拾いもの4 [5/10]


貞ちゃんが私に語ってくれた内容は、おおよそ私も知り得ている情報と一致していた。個々の刀剣男士のことや、政府との微妙な関係、過去の内容なんかは当然初耳で、聴いていて嬉しくなるような、もの悲しくなるような、複雑な気持ちだった。
言い訳にしかならないような気もしたが、私も一通りの事情を話した。この世界に来たこと、彼の本丸で過ごしたこと、膝丸と髭切と仮契約をしていること。
貞ちゃんは、私の話を聞いて……何故か喜んでいた。

「そっか。てことは俺らは、捨てられたわけじゃねえんだな」

恨むべきは、憎むべきは主じゃない。歴史修正主義者の女だ、と。喜んでいるままの顔で、静かに告げた。まあその女は今私の背後霊やってるんですけどね、とはさすがに言えない空気だ。言う気もないんだが。
女と言えば、そういえば今日は随分と静かだ。普段は私が、今日はどの服を着ようかな〜くらいの考えをしている時でさえ、これこれこういう理由でこっちがいいんじゃないかな、これはやめといた方がいい、とかって口を挟んでくるのに。こんな状況で無言というのも気味が悪いけど、静かなのはまあ、いい方だろう。

気にするべきは、そんなことじゃない。
髭切をそっと見やれば、一瞬だけ悩むような素振りを見せてから、こくりと頷かれた。なんとなく、程度のものでしかないんだろう。それでも髭切も感じ取っている。

貞ちゃんはまだ、言ってないことがある。私たちに、隠していることがある。
それはきっと、重要なこと。それを聞き逃していれば、近いうち、あるいはずっと遠い将来に、何らかの害が起こり得るかもしれないくらい、大切なこと。――だけど本人にとっては多分、話す必要はなくて、なんとなく話したくもない。それくらいのこと。
私が気にするべきことは、それだ。訊ける内に訊いておくべきことだ。と、わかってはいるんだが……自分も約一年ほど隠し事をしていた身だ、無理矢理訊こうとするのはどうにも憚られる。

ともかくは、先の話をしよう。そう決めて口を開こうとしたところで、髭切に手を掴まれた。「ちょっと席を外すよ」の声はとても固く、そのまま手を引かれても抵抗する気すら起きない。
短刀相手に太刀と人間の二人じゃ距離を取っても無意味なのではと思いながら、二つほど離れた部屋の前、階段側の廊下で立ち止まる。
じっとこちらを見下ろす髭切は、私の手を離さなかった。

「僕は反対だよ。弟もこの場にいれば、絶対反対する。きっと審神者も」
「……私はまだ、何も言ってませんけど」
「君の考えていることくらい、わかって当然だろう。僕は君の刀なんだから。だいたい、この状況じゃあ大概の審神者が君と同じような行動をとろうとするよ。僕じゃなくたって察しくらいはつく。そして、」
「大概の刀剣男士は、その審神者に反対する?」
「そういうこと」

とりあえず、納得はする。
不測の事態で手放す形となってしまった、己の刀剣男士と再会した。そういう状況に置かれた時、世の審神者は大概がその刀剣男士に手を差し伸べようとするだろう。己の刀なのだから。私も、例に漏れない。
けれどその刀剣男士に、違和感があれば。現時点で審神者に付き従っている刀剣男士からすれば、そんな不穏分子は主から遠ざけたいはずだ。
私の隠し事を知ろうとしていた、そしてそれが主に害なすものであれば、私を排除しようとしていた、彼の刀剣男士たちのように。

「それでも、私は貞ちゃんを見捨てるなんてこと、出来ません。なにより私が、あの子と一緒にいたい」
「僕たちよりも?」
「……何でそういう話になるんですか」

少しばかりイラッとしてしまう。髭切と膝丸の方が、貞ちゃんの方が、どちらがより大事かという話ではないのだ。
どちらも私の刀剣男士で、一緒にいられるのなら一緒にいたい。私の刀であり続けてほしい。幸せでいてほしい。そういう話なのだ、私にとっては。

「僕の言葉を無視して、あの子に手を差し伸べることを選ぶのなら、それは僕たちよりあの子の方が大事だと言っているのと同義だよ。僕は、僕と弟は、君に生きていてもらいたいだけなのに。あの刀剣男士はきっと、災いを呼ぶものだ。今すぐにでも斬り捨てたいくらいなのに、それを僕は我慢してるんだよ」

