間を折ってでも、主に会いたかった。その想いを、私は喜ぶべきなのかもしれない。そこまで私を、会ったこともない主を、想ってくれてたんだ。主冥利に尽きるだろう。 それでも、馴染まない神気があるということは、現状をよしとしない刀剣男士もいたってことだ。その刀剣男士はこんな形ではなく、己のまま私との出会いを願っていたかもしれない。 推測どころか憶測でしかない、ほとんど妄想みたいなものだ。だとしても私には、それを無視することが出来なかった。貞ちゃんが食べた他の刀剣男士たちだって、私の刀剣男士なのだから。 「……主、怒ってる?」 「そうですね、少しだけ」 どこか弱々しさを見せる貞ちゃんの瞳を、見据える。 「原因の一端は私も担っている以上強くは言えませんし、貞ちゃんの考えや状況なんかもある程度はわかっているつもりです。それでもあなたの本心が何であれ、後悔していようとしていまいと、私の刀剣男士を折ったことに関しては追々反省してもらいます。貞ちゃんと出会えたことはとても嬉しいけど、その過程を見過ごすことは出来ません」 「そ……っか。……そうだよな。ん、わかった」 神妙な顔で頷き、徐に貞ちゃんが立ち上がる。そうして私たちに背を向け、執務室の中に入った。文机と座布団しかない、殺風景な部屋をぐるりと見渡す。 その背中がひどく小さなものに思えて、数秒眺めてから目を逸らした。 ともあれ、事情は理解した。 この世界との辻褄を合わせるのなら、貞ちゃんは五十振ほどの刀剣男士を食べたはずだ。自ら折れた子たちは本霊に還っているはずだから、実際はもうちょっと少ないだろうけど。 約五十振分の神気と混ざり、己に溶け込ませた刀剣男士。髭切の危惧、膝丸の警戒は、妥当なものだった。年月によってある程度馴染んだ結果、政府による検査では「神気の乱れ」程度にしか見えなかったものだとしても、その歪みは一つ何かを掛け違えれば、それこそ髭切の言う通り災いを呼びかねないだろう。 たった一振でさえ、人の子一人を隠せる存在。四〜五十振も揃えば、二人の人間に時代を、世界の軸を超えさせることすら可能とする。そんな刀剣男士の力を、五十振分、一つの身体に持っているようなものなのだ。 私に、その手綱を正しく握れるとは思えない。 それでも、と僅かの打算が浮かぶ。それだけの神気を持っていれば、通常の刀剣男士よりも能力値は高くなっているはず。審神者ではない私は、私だけが持つ戦力、というものが少ない。それに、膝丸と髭切のことは信用も信頼もしているけれど……本契約を成し、善意以外の糸で繋がっている刀剣男士が居るというのは、良いことのはずだ。 その打算がなくたって、私は貞ちゃんを手放す、なんて選択肢を持ち得ていない。 私の本丸にいた刀剣男士、最後に残った唯一無二。どれだけ歪みを抱えていようと、その存在が手に余るものだろうと、太鼓鐘貞宗の存在は、私の過去を証明してくれる。 それをどうして、手放せるのか。 「ともかく、帰りましょう。事情はわかったし、神気がある程度でも馴染んでいる以上、これは払拭しようがない。そうですよね、膝丸、髭切」 「ん? うーん……そうだね。理由がわかれば、僕は充分だよ。主に害意もなさそうだし。災いになるようなら、その時に斬ればいいんだしね」 「……太鼓鐘貞宗」 思いの外あっさりと頷いた髭切に対し、膝丸は拒絶の態度を露わにしながら、貞ちゃんを見据える。 背を向けたままだった貞ちゃんが、半身だけ振り返った。やや睨むようにも見える視線で、こちらも膝丸を射抜いている。 「貴様は主を守るためだけに存在しているのか。それを誓えぬのなら、俺は認めるわけにいかん」 「……、」 言おうとした言葉を、飲み込むような間だった。 「誓えるさ。俺は俺が喰った全員の分、主を守る。そのためだけに、今まで生き延びたんだ」 一瞬だけ貞ちゃんに視線を投げ、すぐさま戻す。 嘘は言っていないけど、本当のことは隠してる。そんな印象を抱いた。厳密に言えば「そのためだけに」のところ。貞ちゃんには何か、まだ言っていない思惑があるらしい。 でも正〜直、いい加減眠かった。昨日から一睡もしないまま、ずっと真剣な感じでいたのだ。なんらかの思惑があるにせよ、まずは帰って一回眠らせてほしい。