29 髪を低い位置でふたつにくくった、中学生くらいの女の子が目の前に立っている。 対して私の髪は肩につくかつかないかってところで、おろされていた。 ああ、この子は、中学の時の私だ。 てことは、この子があの世界のつばきだろうか。 彼女は俯かせていた顔をあげると、申し訳なさそうに微笑んで、ありがとうとごめんなさい、2つの言葉を口にした。 「私じゃ、あの2人から、逃げられなかったから」 「結局逃げなかったけどね。でもま、もう大丈夫だとは思うよ。あとは君次第」 「そう、ですね。でも、私は…」 「…実は青峰が好きだとか言わんよね?さすがにそんな展開になったら赤司と黒子泣くぞ」 「そ、そういうわけじゃ」 歯切れの悪い子だ。 ああでも、私も中学の時はこんな感じだったなあ。 おどおどして、周りにどんな目で見られてるかが気になって、自分の意志じゃ動けなくて。 全部、全部諦めて。妥協しながら生きていた。 「私は君じゃないから、なにも言えないけどさ」 「…はい」 「やりたいことや言いたいことがあるなら、諦めないで、自分の意志をちゃんと持ちなよ。人生の先輩からのアドバイス」 「あ、あの、あなたは…私に、怒らないんですか」 両手を胸の前で握りしめている彼女に、小さく笑う。 「怒らないよ。いい体験させてもらいました」 一歩、二歩、三歩。彼女に触れられる距離まで近づいて、ぽんぽんと軽く頭を撫でた。 びっくりしたのか顔を上げる、あの世界のつばき。柔らかそうなほっぺをぐにんと引っ張れば「…いはいれす」と眉を寄せられる。 「赤司と黒子によろしく。つばきも、ちゃんとあの2人…だけじゃないか。みんなと向き合って、生きるんだよー?」 「、はい。…ありがとう、つばきさん」 おどおどとしていた視線が、まっすぐになる。 いやあ第三者のモブ的な立ち位置で、この子らがこれからどうなるのか見てみたくなりますな。 黒子がキセキと仲違いしない世界。 赤司がキセキ厨でめんどい人な世界。 この子…つばきが、彼らといる世界。 きっと楽しいだろうな。モブ視点なら。 私がつばきになるのは勘弁願いたい。 そこで、はっ、と一つのことに気がついて、口を開こうとした。 けど、目の前にいたはずの彼女はもう、消えていて。 「わ、私のレポートは…どうなったんすか…」 絶望気味な私の声だけが、この世界に響いた。 ← → back |