でも、髭切の気持ちもわかるんだ。髭切は本当に、私の心配をしてくれている。そこにいくつかの嫉妬が見え隠れしていても、それを理性で押さえつけている。
出来ないはずの本契約を成している刀剣男士が、後からいきなり現われれば。嫉妬や不安を抱くのも当然だ。自分たちはもうお役御免で、お払い箱なのかって、考えることもおかしくはない。でも髭切はそれらの気持ちを抑えつけて、私を心配していた。私の気持ちも、慮ってくれていた。
わかるからこそ、私も反射で湧いてしまった苛立ちを、そっと抑える。ゆっくりとまばたきをして、呼気と一緒に身体の外に吐き出す。

「髭切。私は髭切と膝丸、そして貞ちゃんの三人に、順位をつけてるわけじゃないです。髭切と膝丸はこの世界で私を支えてくれた、貞ちゃんは私の持っていた……ゲームの本丸で、私のために刀を振るってくれていた。どちらも大切な、私の刀剣男士です。だから貞ちゃんを見捨てたくはないし、あなたの危惧も無視したくありません」

続きを促すように、髭切は目だけで頷く。

「つまりは、貞ちゃんへの違和感を、払拭できればいいのでしょう?」
「……そうだね。主は、今回のお供が僕だったことを、幸運に思うべきだ」
「膝丸だったら出会い頭に貞ちゃんを斬り捨ててたかもしれませんからねー……。……それほどに、あの子の気配は異質でした」
「どうするつもりなの?」

一拍をあけての問いに、先ほどまでいた部屋の方へと視線を投げる。
ひとまずは夜が明けてから、彼に連絡をしなければいけないだろう。私が住む本丸は彼のものだ。決定権を私は持たない。
それでも彼は断らないだろうという打算をもって、髭切に視線を戻す。彼の刀剣男士は、それこそ髭切たち以上に、憤るかもしれないけど。

「貞ちゃんは連れて帰ります。一応、政府で検査をしてからになりますが」
「政府に話を通すんだ? それは意外。隠しておいた方がいいと思うけど」
「髭切からそう言われることこそ意外でした。まあ私もそうは思いますけど、安心材料はとっておくべきでしょう。あの子は堕ちているわけではない、でももしかして、と思う疑心をなくすため政府の検査結果は必要です」
「存外に冷静だね。無いはずだった君の本丸が、こんなことになってたのに。まだ僕たちが知らないことだって、あるはずなのに」

繋がれたままだった手をそっと離し、髭切の背中を軽く叩く。
そんなわかりきってること、言わせないでくださいよ。恥ずかしい。

「髭切が居てくれてるからですよ」
「……そっか。じゃあ、気合いを入れて守ってあげないとね」
「気合いは程々にお願いします」


 *


翌朝は朝一で政府施設へと戻った。
刀剣男士にも、政府の術式と機械を使って正確に検査しなければわからないものの、識別コードのようなものが存在している。どの本丸で、どの審神者に顕現され、どの審神者と契約をしてきたか。それらが全て調べられるのだ。
度々、本当に稀なことではあるが、迷子の刀剣男士が戦場等に現われるための措置らしい。

その検査によって貞ちゃんの本丸がかの廃棄本丸であることを知り、更に顕現し契約を成した審神者が私であることを知って、政府の研究員はこれでもかと驚いていた。
この研究員は私がゲームで審神者をやっていたことを知ってる人だ。だからこその驚き、そして知的好奇心。

「軸の違う異世界に、この世界を模したゲームがあるというだけでも興味深いのに、更にそこでゲームをしていた人間の霊力と、実在する本丸で運営業務をしていた式神とが繋がっていただって? こんなおかしなことはない。本当に補佐殿は、来るべくしてこちらに来たという感じですね」
「それ、私には結構地雷発言なんで気を付けてください。他の検査は?」
「失礼をば。他の検査もつつがなく終わりましたよ。太鼓鐘貞宗様は通常の刀剣男士となんら変わりありません。神気に些かの乱れが見受けられますが――そうですね、これは私個人の感想として受け取ってほしいんですけど」

上げたテンションを無理矢理戻した、といった様子の研究員が、検査用の椅子に座ったままの貞ちゃんをちらりと見やる。
不快と思われましたら申し訳ありません、そう前置きをして、私へ顔を向けた。

「何と言えばいいのか……人間で言うなら、メンタルがすげえ弱ってる時に、推しの公演最前列ど真ん中が当たった人、みたいな」
「わかりやすいようでわかりにくい喩えですね」

わかってるんだかわかってないんだか、髭切も貞ちゃんもきょとんとした顔を見せていた。
これがこの研究員と私が顔馴染みとなり、こんな急すぎる検査をやってもらえた理由でもあるんだが、まあ詳しいとこは割愛だ。別に、不意にオタバレした上に解釈完全一致の奇跡を見せて一晩飲み明かした仲だって話をしても面白くないし。

