拾いもの1 [2/10]


夢の中で私は、審神者をしていた。審神者補佐、じゃない。審神者だ。
膝丸と髭切だけでなく、そこにいる全ての刀剣男士が私を主と呼ぶ。持ち主だと認識している。私もそれを当然のものと受け入れ、審神者業に勤しんでいた。ちなみに夢の中でも数珠丸と亀甲と村正はいなかった。起きてから、夢ですら彼らの主にはなれないのかとちょっと落ち込んだ。
閑話休題。話を戻そう。この夢はいい夢だった。楽しかった。
今の私が置かれている状況だって、私は受け入れているし、まあそれなりに楽しんでもいる。彼がいて、彼の刀剣男士たちがいて、私の膝丸と髭切がいる。なんか余計な背後霊もいるけど、一応は順風満帆と言っていい審神者補佐ライフだ。
それでも審神者として自分の本丸を持つのは、やっぱりなんかこう、別だなと思った。安心感が違う。疎外感もない。今の私が安心感を抱いてないわけでも、疎外感を抱いているわけでもないけど。ただなんとなく、肯定されているという自信が、今よりも強く持てた。ここにいていい、ここにいるべきなのだと、赦されているような。
けれどその夢は、いい夢のまま終わらない。いい夢だった。過去形だ。
一人称視点から唐突に俯瞰する視点に変わった夢の先は、目を背けたくなるものだった。日は陰り、厚い雲に覆われた本丸。一振、また一振と刀に戻っていく刀剣男士たち。縋るような、祈るような、恨むような声で主を呼ぶ、しかし応えてはもらえない、刀剣男士たち。終いには自ら折れることを選ぶものまで出てきて、何故だか最期に残った一振が、空を睨めつけていた。
その視線が正門へと移り、立ち上がる。唯一刀へと戻らなかった一振が、正門へと静かに歩いていく。地面を踏みにじるように、一歩一歩、確かに、静かに。そうして慣れない手つきで、ゲートを操作していた。誰かの言葉を聞くように時折頷きながら、どこかの時代へと座標を合わせる。
一振が、ちらとだけ振り向いた。本丸は昏く、誰の声も、気配もない。一振はそっと頷いて、正門を抜ける。己自身を、強く強く、握りしめて。
そこで私は、目を覚ました。

「……貞ちゃん」

じっとりと汗ばんだ額に、前髪が貼り付いている。撫でるように払いながら、その名を小さく呟いた。
頭の中にこびりつく、固い声。まるで耳元で告げられたみたいに、色のある声だった。
「絶対に、俺が、主を見つけるから」――たかが夢だ。所詮は、夢なのだ。けれども背筋を走る悪寒が、未だに止まらない脂汗が、私を責め立てている。
……私の、本丸。


 *


その日の夕刻、私は髭切を連れて政府の施設に来ていた。廃棄や封印指定となった本丸の資料、そして審神者が失踪した本丸の資料なんかを閲覧するためだ。
本丸にある端末で見られるか、取り寄せでも出来ればよかったんだが、どうやらそこら辺は結構機密情報らしい。私はまあ霊力的なアレソレで政府にそこそこ恩を売ってるので、閲覧だけ特別に口利きしてもらった。
髭切は「何でいきなりそんなことを調べるんだい?」と、わかってんのにとぼけてんのか、それともマジでわかってないのか、よくわからない声で問うてきたけど、私自身もどう説明したものかわからなかったので「なんとなく」とだけ返す。

本心としては、気になってしまったのだ。
あの日、この世界に来てすぐの頃。ほとんど冗談のように考えたこと。私の本丸もどっかにないかな。あったとしたら、昨日から主が帰ってこねえ! ってなってそうだけど。……もう数年前の話だ。
もしそれが、私の妄想でも何でもなく、事実だとしたら。あの夢が、この世界での現実だとしたら。実際ゲームとこの世界では時間の流れが違うし、辻褄が合わないことも多々ある。きっと妄想で、杞憂に過ぎないことだろう。そう思いはしても、確認しなければ安心できなかった。
だって事実だったら、私の本丸は、私の、刀剣男士は。

