拾いもの6 [7/10]


ほんとは少しだけ、もしかしたら懐かしさだとか、納得感だとか、そういうのを抱くんじゃないかなと思っていた。来るのは初めてだけど、わかる、ここが私の本丸だ、みたいな。
でも実際はそんなことなく、この本丸に来て私が感じたのは、空気の重さだけだった。あと、へえ〜ここが私の本丸だったのか、みたいな気持ち。理解だけはした、的な。

彼には内緒で来たけど、当然ゲートを使用することになるので、政府には話を通した。と言っても件の研究員にちょっとばかし無理なお願いをしただけだが。
「かくかくしかじかというわけであの本丸に行かせてください」「いやさすがに私の分を超えてます」「そこをなんとか」「なんとか出来る範囲じゃないですよ」としばらくの押し問答を続け、結局は折れてくれたのだからあの人は良い人だ。対価としていろいろ要求はされたし、「何か起きたとしても自己責任ですよ」と念を押されたし、万一のためにと霊力の半分くらいを持っていかれたけど。
――それくらい、廃棄本丸に入る、というのは難しいことだった。私は運が良かっただけ。もしくは、これも縁なのかもしれない。

一度だけ足を踏み入れたことのある、瑕疵本丸ほどではない。それでもここは随分と空気が重く、日も陰っていた。どんよりしている……というよりは、神社なんかの空気を数段重くさせた感じ。冷たく、何者をも拒絶するような雰囲気。
そんな本丸の地を、貞ちゃんは慣れたように、懐かしみながらずんずんと歩いていく。

「あの時からなんも変わってねえなあ。当然か、廃棄されたんだから。掃除はされたみたいだけど、時間が経ってるからか……――へくしっ! 埃は、たまってるな」
「ちょ、あの、貞ちゃん」
「主もついてこいよ。見たいだろ? 自分の本丸」
「……それは、」

そうだけども……。
興味がない、と言ったら嘘になる。私の刀剣男士たち――この世界と辻褄を合わせるのなら、ゲームにいてもここにはいない刀剣男士もいたはずだが――が住んでいた本丸だ。今はもう廃墟だとしても、なけなしの感傷程度には浸りたい。
どういう生活をしていたのかは、貞ちゃんに聞いた。それを目で確認したい。その気持ちはある、けど。

ちらと、私を守るように立つ二人に顔を向ける。膝丸は刀に手を添えたまま周囲を見渡していて、髭切は自然体で私を見下ろしていた。視線に気が付いた膝丸も、私へと視線を落とす。

「話を聞きながら、見て回ればいいんじゃないかなあ」
「そうだな、兄者の言う通りだ。主に危険が及ぶようであれば、俺たちが排除する」
「まあ、なんにもないだろうけどね。ここ、君の本丸だったんだろう? 空気は重たいけれど……主を歓迎しているみたいだ」

髭切の言葉に、本丸へ身体ごと向き直る。
歓迎されている……とは、私にはいまいち思えなかった。建物、というかその場の空気そのものには、機微を感じ取る能力は発揮されないらしい。まああれ刀剣男士にしか発揮されないしな。
ともあれ、膝丸も髭切も同意見なのならば、そういうもんなんだろう。それならと数歩先にいる貞ちゃんへ駆け寄る。

「案内とお話、お願いしますね」
「ああ。……任せて」

度々感じる、貞ちゃんらしくない表情。手を引かれるまま本丸に足を踏み入れ、汚れてるからと土足のままあがった廊下を進んでいるところで――気が付いた。
貞ちゃんの口調、表情。その辺りに、どの刀剣男士よりも色濃く、燭台切の気配が見て取れる、と。


 *


「何でか知んねーけど、一番最後に残ったのは、俺とみっちゃんだったんだ。手入れを受けたばっかだったからかとも思ったけど、一緒に手入れを受けた前田なんかは最初の方に眠っちゃったしなあ。まあともかく、俺とみっちゃんが最後になって――、あ、そこ山姥切の部屋な。離れの執務室に一番近いんだ」

指し示しながら貞ちゃんが開け放った部屋は、埃こそ被っているものの、綺麗に整頓されていた。
一緒くたにお願いしたのはこっちだけど、案内と話はやっぱり別々に受けるべきだった。感傷に浸ればいいのか、貞ちゃんの話に集中すればいいのか、気持ちの置き場がどうにもわからない。

ともかく「お邪魔します」と一言告げ、私の初期刀、山姥切国広の部屋に一歩入る。土足で踏み荒らすのは気が引けたので、それ以上は歩を進めなかった。
その場でくるりと見回し、政府が入った割にはそのままにされている、んだろうなと感じる。元の部屋を知らないからなんとも言えないが。
かつては花が飾られていたんだろう花瓶だとか、私にはよくわからない絵柄で描かれた……多分……小鳥……? の絵だとか、机に置かれている謎のアロマキャンドルだとか、整頓されている割には趣味が雑多な部屋だ。歌仙が見たら卒倒するんじゃなかろうか。でもちょっと私の部屋に似ている。

「アロマキャンドルも一時期ハマってたなあ……」

思わずしみじみ呟いてしまえば、びくりと大袈裟に貞ちゃんが反応した。「本当か!?」と食い気味に迫られ、えっこれそんな過剰反応するところ? と思いつつ、頷く。
口をぱくぱくとさせる貞ちゃんは、すぐにでも言葉を返したいのに、言葉が出てこないみたいだった。若干おろつきながら、貞ちゃんの名前を呼ぶ。がしっ! と勢いよく、両手を握られた。

「このっ、この本丸でも、いつだったかにあれが流行って、普段は香を焚いてた奴らもみんなアロマオイル集めてて、でも誰も何でこれが気になったのかはわかんなかったんだ。それで、きっと主の影響だって笑ってて、でも、それが、本当だったんだな……! 俺たちはやっぱり、本当に、主の刀だったんだ! 昔から、ずっと!」
「え、お、おう……?」