「まあようは不安定な状態、ってことです。太鼓鐘貞宗様を補佐殿が引き取られるんでしたら、申請書類出しときますが? 本丸の審神者様に許可は?」
「一応得ましたけど、引き取り申請は一旦本丸に連れていってからにします。書類だけください」
「かしこまりました。検査結果と併せて用意しますんで、食堂ででも待っててください。朝ご飯、まだでしょう?」
「そうさせてもらいます」

お礼を言ってその場を後にし、三人で食堂へ向かう。髭切はまだ貞ちゃんを警戒しているし、貞ちゃんもそれは理解しているようなので、並びは私を先頭に、髭切と貞ちゃんがやや横並びの状態だ。
食堂では私が和定食A、貞ちゃんも同じ物を注文し、髭切はステーキ御前を食べていた。晩飯と朝飯が逆じゃないのか。

ちょうど食べ終わった辺りで件の研究員が書類の入った封筒を手に現われ、それらを受け取る。お礼にと朝食を奢れば、状況も忘れて「ラッキー! ゴチになりまーす!」と笑顔で手を合わせていた。お供が髭切だったことを幸運に思えよと思った。感想。

「政府にもあんな、賑やかな奴がいるんだな。知らなかった」
「政府職員は基本的に、刀剣男士と接する時はかなり畏まらないといけないですからね。彼女は顔見知りの審神者とかが側にいると、猫を被りきれないタイプみたいですけど」

研究員が親子丼定食にデザート盛り合わせまでつけて豪華な朝食を楽しんでいる頃、ふと私の携帯端末が震えた。画面を見れば彼からで、何か不都合でも起きたかと通話をオンにする。
席を立つべきかとも思ったが、確実に髭切は私についてくるし、その場合貞ちゃんと研究員を二人きりにさせてしまう。それはちょっとアレだな、とてもアレだ、と思ったので、断りをいれてからその場で話し始めた。

『今どこにいる? 本丸で話したら、今剣と燭台切が、その太鼓鐘貞宗? に会う! って聞かなくてよ。その二人連れてそっちまで来たんだ』
「マジか……ああいや、わかった。今食堂だけど、もう食べ終わったから……」

「今なら第二会議室あいてますよ」と研究員が味噌汁を飲む合間に呟く。ありがとうと手で示して、集合場所をそこに指定した。
んじゃ後で、と通話を切り、貞ちゃんに向き直る。

「夜に話した、私が今住んでる本丸の刀剣男士が、貞ちゃんに会いたいそうです。今剣さんと、燭台切さん、それと審神者の彼がここまで来ています。会っても、大丈夫ですか」

私を真っ直ぐに見つめていた目が、伏せられる。
これだ、この、違和感。誰かの声を聞き入っているような沈黙。誰かに相談しているような間。

私はそれを、知っている。

「――余所本丸のみっちゃんに会うってのは、なんか複雑だけどよ。でも、大丈夫。主と一緒にいるために必要なことなら、何だってやるぜ」
「話をするだけですよ、多分。というか他の刀剣男士さんたちより先に会って、確認したいだけだと思いますから」
「俺が危なくねえかどうか?」
「そうなりますね。今剣さんたちの主は彼で、これから貞ちゃんが住むのは、彼の本丸になりますから」

仕方なさそうな顔で、よっと、と貞ちゃんは椅子からおりる。ようやくデザートをつまみ始めた研究員が、もう行かれるんですか? と顔をあげた。
頷き、いろいろありがとうございましたと再びお礼を告げる。クリームのついたさくらんぼを皿の端に避けながら、研究員は髭切と貞ちゃんとを見比べた。そして私に視線を留め、口角だけを上げて笑う。目元が笑わないのは、この人の癖だ。

「最初見た時に思ったんですけど、膝丸様と髭切様がモノクロの格好ですから、太鼓鐘様が混ざってもバランスいいですね。あとはもう一振、黒系統の刀剣男士様がいると尚バランス良くなりそうです」
「小烏丸さんとか、大典太さんとか?」
「うーん、太刀より脇差か短刀の方がバランスは良さそうな気がします」
「そんなこと言ってたら一部隊揃っちゃいますよ」
「揃えちゃいましょうよいっそ。全員モノクロで。戦隊物みたいでカッコイイです」
「モノクロの戦隊物って子供人気なさそうですね」

そんなどうでもいい雑談を終え、第二会議室に向かう。
途中、貞ちゃんが「戦隊物って、アレか? 赤い奴がだいたい真ん中にいるやつ」と話しかけてきたので、少し驚いた。知ってるんだ、戦隊物。

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