入れ替わる [1/10]


「ヒッ、膝丸ーッ!! 髭切ィー!!!」

そんな絶叫が本丸中に響き渡ったのは、朝六時のことである。
呼ばれた膝丸と髭切はもちろん、本丸中の刀剣男士がポカンとした。だってそれは男の声だったのだ。膝丸と髭切の所有者の声じゃない。
何でやと首をかしげつつ、膝丸と髭切、そして偶然出会した今剣の三人は、離れへと向かった。辿り着いた離れは阿鼻叫喚だった。

「なッんでこういうことが起きんだよ未来ィ! もはやファンタジーだろ!」
「付喪神使役してる時点で既にファンタジーだよ! でも何で〜!!? 君風邪とか引いてない!?」
「バリバリ元気だわクソ! おいこんのすけ原因究明はよしろ!!」

二階の寝室前で、補佐がこんのすけをわしづかみにし、審神者はほとんど這うような姿勢で補佐に縋っていたのだ。二人共がやたらと叫んでいる。地獄絵図か。
膝丸、髭切、今剣が唖然とする中、こんのすけが「わからないのですう〜!」ときゃんきゃん鳴いている。補佐はほとんど投げ捨てるような形でこんのすけを解放し、くそっ! と床を殴った。

「あっなあ今剣! お前これ、原因わかるか!? 朝起きたらこうなっててよお〜……何なんだよこれえ……」
「膝丸う……髭切い……やだこれえ……股間になんかついてる〜……取りたい……」
「取るなよ俺のジュニア!? お前のこれ揉むぞ!」
「セクハラやめろください! 揉んで楽しいほどの体積もないでしょ!」
「自分で言ってて悲しくねえのかお前」

地獄絵図か。

いざ直面すれば事態はある程度察せたものの、膝丸たちは空を仰ぎたい気持ちでいっぱいだった。
審神者と補佐の中身が、入れ替わったのだ。一部の界隈ではよくある話である。

股間が気持ち悪いぃ……と嘆く審神者(中身補佐)も、誰でもいいから助けてくれよ……とうずくまる補佐(中身審神者)も、おそらく本人的にはめちゃくちゃ真剣なのだろう。ショックはでかいようだし、そのせいか霊力も乱れまくってるし、身体が違うからか刀剣男士との縁もなんかこんがらがっている。
どちらが自分の主かは、膝丸にも髭切にも今剣にも、ちゃんとわかるのだ。わかるけどなんていうか、こう、な?

「違和感がすごい……」

三人の声が重なった。

「違和感すげえのはこっちだわ! あるし! ねえし!」

補佐が自分の胸部と股間を示して叫ぶ。

「私だって違和感ありまくりだよ! ないし! いや元からめっちゃはなかったけど! こっちはあるし!」

審神者も、自分の胸部と股間を示して叫んだ。
男女が入れ替わるとそうなるのも自然ではあるが、下ネタのオンパレードである。
外見女も中身女も股間を指さすな、と膝丸は言いたかった。黙した。

先ほどほとんどぶん投げられたこんのすけが、政府に話を聞いてくると姿を消す。判明するまで帰ってくんなよ!! と補佐が叫んだ。
普段見られない命令口調の主に、髭切はちょっとだけきゅんとした。

「え、ええと……あるじさま、ひとまずきがえて、あさげにしましょう。きっとすぐにもどりますよ! ね!」
「……着替え……?」
「だと……?」

審神者と補佐がおののく。
随分と仲良しにはなったが、この二人、元を正せばただの元同級生である。現状はほぼほぼ同棲みたいな状況ではあれど、数年経っても恋愛感情のれの字もない。

そんな相手に? 自分の裸を? 見られる? ……冗談じゃない! 無理!

