拾いもの5 [6/10]


貞ちゃんと会った今剣と燭台切が拒否反応を見せなかったのは、正直なところ意外だった。
彼の本丸にはまだいない、太鼓鐘貞宗。燭台切が喜ぶのはまあわからなくもないけど、今剣まで数分で仲良く話し込んでいる。意外、もしくは予想外。それくらいの言葉しか出てこない現状に、髭切もつい唖然としている。
今剣と燭台切が貞ちゃんを囲んでいる間、彼は私と髭切の元に寄ってきていた。

「あいつらの様子見る限り大丈夫そうだけど……太鼓鐘ってあんなだったか? なんか、演練で見たのと雰囲気が違うような……」

私が感じている違和感を、彼も抱いたらしい。曖昧に頷きながら、軽く目を伏せる。

閲覧した資料でわかったことと、貞ちゃん自身から聞いた話に差異はない。式神からの霊力供給が途絶えた、刀剣男士たちは刀に戻った、唯一刀に戻らなかった貞ちゃんだけがゲートを操作し、本丸を抜け出した。霊力供給が途絶えた時期と、私がこの世界に来た時期も一致している。そして貞ちゃんが本丸を去った後に調査が入り、かの本丸は廃棄となった。
何もおかしなところはない、と思う。それでもひっかかる。私は何か、重要なことを知り得ていないのではないか。
だって、刀剣男士たちが眠ってしまっただけの本丸だ。何故廃棄にする必要がある? 自ら折れた刀剣男士がいるにしても、刀剣男士たちは回収して、本丸は再利用すればいい話のはずだ。
実際、私と彼が住んでいる本丸だって、彼のため新規に作られたものじゃない。元々あったものを改装しただけだ。使えるものを使わないでいる、なんてことを、政府がするとは思えない。
つまり、貞ちゃんのいた本丸には何か、再利用できない理由があったはずなんだ。政府の資料にも記されていなかったこと、貞ちゃんが私たちに隠していることが。

一通り話し終えて満足したのか、ひょこっ、と今剣が戻ってくる。彼の手を取って笑う今剣は、どこか興奮しているように思えた。嬉しそう、というか、思わぬ喜びがあった時、みたいな。
どうしたんだ? と彼もつられたように微笑む。ぴょんこぴょんこと跳ねる今剣の声音も、身体と同じく跳ねていた。

「あのこ、とってもふしぎです! わらったときのふんいきが、岩融にそっくりなんですよ! でも燭台切は、わらうときのめのふせかたが鶴丸にそっくりだといってました。かんがえごとをしているようなときは、すこし鯰尾ににてますね。なぜでしょう。いろんな刀剣男士をあいてにしているみたいで、おはなしするのがとってもたのしいです!」
「へえ? そうなんだ。よく気付くなあ。ああでも言われてみりゃ、歩き方が大倶利伽羅とそっくりだった。同郷だからかと思ってたけど」
「すわるときのしぐさは小夜とそっくりです!」
「立てば貞宗、座れば小夜、歩く姿は大倶利伽羅か……」
「あんまりうまくないですね」

今剣と彼は朗らかに話している。
なのに、私は何故だか、ぞっとしていた。背筋を嫌な汗が伝う。体温が一気に下がった気がする。
……本当に、よく気が付く。私が違和感として捉えなかったものを、今剣と燭台切は正確すぎるほどに見抜いていた。そうだ、言われてみればよくわかる。

基本的な喋り方や佇まいは、太鼓鐘貞宗に相違ない。
でも、仕草や言動の端々が、他の刀剣男士とそっくり同じなのだ。笑うときの目、口端の動き、表情の作り方、歩く時の手の振り具合、歩幅、姿勢。伊達組としてくくられる面子だけじゃなく、全ての刀剣男士に似通ったところがある。ちろりと歯を見せて笑う口元は、髭切とよく似ている。
それらの仕草全てが、あくまで自然なものである事実が、私にとってはまた背筋を震わせる理由となった。真似をしているんじゃない。貞ちゃんはあくまでも、自然体なのだ。

「貞ちゃんの練度なら、補佐さんの護衛役としても十二分だよね。僕たちにとっても、戦力が増えるのはいいことだと思う。僕は賛成だよ、主」
「ぼくもさんせいです。はやくつれかえって、みんなにもあわせてあげましょう!」

