拾いもの2 [3/10]


用事が出来たので明日帰ります、と彼に連絡を入れた私は、貞ちゃんと髭切と共に適当な茶屋で机を囲んでいる。深夜帯まで営業しているそこは、強いて言うなら甘味専門のファミレス、みたいな感じだ。
ちらほらと客がいる中であれば、髭切も、そして貞ちゃんも、おかしな真似はしないだろう。咄嗟の判断だったが、我ながらナイスチョイスである。

正直なところ、かなり驚いてはいた。あまりにも出来すぎだ。
夢を見た。気になったから、調べた。ある程度答えがわかったから、手がかりになりそうな場所へ向かった。そこに、目的のものがいた。RPGかとツッコみたくなるほどの出来すぎ具合。

……そう、答えはわかっていたのだ。確証はなかったし、勘違いの可能性もゼロではない。でも多分そうなんだろうな、という答えは見えていた。
私の、ゲームの中に存在していた本丸は、おそらくこの世界にも存在していた。
審神者不在の本丸、というのは実のところいくつかあるらしい。では審神者不在でどうやって本丸を運営するのか。一、定期的に霊力供給に来る担当者がいて、審神者の業務は刀剣男士が請け負っている。二、審神者が死亡し、審神者補佐がいた場合、霊力供給は一と同じく別の担当者が行い、審神者業務は補佐が行う。三、式神や本丸そのものが霊力供給及び審神者業務を行っている。その他諸々。
私の場合に当てはまるのは、三だ。試験的に式神を用いて運営をしていた本丸が、ある日を境に廃棄されている。表向きの理由は、なんらかの不備により霊力の供給が途絶え、式神が消滅し、刀剣男士たちも人の形を保てなくなったから。

「……その、ここまで引っ張っておいてなんだけれど……私はあなたに何て言えばいいのか、わかりません」

意識を外側に戻し、貞ちゃんを見つめる。私が適当に頼んだお茶にも茶菓子にも手を付けず、貞ちゃんもまたじっと、私を見つめていた。
格好を気にする太鼓鐘貞宗らしからず、いくらか薄汚れた装束。中傷まではいかないものの、軽傷程度の怪我も負っている。パッと見で判断するなら、黄疲労といったところだろうか。
目を伏せ、顔も俯ける。
本当に、何を言えばいいのかわからなかった。

「――だろうな。俺もいざ主と会ったら、言おうと考えてたこと、全部吹っ飛んじまった」
「君は本当に、僕の主の、刀剣男士なの?」

背後に両手をついて空笑う貞ちゃんを、髭切が見据える。見えない糸を手繰るように、貞ちゃんが宙で人差し指を遊ばせた。
私には確信がある。理解は出来ない。辻褄も合わない。でも、納得している。

「ああ。俺は主の太鼓鐘貞宗だ。ちゃんと契約も成ってる。なんとなくさあ、刀剣男士と審神者を見てたらわかるだろ? ああこいつはあの審神者のモノなんだな、って。あんたもそれを、俺と主に感じてるはずだぜ?」
「だけど主は、刀剣男士と本契約が出来ないんだよ。霊力の供給も出来ない」
「そうなのか?」

ややあって、頷く。
私の霊力は蓋の閉じられた箱のようなもの。何かしらの縁や特別な呪具がなければ、その霊力を外に出すことは出来ない。霊力を、別の術式なんかに変換することが出来ない。
掻い摘まんで説明しながらも、私は自分の霊力が貞ちゃんにも流れていることを自覚していた。手入れをしているわけでもないのに、じわじわと貞ちゃんの生存値が回復していっていることも。
だから当然、貞ちゃんも認識している。髭切も。

「縁、ってーならそりゃ俺と主は端っから本契約してる関係だ。呪具なんざなくとも普通に供給できる。なんてったって神と人の子との、名を渡しての契約だ。式神を介してのものだろうと、そう簡単に切らせやしねえよ」

ピリ、と空気が震えた気がした。一瞬宙に視線を投げてから、貞ちゃんへと戻す。
メモは取れなかったので意地で暗記した、とある本丸のIDをそっと告げた。

「これが、あなたのいた本丸で、合ってますか」

しばしの沈黙。小さく頷いてから、今度は私を見据えてしっかりと頷いた。
まるで、誰かに確認をとっていたみたいだ。ちろりと浮かんだよくわからない感情をひとまずしまい込み、既にぬるくなっていたお茶をすする。

式神が消滅し、刀剣男士も次々と刀に戻り、一振だけがゲートを不正に使用して出て行った本丸。夢の中の情景が蘇ってくる。
何も出来ぬまま、祈る口を、手を失った刀剣。これで少なくとも、この本丸だけは戦が終わるのだと、安らかに眠っていった刀剣。もう戦うことは出来ないのかと、肩を落としながら消えた刀剣。主がいないのならば己がいる意味もないと、瞼を閉じた刀剣。まだ本当の主に会ったこともないのにと嘆く言葉も無くした刀剣。せめてもの餞にと、舞うように桜に紛れていった刀剣。どうして、何故と、抱く疑問に応えてくれる人はいなかった刀剣。待つことすら赦されない現状に、表情が抜け落ちてしまった刀剣。
今ここにいる太鼓鐘貞宗は、私と本契約を成している、私の刀剣。その刀剣が居た、廃棄された本丸。
いなくなったのは、全部、全部――私の刀剣男士たち。私が鍛刀して、私が見つけて、私が育てた、刀剣男士。たかがゲーム。でも、だけど、実在していた。この世界に、あの子たちがいた。

