8 どっちが夢で、どっちが現実かなんて、今の私にも赤司にもわかるはずがない。 私にとっては大学生活をしていたのが現実だし、赤司にとっては私がいとこだという今が現実なんだから。 だから、それについてどうこう話し合うのは無意味だろう。 もしかしたら明日には元に戻っているのかもしれないし、重要なのは、今だ。 そう結論付けたのは私だけではないようで、赤司もこの問答は無意味だなと笑ってから空になったカップをキッチンへと持っていった。 ずっと正座したままだった私もやっと足を崩し、ぴりぴりと痺れた感覚を覚えながらすっかり冷めきってしまったカフェオレを口内に流し込む。 痛覚も、味覚も、ある。 今まで見たことの無い景色は全て鮮明で、出会ったことの無い人たちはみんな、意思を持っていて。 これが夢じゃないことなんて、とうに気が付いていた。 認めたくないだけで、信じたくないだけで。 元の世界では、両親は健在だし、普通に平和に、平凡に過ごしていた。 大学は大変だけど楽しかったし、バイトだって頑張っていた。 彼氏は残念ながらいなかったけど、友達はいたし、漫画やアニメに癒されながら送る生活は、幸せだった。 なのに、それをいきなり辞めさせられて、こんな世界に来るなんて。 すぐにそんな事態を飲み込むことが出来るほど、私は立派な人間ではなかった。 「っ、え」 不意に、後ろからぎゅうと優しく、抱き締められる。 手に持っていたカップの中で、カフェオレがぱちゃんと揺れた。 誰が後ろにいるのかなんて、わからないはずがない。でも、こうなる意味が、わからない。 だって赤司さんあんた私の事あんなに目の敵にしてたじゃないですか。 どうしてこうなった。 でも首元に伝わる温度は、確かに私と同じ人間のもので、なんでか安心する。 すり、と猫が飼い主に甘える時のように小さく頬ずりをされて、思わず顔に熱が集まった。 「今のつばきは、僕の事をほとんど知らない。…そうだろう?」 「え、あ、はい、そういうことに、なりますね」 ばくばくうるさい心臓に、今の私の脈拍数は大丈夫だろうかと心配になる。 途切れ途切れになってしまった返答に、耳元で赤司はくすりと笑って、そっか、と呟いた。 やだえろい。なにこの人の声えろい。えろやか。背筋が震えたよ私びっくり。 「じゃあ、もう学校で僕を避けたり、しないんだよね」 それはどうだろうか。 よく考えてみてください。片や超人。片や凡人。相容れぬ関係なのは赤司が最も理解しているのではないでしょうか。 ていうか学校では君、ものっそい私の事見下してましたよね。いじめてましたよね。頭ぎりぎりしたもんね? なにこの豹変っぷり。わけわかめ。 「僕じゃ、駄目なんだと思っていたから、学校ではテツヤと大輝にお前をまかせようと思っていた。つばきは僕が…僕の家が、嫌いみたいだったからね。でも、お前は何も知らない。僕を嫌う理由も、避ける理由も無い」 「あの、赤司…さん?」 「そうだろう?だから、明日からは学校でも、お前は僕だけの物だ。テツヤにも、大輝にも、渡さない。今まで我慢してあげたんだから、それくらいは、許されるよね?」 うわ、どうしよう。すっごいヤンデレオーラ感じるんだけどこれ気のせいかな。気のせいだといいな。…うん気のせいじゃないっぽいな。 私の首に回った腕の力強くなってるし。 どうしようめっちゃ頬ずりしてくんのはくそかわなのにオーラが怖い。なんでなの。どうしてなの。こっええよ! この世界の私は一体この人に何をしたんだ! 「つばき、お前は、僕だけの物だ」 まるでそれが当然のことのように、赤司は告げる。 それが普通で、常識で、決められたことなのだと言うように。 勘弁してくれとは言えず、厄介なトリップ体験だなあと、翌日には目が覚めることを切に祈った。 ← → back |