アラサーに完徹はキツい。 一応は貞ちゃんの宣誓に納得したらしく、膝丸も渋々頷いた。そんなら話はいったん終わりだと立ち上がる。本丸に帰って、寝て、細かいとこは追々詰めていこう。 割と投げやりになってきた自覚はあるが、そもそもがこういう人間だ。自分の刀剣男士に会えた。嬉しい。それで充分じゃないか。膝丸と髭切が心配してくれている。それはとてもありがたいことじゃないか。それで終了出来ればいいのに。 「帰ったら少し仮眠します。その後貞ちゃんの引き取り申請出して――」 「なあ主、ちょっと」 ほらほら帰るぞ、と膝丸と髭切を追いやっていたところで、執務室の中にいたまんまだった貞ちゃんに手招かれる。 薄ぼんやりとした思考回路で、疑問符を滲ませながら踵を返した。開け放されている執務室の扉。そこへと一歩一歩、近付いていく。 「どうしたんですか、貞ちゃん」 「こっち」 「ッ待て! 行くな、主!」 「え? なに、」 振り向くよりも早く、足が、境界線を越えていた。 * 景色が一変し、私の眠気もどっかに飛んでいく。 日は陰っていたものの明るかった空は、厚い雲に覆われた夜空となり。そこかしこに置かれている灯籠や燭台によって、うすぼんやりと辺りが照らされている。 まるで結界をはるかのように規則正しく置かれた燭台によって、他よりも一等明るくなっている執務室の中。私の手を引く貞ちゃんが、してやったりとばかりに笑っていた。 唖然、あるいは呆然。手は繋がれたまま、辺りを見渡す。膝丸と髭切の姿は、ない。 代わりに、というのもなんだが、執務室内にはさっきまで無かったものが現われていた。床を埋め尽くすように並ぶのは、五十振近くの刀剣。一振の打刀と、一振の短刀とが、白い紙で折られた子供のような人形に、寄り添っている。 「……貞ちゃん、」 「唐突で、悪ぃな。ここは俺の神域……みたいなとこだ。あの本丸の裏っ側と捉えてくれてもいいし、俺の内側と捉えてくれてもいい」 「場所を訊いたわけでは……いや場所も気にはなったけども」 あいている方の手で額を押さえ、小さなため息を吐く。 せっかく髭切も膝丸も、貞ちゃんを認めようとしてくれてたのに。これできっとふりだしどころか、プラマイマイナスだ。果たして私があの二人を止められるだろうか。 そう頭を悩ませつつも、今すぐに二人を呼ぶつもりはなかった。貞ちゃんに悪意はないし、恐らくこれが……貞ちゃんの思惑なんだろう。思惑の一つ、というべきかもしれないけど。 私に何か、させたいことがあった。だからここに連れてきた。 こんな状況にまでなって、まどろっこしいことはしたくない。繋がれた手に目をやり、ゆっくりと辿るように、貞ちゃんの顔を見やる。 「私は、何をすれば?」 「……」 そうっと離れた貞ちゃんの手が、執務室に置かれていた燭台へと伸びる。手の動きに合わせて、ろうそくの火がゆらゆらと揺れていた。 何かを言いあぐねている様子だったが、決心がついたらしい。一つ、小さく頷いて、私のその燭台を差し出してきた。 「主には、ここを、この本丸を、燃やしてほしいんだ」 言葉を失い、肩を竦める。 「随分とまた、ハードなお願いですね……」 私の言葉に苦笑のようなものを浮かべ、けれど貞ちゃんは差し出した燭台をおろさない。私が受け取るまで、そのままでいるつもりなんだろう。 けれどいきなり本丸を燃やしてくれと言われて、はいわかりました、と頷けるほど私のメンタルは鋼じゃないし、非常識なものでもない。それに、貞ちゃんの言う「燃やしてほしい」は本丸そのものだけでなく、執務室の中に置かれている刀剣たちも含まれている。……というか、そちらがメインなのだろう。貞ちゃんが燃やしたいのは、刀たちだ。 差し出されている燭台を受け取らず、貞ちゃんも通り過ぎて、刀たちを端から眺めていく。数年間実物を目の当たりにしていたからか、どれがどの刀剣なのかは、存外すぐにわかった。あれはあの子で、あれは誰々で、となんとなく確認していき――気が付く。 燭台切光忠だけが、いなかった。 貞ちゃんを見やるが、相変わらず燭台を差し出しているだけで、何も言わない。その点に関してだけは、何も言う気はないようだ。 視線を戻し、折れた子たちの破片をぼんやりと眺めながら、問いかける。 