気が付くのが、遅すぎた。

「式神が消滅したのは、四年前。あなたがゲートを使ったのは、その三ヶ月後。本丸が廃棄されたのは、……二年ちょっと前」
「俺が出てった後は知らねえけど、だいたいそんなとこだな」
「……あなたは、みんなは、……私を、」

恨んでいるのか、なんて、訊けるはずがない。夢の中には、恨むような声もあった。どうして何でと嘆く声があった。悲しみに暮れる声があった。
恨んでいる。当然だ。それ以外に何がある? なんの前触れもなく突然自分たちを捨てた審神者を、どうして恨まないでいられよう。恨み言の一つでも正面きって言わなきゃ、みんなが救われない。何も知らないまま、消えて、廃棄されたみんなが。私の子たちが。

「私は、あなたに、何て言えば」

謝罪の言葉しか、私の頭には浮かばなかった。でも、違う。目の前にいる少年は、そんな言葉を求めていない。
感じるのは、澱んだ慈愛だった。
己を顕現させた主が目の前にいる。自分たちを想ってくれているとも理解した。事情は知らないがなにやら大きなものに翻弄されてきたらしい人の子が、今にも泣きそうな顔で己の過去を悔いている。その事実に浮かぶ、昏いよろこび。
哀れみつつもそんな姿が愛おしくてたまらないと言わん限りの、やわらかで、泥のような、慈愛。

きっと私が、この太鼓鐘貞宗と出会えたことを僥倖に思いつつも、怯えていることだって、バレている。

「誰かさんが言ってたろ? 言葉より行動、ってな。俺は主に言葉なんて求めちゃいねえよ。主が本契約している、主だけの刀剣男士が、最期に遺った唯一無二が、目の前に居る。事実はそれだけさ。やるべき行動は、主ならわかるだろう?」

ゆっくり、ゆっくり、手を伸ばされる。

「俺らにとっちゃ瞬きみてえな時間でも、人の子にとっちゃ乳飲み子が歩いて言葉を覚えるくらいの時間だ。それだけの時間、俺はあんたを捜してた。やっと見つけた。やっと会えた。やっと手に入れた。俺だけの主だ」

その手が私の手に触れる瞬間、乾いた音が響く。貞ちゃんの手が、髭切によって弾かれていた。むうと頬を膨らませる、なんて状況にそぐわない表情で、貞ちゃんが髭切を睨む。
髭切は、険しい顔だった。表面上は穏やかに見えるが、目が笑っていない。戦場で垣間見るような獰猛さが、目の奥で火を灯している。

「この子は僕たちの主だ。君のじゃない」
「お前みたいなの、泥棒猫、って言うんだぜ」
「一番大事な場面で主を守るどころか、その場にいることすら出来なかった君にとやかく言われる覚えはないよ」
「所詮仮契約でしかない刀に何言われても、響かねえなあ」
「あの、ごめん、ガチ喧嘩やめてください。こわい」

完全にドシリアスな感じなのに、これはまた私のために争わないでーを言うべき場面か? ってちょっと思っちゃったわ。そんで普通に怖い。何でちょっと女の喧嘩っぽい感じなんだ。浮気男の気分だ。
ちらと時計に目をやれば、いよいよ日付が変わろうとしている。

「この状況で大人しく眠れる気もしないし、私も色々と整理したいですから、場所を変えましょう。髭切も、この場にいない膝丸も、もちろんあなたも、私の刀剣男士なのは事実です。そのあなたたちが喧嘩してるところなんて見たくない」
「……わかったよ。それで、どこに行くの?」
「少し歩いたところに馴染みの店があります。そこで一室借りるつもりです」
「ああ、あの温泉宿」

渋々ながらも納得した様子の髭切が立ち上がり、私も伝票を持って腰を上げる。
一人座り込んだままの貞ちゃんは、目を伏せて何かに聞き入っているようだった。やや訝しげに見てしまいつつ、あの、と声をかける。
向けられた視線は、やっぱり、昏い。

「俺のこと、いつもみたいに呼んでよ、主」

なんとなく、その言葉がひっかかった。貞ちゃんらしくない、と言うにはそこまでこの子を知っていないんだが。なんとなくの、違和感。
それでも内心ではずっと慣れた呼称を使っていたので、一旦髭切を見やってから、視線を戻す。おずおずと、口を開く。

「――行きましょう、貞ちゃん」
「っ……ああ!」

眩しいのに昏い、矛盾した笑顔だった。

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