審神者と補佐の心は完全に一致した。
二人の内心を理解出来るものがいれば、男側は別に良くないか? 夏に水着姿とか普通に見せてたろ? と思ったかもしれないが、水着と下着はやっぱ違うのだ。

「膝丸、彼に目隠しして、着替えさせてやって……ッ」
「今剣、こいつに目隠しして、着替え手伝ってやってくれ……ッ」

結果として、二人は膝丸と今剣にそう指示した。ハブられた髭切はしょんもりである。
とはいえ補佐の身体にもそこまで興味はなかったので、じゃあ僕は他の子たちに説明してくるよ、とあっさり階段を降りていった。膝丸は裏切られた気分になった。

何が楽しくて自分の主に目隠しをして着替えさせなきゃならんのか。しかも中身は主じゃないし。
膝丸は完全に遠い目をしていたし、今剣も、これがほんとうにあるじさまであればまだよかったのに……の思いだった。
けれど、主の命だ。膝丸と今剣はそれぞれ、身体だけ自分の主に布で目隠しをし、各々の自室へ連れ帰った。

「ていうか膝丸、こいつのパンイチ姿見てなんとも思わねえの……男としてどうなの……こいつのプライドぼろぼろじゃねえの?」
「柔らかそうだとは思うが、それだけだ。……前の主の方が胸は大きかったな」
「聞こえてるからね膝丸!?」
「補佐、うごかないでください」
「あっすみません」
「……主の方が安産体型だとは思うぞ」
「フォローになってません!」
「補佐、うごかないでください」
「あっごめんなさい」
「膝丸いつかあいつに刺されるぞ」

他の本丸の膝丸は、割と女を見ればあたふたするかガンスルーキメるかのどっちかだった気もするんだが、何でこの膝丸はこうなのか。デリカシーがなさすぎる。
中身審神者は膝丸に着替えさせてもらいつつ、心の中でそっと補佐にドンマイの言葉を贈った。

「……待って」

膝丸とチェンジした今剣が外見補佐に軽い化粧を施したあと、外見審神者がマジすぎる表情で静止した。そろそろ朝食に行くか、といった頃である。
あまりにも真面目過ぎる表情に、何か重要なことに気が付いたのか、このとんちんかんな出来事に終止符を打てるのか、と他三人も緊張の面持ちになる。
外見審神者は冷や汗を一筋垂らし、苦渋に満ちた表情でゆっくり告げた。

「めっっっちゃ、トイレ行きたい……」
「あっ俺も行きたい……」

そんなことかよ!! と膝丸と今剣はシャウトしたくなったが、すんでのところで耐えた。多分、本人的にはめちゃくちゃ大問題なのだ。だって男女入れ替わりなのだから。
えっどうすんの? これどうしようもなくない? 罰ゲームか何かか? と審神者と補佐はアワアワし始める。これしばらく眺めてたら面白いんじゃないかな、と思うレベルでアワアワしていた。

外見審神者は、まあ、かろうじてまだいいだろう。でも外見補佐の方は死活問題だった。
中身補佐は、審神者にトイレでのあれこれをしてほしくはないし、さすがに膝丸相手でもトイレの手伝いはさせたくない。全身全霊で普通に無理。
結局二人はさんざっぱらアワアワし続けたあと、「耐えよう……」「ああ、頑張ろうぜ……」と歴戦の猛者顔で肩を叩き合っていた。
審神者と補佐によるおトイレ我慢チャレンジ大会の始まりである。

「絶対漏らすなよ」
「そっちこそ」

仲間でありながらライバル、そういった雰囲気を漂わせながら、二人は階段をゆっくり、振動を減らすよう努めながら降りていく。
膝丸と今剣はそっとお互いの肩ポンをし、こちらもなんかつられるように、ゆっくり階段を降りていった。だってなんか床を揺らしただけでキレられそうな雰囲気だったんだもの。


 *


こんのすけが帰ってきたのは、もうすぐおやつ時といった時刻だった。
その頃にはトイレを我慢し続けたせいで、審神者も補佐も殺人犯か何かか? と思うくらい凶悪な顔で死んでいた。
縁がこんがらがっていたので、出陣遠征は取り止めだ。二人は離れの居間で、膝丸と今剣、そして今月の近侍であった長谷部に見守られながら、死んでいた。
正確には横になってじっとしているだけなのだが。時々震える。多分めちゃくちゃ耐えている。