「ここが貞ちゃんの内側であるのなら、この子たちは貞ちゃんと混じり合った神気の残滓、ってところでしょうか。何故、それを燃やそうと? 理由くらいは、訊いてもいいですよね」 「――そいつらは、俺のわがままに付き合わせちゃっただけだから」 苦笑を滲ませながらの言葉は、続く。 貞ちゃんが折り、食べたことで、眠っただけの刀剣男士は、貞ちゃんに吸収された。刀剣破壊でも、刀解でもない。刀剣男士たちの魂は貞ちゃんに取り込まれ、もうどこにも行けはしない。貞ちゃんが折れるか、刀解されるかでもしない限り。 けれどここでこの残滓を燃やしてしまえば、あるいは本霊に還せるかもしれない、らしい。ここにいる刀剣男士たちの、太鼓鐘貞宗の主である私の手で燃やしたのなら、それは刀解と同じ意味を持つかもしれない。 確証があるわけではない。貞ちゃんが勝手に、多分そうなるだろうな、と思っているだけだ。 それでも、もう、そこにいる刀剣男士たちの役目は終わったから。本霊に還せるのなら、還してやりたい。これ以上は、俺のわがままに付き合わせたくない。こんな状態で居続けるより、本霊に還って、いつかまた、他の審神者に呼ばれた方が幸せに決まってるのだから。 と、まあそういうことだった。 お焚きあげ……のようなもんだろうか。そう考えると納得はするが、やはり差し出されている燭台を受け取る気にはならない。 この刀たちの中には、燃やされたことのある子たちもいる。そんな子たちを、こんな強引な方法で本霊に還して、それが本当に幸せなのか。トラウマスイッチ押しちゃうんじゃなかろうか。 そもそも、この形を持った残滓に、意思があるのかは知りようがないんだが。 「敢えて訊きますけど、ここに燭台切がいないのは何でですか?」 返ってきたのは、無言のみだった。言いたくはない、けれどどうせバレるだろうから嘘も吐きたくない。だから黙する。 本当に私の刀剣男士だよ君は。そういうとこは似なくていいんだけど。 再び、ため息を一つ。 ぐるりと刀剣たちを見渡して、一振だけを手にとってみた。私の初期刀。唯一、私自身が選択した刀。 このままだと燃やされちゃいそうですけど、いいの? なんて、胸の内で問いかけてくる。当然、返事なんてありはしない。 供養も、葬式も、復讐も、それらは全部、生きている側が納得するための行為だ。この刀剣たちを燃やす行為は、火葬とも受け取れる。 貞ちゃんのわがままとやらに終止符を打つための、火葬。私に、私が育てた貞ちゃん以外の刀剣男士には会えないのだと、納得させるための火葬。 貞ちゃんの手の中で揺れる火は、私の気持ちのようだった。ゆらゆらと揺れるばかりで、一方向だけには向かえない。 数分か、十数分か。黙り込んでいた私は、徐に燭台を受け取った。 「あなたが、本当に良いのなら」 「……ああ、ド派手にやっちゃってくれ」 「ド派手に……は、難しいですけど」 燭台を手に、刀剣たちへと振り返る。貞ちゃんの中に残った最期の一欠片だとしても、私の刀剣男士に変わりはない。 それを、まさかこんな、こんにちは! 死ね! みたいな感じで燃やす羽目になるとは。鶴丸ですらそんな驚きはいらないとそっと首を振るレベルだろう。会ったこともない、きっと会いたかったと思ってくれてただろう主にいきなり燃やされるなんて。可哀相すぎる。 だとしても、もう折れてしまった子たちと、今ここで生きている貞ちゃんとなら、私は貞ちゃんを取る。 何かを切り捨てられない人は、何をも守れないんだ。私はたった一振のために、五十振近くの刀剣男士を切り捨てる。 「こんな状況でも、会えてよかった。ごめんなさい、みんな。ばいばい」 山姥切をそっと式神の元に置き、燭台も放る。白い紙で折られていた式神はあっという間に灰へと変わって、小さな火は大きな炎になっていった。 燃料もないのに、と心の隅で思いつつ、本丸の外へと向かう貞ちゃんの手に引かれる。 嘆く声も、恨みがましい声も、聞こえなかった。当然、お礼を言う声なんかが聞こえるはずもない。私の耳に届くのは、炎が広がっていく音だけ。本丸が燃えさかり、崩れ落ちていく音だけだ。 数分も経たずに火の海となった本丸を、貞ちゃんと二人、正門の側で見つめる。