髭切がああまで危惧していたのに、今剣と燭台切がこうもあっさり貞ちゃんを受け入れていることも、どこか恐ろしかった。
状況は良い方向に進んでいるはず。私は貞ちゃんと一緒にいたいのだから、それは本心に違いないのだから、これでいいはずなのに。何故か、冷や汗が止まらない。
あれは、もしかしたら、私の手に負えない何か、なんじゃ。

「――主」

んじゃ帰るか、と彼らが第二会議室を出たところで、貞ちゃんが私の裾をつまむ。
ゆるゆると視線を下げる。ほとんど同じ高さの目線。まばゆいはずの金色は、沈みかけの夕日を彷彿とさせた。

「俺は、主の刀だぜ」
「……わかってますよ、貞ちゃん」

だからこそ、この違和感を、懸念を、危惧を払拭させなければならない。

「あなたは、私の刀です」


 *


場所は本丸に移る。彼の刀剣男士たちに顔見せをした後、私は貞ちゃんを連れて自室まで戻っていた。傍らには髭切と、膝丸の姿。
膝丸は案の定、不機嫌度マックス! って感じの顔を見せたけれど、髭切の仲裁で今は沈黙を貫いている。それでも刀からは手を離さない辺り、警戒レベルは髭切よりも遙かに上だろう。いろいろあったおかげで、膝丸は私に対して随分と過保護だ。

「あまり長引かせたくはありませんし、上手く誤魔化して誘導するような語彙も私は持っていないので、単刀直入に訊きます。貞ちゃん、あなたの隠し事を教えてください。それを知らなければ、私の護衛役を納得させることが出来ません」

背後に膝丸と髭切。正面に貞ちゃん。まさかこんな形で、己の刀剣男士と向き合うことになるとは思ってもみなかった。しみじみ、縁とやらの気味悪さを実感する。
私の問いに対して、貞ちゃんは沈黙していた。言葉を探す間……のようにも見えるし、誰かに相談をしているようにも見える。前者であれば、さすが私の刀剣男士だな……といったところなんだが、はたして。
一分ほどが経った頃。やや首を傾けて、貞ちゃんが見やったのは私ではなく、背後の二人だった。ちょっぴり不機嫌そうな顔。気にくわない、という気持ちが見て取れる。それでもかぶりを振って、肩を竦めた。諦め混じりのため息には、面倒臭げな思いがありありと表れている。

「俺だって、主に隠し事なんざしたくねえよ。主には俺のこと全部、あんま見られたくはねえけど、かっこわるいとこだって知っててもらいたい。当然、主のことも全部知りたい。御母堂の腹にいた時から今まで、映像で全部見られるもんなら見たいくらいだ」

内心、えっ……それはやだ……と思ったけれど、言わないでおいた方が賢明だろう。言わなくてもこの顔じゃバレてるだろうけども。

「でもあんたらを納得させるために話すってのが、なんか癪だ。別にどこが、ってわけじゃねえけど、なんとなく気にくわない。……そんでも、主と一緒にいるためなら何でもする、って言っちまったもんな。男に二言はねえよ。やっぱやーめた、なんて格好悪いし。話さなきゃいけねえってんなら――話すさ」

真剣な状況なのだけど、私は少しだけ笑ってしまった。
やっぱりこの子は、私の刀剣男士だ。そう思ったから。膝丸と髭切もなんとなく感じ取ったんだろう、毒気を抜かれた、とまではいかないけれど、ほんの少しだけ警戒が弱まっている。
違和感があったとしても、私の刀に変わりはなくて、そして、私に害意を持ってるわけでもない。

「でも、場所を変えたいな。この本丸の奴ら――ああ、あんたら以外のな――には、知らなくていい、知らない方がいいことだから」
「では……城下町か、政府施設に?」
「うんにゃ、もっといいとこを知ってる」

にまり、貞ちゃんが笑う。背後の膝丸と髭切に顔を向ければ、逡巡の後、小さく頷かれた。
虎穴に入らずんば。一度乗った泥船だ。その泥船を見つけにいったのは私なんだから、沈まないようにするのも、私の役目。

行き先はなんとなく、察しがついている。

「じゃあ、そこに行きましょう」

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