山姥切も喜んでるぜ、あいつがいっちばんアロマにハマってたからなあ! と。朗らかすぎる貞ちゃんの言葉に、けれど私はやや顔を引き攣らせる。
喜んでる、のか。現在進行形で。きっと、でも、どこかで、でもなく。……邪推だといいんだけど。

一通り山姥切の部屋を眺め終えてから、再び本丸内部を移動する。
本筋を忘れた様子の貞ちゃんは、しばらく本丸内で流行った物事について語っていた。アレが流行って、次はコレで、と語ってくれる内容は、全て私がハマったことのあるものだ。霊力ってそこまで伝えちゃうんだろうか。どうしよう、貞ちゃんが言わないだけで私の刀剣男士みんなガチオタだったら。
俺、これが気になるんだ……! っていきなり薄い本持ち出してくる刀剣男士とかちょっと嫌だ。とても今更だし、なんかこういう想像すんのも申し訳なさがあるけれど。

母屋の方を一周し、渡り廊下を進んで離れへと入る。基本的な本丸の作りは、やはりどこも一緒のようだ。細かい間取りや必須でない部屋等に関しては、各本丸ごとに違うみたいだが。
この本丸の離れは、慣れ親しんだ彼の本丸と比べれば、こぢんまりとしていた。執務室と応接間、簡易キッチンの三部屋だけの一階建てである。
そりゃ住んでるのが式神だけなら自室もお風呂もいらないわな、と一人納得し、執務室の前で立ち止まる。
ここが、一番空気が重かった。

「開けるぜ」
「……はい」

そうっと、今にも壊れそうなものを扱うように、貞ちゃんは障子を開く。
同時にふわりと香ったのは、桜のような匂い。厳密な桜の匂いを嗅いだ記憶はないけれど、なんとなく桜っぽいな、と思った。空気の重さの割には軽やかな香りだ。

執務室は、どの部屋よりもがらんどうだった。文机が一つと、座布団が一つ。あるのはたったそれだけで、棚だとか飾りだとか、そういうものは一切ない。
式神の部屋と考えるならこんなものかと思ったんだが、貞ちゃんには予想外だったようだ。あれ、と乾いた声が震えている。

「……政府の奴らか」

そうしてぽつりと呟いた声があまりにも重かったから、思わずその手を引いた。一転、きょとんとした顔が私へと向く。

「何か、変わっているところが?」
「――ここには、俺以外の全員が置かれてたんだ。まあそれは片付けられてるだろうと思ってたけど……みんなが主――式神の主に贈ってた、花とか、栞とか、そういうのも全部なくなってたからさ。ちょっと、驚いた」
「……刀剣男士が贈る物には、他よりも気持ちがこもりやすいですから……念のため回収したのかもしれませんね」
「残ってると思ってたから、綺麗にして、主にあげようと思ってたのに」

数秒貞ちゃんの表情を見つめてから、口を開く。
もしかしたら希望を持たせるだけかもしれないけど、みんなの気持ちがこもった贈り物なら、私だって欲しい。せめて見るだけでも、許されたい。

「廃棄や封印指定となった本丸の物は、どこかの部署が保管していると聞いたことがあります。お祓いなり何なりして廃棄する場合の方が多いそうですが。もしかしたら一つくらいは残ってるかもしれません、後で政府に訊いてみましょう」
「だったら……折り紙が残ってたらいいな。全員で折ったんだ。式神の主が飛ばしてた、蝶々と小鳥の式神を、折り紙で。こんなでっかいの。残ってたら、主の部屋に飾ってくれる?」
「政府が持ち出しの許可を出せば、になりますが。喜んで」

やったあ! と声を上げる様は、やはり太鼓鐘貞宗らしくない。
でも今はその違和感を意識の端に追いやって、執務室に踏み込んだ。土足で失礼。回り回って一応は私の部屋だ、許して欲しい。
踏み込んだものの、先に言った通り、見るものはほとんどなかった。埃を被った文机も、座布団も、どこにでもあるようなものだ。最初に感じた桜の香りは、何だったのだろう。
山姥切や他の刀剣男士たちの部屋に置かれていたアロマキャンドルがここにもあるのかと思ったが、当然見当たらない。中に入ってしまえば、埃と畳のにおいしかしなかった。
それともあれが髭切の言う、歓迎している、なんだろうか。桜といえば、刀剣男士の誉桜が思い浮かぶし。

「中は埃っぽいから、続きは外で話そっか」
「……そうですね」

適当に探してきたタオル――も、汚れていたが――で縁側を拭き、私と貞ちゃんが横並びで座る。髭切は私の反対隣に座り、膝丸は私と貞ちゃんの中間、正面辺りに立った。
足をぶらぶらと揺らしながら、貞ちゃんは空を仰ぐ。

「やっぱこういうのは、結論から話すべきだよな」

一旦顔を伏せ、そうして、下から覗き込むように私を見やった。
どことなく挑発的な表情。挑戦的、と言うべきかもしれない。口角は歪に上がっているけれど、目線はまるで睨めつけるかのようだ。
空気が張り詰めた気がした。その表情に怯えを抱きつつ、けれど、目は逸らさない。

言われようとしていることは、もう、ほとんどわかっている。確信がなかっただけで。理解したくなかっただけで。気のせいだと、私の勘違いだと、思いたかっただけで。
こんな風にわかってしまうのなら、刀剣男士の考えをなんとなくでも察せるような、その機微を悟れるような力なんて、欲しくはなかった。
にっこり、笑みを象ったままの口元が、開かれる。

「俺さ、みっちゃんを喰ったんだ」

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