「ただいま戻りました主さま! 補佐さま! 原因がようやく……だ、大丈夫ですかお二方」
「……」
「……」

無言である。
喋れば腹筋が動く。腹筋が動くと膀胱にもなんか振動がいく。耐えられなくなる。
二人の心境はもはや戦争だった。成人アラサー男女の沽券に関わっているのだ。

マジで!? 原因わかったの!? てことは戻し方もわかったんだよなァもちろんそうだよな!!? と叫びたい気持ちは存分にあったが、審神者と補佐は虚無顔で沈黙することを選んだ。
あまりにもアレな二人の状況に、こんのすけは一瞬政府に戻りたくなった。

「で、何が原因だったんだ。主と補佐様はどうすれば戻るんだ?」

代わりにこんのすけへと問いかけたのは長谷部だ。近侍の助け船にこんのすけは感激し、ぴょんと長谷部の正面へ飛ぶ。

よくある霊力の乱れだとか、本丸のバグだとか、どうせその辺りだろうと思っていたのだが、それがですね、と始まったこんのすけの説明は、割と予想外だった。
補佐と審神者とを繋ぐ呪具――ピアスを肉球で指し示し、あっけらかんと言ってのける。

「呪具の経年劣化が原因のようです!」
「殺すぞ政府」
「霊力供給なら任せろー」

淡々と中身審神者が呪詛を吐いた。中身補佐もノリノリである。

呪具が年を経ることによって劣化し、霊力だけを供給させるはずが、何かがどうたらこうたらなって魂ごとチェンジさせてしまったらしい。何だそれ。
膝丸も今剣も長谷部も、政府の杜撰な管理にキレていいところだったが、なんかもうそろそろ堕ちるんじゃないか? と思うくらい暗黒のオーラを纏っている審神者と補佐に、それどころではなかった。
戻せるんなら早く戻してくれ。そして二人をトイレに行かせてあげてくれ。その一心である。

「なので、新たな呪具を付け直せば、数分で戻ることかと思われます。出来れば眠っているなど、意識を失っている方がよいのですが」
「呪具はよ寄越せや」
「石切丸さんならすぐ眠らせてすぐ起こすくらい出来るんじゃないの」
「それはごしんとうへのきたいがかじょうすぎます」

ともあれこんのすけが持ってきていたピアスと経年劣化していたピアスを交換し、加減した今剣がうまいこと二人の気を失わせたことで、ようやく二人は元の身体に戻った。
外見審神者とか中身審神者だとか、そういうめんどうなことをしなくて済むようになったのである。わかりやすいのは良いことだ。

よーし任せろーの勢いでどこからともなく現われた髭切が二人に水をぶっかけたあと、目を覚ました二人は一目散にトイレへ向かった。びしょ濡れのまま。
長谷部はもうちょっとちゃんと、本当に元に戻ったのかだとか、他に問題はないのかとかを確認したかったのだけど、諦めて見送った。二人共が鬼気迫る表情だったからだ。

「あ、なかみが補佐であるうちに、ふだんのあるじさまがしてくれないようなかおとかしてもらえばよかったかな」
「それもそうだねえ。厠にさえ行きたがってなかったら色々お願い出来たのに。写真にしてしまえば、中身がどっちだろうと大差ないしね」
「このぴあすはとっておきましょう。わんちゃんいつかつかえるかもしれません」
「お前たち、主と補佐様に怒られても知らんぞ」

補佐がたま〜に口にする「ワンチャン」、まさか今剣が使うようになるとは。
ああ本当に主は、この本丸に馴染み、刀剣男士にも仲間だと認められてきたのだな……と感慨深くなることで、膝丸はこの間抜けた半日を忘れた。忘れるように意識した。
経年劣化したピアスは、いつかこっそり壊しておこうと思う。

 
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