目が、顔が、全身が炎に照らされて、じりじりと焦げつくようだった。 「本当に、これでよかったんですか、貞ちゃん」 燃やすことを選んだのは私だ。実際に手を下したのも私。そんな立場で訊くのもどうかとは思ったが、訊かずにはいられなかった。 貞ちゃんは泣きも笑いもしなかった。燃やしてほしいと言ったのは貞ちゃんなのに、満足げな表情すら浮かべない。 金色の瞳に、揺らめく炎が映っている。ゆらゆらと震える瞳は、まるでそれ自体が燃えているようだった。誰かの瞳に似ていた。 握られていたままの手に、そっと力がこもる。熱い手のひらだった。頼りない力だった。それが無性に悲しくて、私は出せる限りの力で、貞ちゃんの手をぎゅうと握りしめる。 貞ちゃんはこっちを見ない。ただじっと、燃えゆく本丸を見つめている。誰も居ない、火のはじける音や、木が崩れていく音しか聞こえない、静かな、昏く明るい本丸を。 「みっちゃんも、喜んでるよ」 その言葉が私の問いへの返答だと気が付くには、数秒の時間がかかった。 きっと喜んでる、でもなく、喜んでると思う、でもない。断定系の言葉。私には聞こえない声を、代弁するかのような言葉。 「これでみんな、きっと、最初に戻れる。もう俺らのわがままに振り回されなんかしない。普通の本丸で、普通の刀剣男士として、最初から始められるんだ。あいつらもきっと、喜んでるさ」 みんなに関しては、憶測の言葉なのか。 ちらと貞ちゃんの背後を見やる。もちろんそこには誰の姿もなく、ここにいるのは私と貞ちゃんだけだ。 繋がれたままの手に力がこもるのを感じ、貞ちゃんへ視線を戻す。貞ちゃんもこちらを見つめていた。一瞬だけ私の背後を見やり、すぐに私へと戻す。 ぎゅ、と手のひらに再び力がこもった。私も強く握り返し、ちょっとだけ笑う。うまく笑えた自信はなかったけれど、貞ちゃんも笑い返してくれたから、きっと笑えてたんだと思う。 貞ちゃんからずっと感じていた異質な気配は、随分と薄れていた。やはりあれは、様々な刀剣男士の神気が混ざっていたからだったんだなと納得する。 薄まるだけで無くなりはしないのは、まだきっと、残っているから。わかってはいるけれど、貞ちゃんが黙するのなら、私も黙ろう。心を持って生きているのだ。隠し事の一つや二つ、持っていてもおかしくない。 「私にさせたいことは、終わりましたか」 「――うん。ありがとな、主。俺を選んでくれて。……俺を、見つけてくれて」 「こちらこそ。私を探し続けてくれて、ありがとう、貞ちゃん」 多少なりとも、歪んでいる自覚はあった。 本丸の中で火に包まれているのは、私の刀剣男士。もしかしたら、その術を探そうとすれば、あの子たちにも会える手段はあったかもしれない。話をするくらいなら、出来たかもしれない。声を聞くだけでも、可能性はあったかもしれないんだ。 そんな可能性に全部目を瞑って、私は貞ちゃんだけを選んだ。形を持ち、人の姿を得ているこの子だけを、私の刀として選択した。 もしかしたらよりも確実な、私の過去の、証明者として。 どう考えても、歪んでいる。霊力を失い、姿を失い、仲間に折られ、喰われて、終いには最期の残滓すら主に燃やされた。あの子たちには、なんの罪もないのに。 なるほど確かに、私はこの子の主なのだ。 自分の目的のためだけに仲間を折って、喰って、格好を気にするこの子らしからぬ姿で生きてきた刀剣男士。歪んでしまった太鼓鐘貞宗の主なのだから、私が歪んでいるのも道理なのかもしれない。 「さてと、んじゃ帰るか。あんま長引かせちゃあ、あの二人がうるさそうだ。仮契約に折られるつもりはねえけどな」 「その仮契約云々、もう本人を前に言わないでくださいよ?」 「言わねえよ。だからさっきも黙ったじゃんか」 「ああ……膝丸と話してた時……」 燃えさかる本丸に背を向けて、なんとなく、思う。 異質な気配は薄れた。けれどこの子はもう、本質から逸れてしまっている。膝丸も髭切も、こんな神隠しまがいのことをした貞ちゃんを、そう簡単に許しはしないだろう。折るか刀解するか、どっちかを選べと言われる気がする。 でも、そのどちらかを仮に選んだとして、この太鼓鐘貞宗は本霊には還れないだろうな、と。 なんとなく、そう、思った。 |