どれだけの時間がかかることかと思っていたが、調べ物は存外あっさりと済んだ。それもそうだ。そも破棄された本丸自体がさほど多くなく、封印指定に至っては両手で足る程度しかなかった。それでも十に届かない数の本丸が封印されてんだから、恐怖は感じたけれど。
審神者の失踪に関しては、こちらは予想よりも多く記録が残されていた。半分ほどが神隠し、残りの一割が刀剣男士以外の怪異によるもの。残りの三割ほどが霊力の枯渇によるもので、最後の一割が原因不明だ。髭切は神隠しや怪異のページを興味深そうにめくっていたけど、私が見るのは最後の一割だけでよかった。
ついでに刀剣男士のゲート不正使用や行方不明刀剣なんかの資料もある程度調べ、全て見終わったのは二十時を前にする頃だった。出発前はこりゃ晩メシ抜きもあり得るなと思っていたから、充分早く済んだと言える。
政府施設の食堂で私はロコモコ、髭切は晩ご飯にも関わらずエッグベネディクトとかいうやたらオシャンかつこの時代的には相当懐かしいのでは? な料理を食べ、施設を後にする。

「帰る前に、城下町にちょっと寄りますね」
「ありゃ、そうなの? だから審神者に手形をもらってたのか。何の用事で?」
「刀剣男士によるゲート不正使用の項目に、いくつか城下町を目的地に選んでいるものがありました。もしかしたらどこかに、そういう刀剣男士たちが住む地区があるんじゃないかな、と。とりあえずあそこの地図を見るなら、城下町に張り出されているものが一番詳しく書かれてますから。あとついでに買い物です」
「買い物」
「化粧水きらしちゃったんですよ。通販でもいいんですけど、この時間ならまだ店あいてるんで」

ふうん、と訊いた割には興味なさそうな様子で髭切は頷く。当然引き止めようとも帰ろうともせず、自然と私についてきた。膝丸は割と小言をよくくれるけど、こういう時の髭切はあまり口を挟まない。
そもそも私が、何でそんなことを調べてるのか、気にしているのかも髭切は知らないのに。優しいというか、無頓着というか。

城下町に着き、ささっと買い物を終えてから城下町の地図をいくつか入手する。大型複合商業施設なんかに置かれているようなパンフレット、避難経路の記された案内図、おすすめ観光マップから穴場の飲食店マップ、雄志の作成した隠れ家(意味深)リストまで、多種多様な地図を。張り出されている大型の地図も携帯端末で撮り、まあこんなもんかと一息吐いた。
時刻は二十二時を回ろうとしている。彼には遅くなると予め言っておいたけれど、あまり遅くなりすぎると迷惑だろう。そろそろ帰りましょう、と踵を返した。
途端、髭切に、強く腕を引かれた。若干の痛みと、驚き。それでも声が出なかったのは、髭切に顔を向けなかったのは、私の視線が一カ所に縫い止められていたからだった。

呆然と立つ、一人の少年。これ以上開かない程に開かれた丸い目が、私を見つめていた。ぼんやりと、景色を眺めるように。景色の中に映っているものを、あれはなんだろう、と目をこらす時のように。
今度はやんわりと、髭切が私の腕を引く。自然、数歩下がることとなり、髭切は私を庇うように少年と私との間に立った。
髭切が滲ませているのは、怒気、あるいは殺気だ。ひしひしと感じる、痛いほどの苛立ち。ほんの一欠片だけの、焦燥。困惑。嫉妬。私に憑いてる女のせいで、なんとなくでも感じ取ってしまうそれらの、理由は。

「さ、……だ、ちゃん……?」
「……あるじ、」

目の前に立つ、少年が。ようやく己の前に立つ女が、景色の中にある何かが、自分の捜し物だと理解した少年が。
私の、太鼓鐘貞宗だったから、なんだろう。

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