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今ここで、逃げることはまあ出来なくもない。
学校のドアの強度なんてたかが知れてる。蹴れば壊れるし殴れば割れる。
昔、クラスメイトだった男子が肩車に失敗し頭から窓に突っ込んで窓を割ったのは良い思い出だ。いや良くはないが。ちなみにその子は擦り傷程度の怪我だった。頑丈すぎんだろ。

とは言え、現状私は黒子っちにハグされているのだし、机の上に座っているというのもなかなかに動きづらい。
まあ足も手もフリーだから蹴飛ばすなり突き飛ばすなり、方法はあるんだ、が。
それを実行してしまえば黒子に少なからず怪我を負わせることになる。
赤司の発言もあるし、ていうか私が黒子に怪我させたくないし。

はてさて、どうしたもんか。

「問題です、相坂さん」

なぜ名字呼びに戻したのか。

黒子に問いかけられ、彷徨わせていた目線を下げる。
私の腰に腕を絡めたままの黒子は、こっちがびっくりするほどに真顔だった。
え、なに、怖いんですけど。さっきまでの笑顔どこいった。

「鍵は僕の手の中で、声を出しても届かないこの室内。相坂さんが逃げるためには今ここで僕を突き飛ばし、扉ないし窓を壊すのが最も簡単な方法です」
「…そっすね」

所詮、誰でも思いつく方法だ。
窓や扉を壊せば多少の怪我は免れないだろうけど、緊急事態なら仕方ない。

んで、問題って何ですか。

「では何故、僕はわざわざそんな、すぐにでも逃げようと思えば逃げられる場所で、こんな事をしているでしょう?」

知らんがな。

と、素で思ってしまったが、まあ考えてみよう。
私は頭の出来が良い方じゃないから、考えても大した答えは浮かばないんだけどな。

…まずは、そうだな、ここ以外に良い場所が無かったからじゃないか。
学校内の立地としては、廊下から室内は見えないし人通りも少ない、更に鍵もかけられるこの資料室はヤンデレさんにとってはとっても好物件に思える。…物件では無いけど。
他に、は…ううん、何だろう。なにか、この部屋でないと出来ない事がある、とか。
いやでもそれが家庭科室や理科室ならまだしも、たかが資料室だ。ある物なんてほこりまみれの書類や本程度。それを一体何に使うと。

「…ここ以外に適した場所が無かったから、としか、私には考えらんないけど」
「そうですね、それも理由のひとつです」
「じゃあ、他の理由は?」
「ごめんなさい、ただ、考えているあなたを見ていたかっただけですよ」

くすくすと肩を震わせる。
え、えー…。
その言葉が本心だとは思わないしなんか隠してるんだろうなーとも思うけど、えー…。

「それにどうせ、あなたは僕を傷付けてまで、逃げようとはしないでしょう?」

背骨の辺りを指でなぞりながら、笑い続ける黒子に頭を抱えたくなった。
とりあえずそれ、なんかぞわぞわするからやめていただけませんかね。

っつーか。

「黒子君、やっぱ質悪い」
「そんなことありませんよ」

うん、まあ、いいけど。


しかし、だ。
このままここでぼんやりしていられるわけもない。
もうHRも終わった時間だろうし、ポケットの中では何度か携帯が震えている。大輝や、黄瀬からもメールが入っているかもしれない。…見ることは出来ないけど。
私も黒子もいないとなったらさすがに教室もざわつくだろう。

それに、黒子が何をするかもわからない。
さっき考えたとおり監禁出来るようなスペックは黒子には無いだろうから、それはいいが。
だとしても無理矢理犯すなり、駆け落ちかっこ笑いをするなり、やろうと思えば出来る事だってある。
ていうか今気付いたけど、半永久的には無理だとしても、数日間程度なら黒子の部屋とかに監禁出来るよなあ。わあこわい。
あと、考えられる最悪の事態…は、…あんま考えたくないなあこれ。

心中、とかねえ?


「黒子君は、これから、どうするおつもりで?」

問いかける。答えは、ない。

背骨をなぞっていた手が、不意に一点で止まり、パチンと音がした。
ブラのホックがはずれる音である。…く、くろこっち器用だな!私でもたまに時間かかるのに!っじゃねーよ危ないわこれ。

「あなたは、僕に、どうされたいですか?」
「私のことをすっぱりさっぱり忘れてもらいたい」
「無理です」
「…即答あざーす」

なんとなく言ってみたがむしろ逆効果だったようだ。
黒子は机に乗り上げて私の足を跨ぐように両膝をつくと、そのまま私の体を押し倒した。

…元の世界の友人達よ、私は黒子に押し倒されるという貴重な経験を今しているぞ。ちなみに赤司も経験済みだ。羨ましかろう。だから代われくださいお願いします。

にっこりと綺麗な笑みを浮かべて、黒子は私の頭を撫でる。怖くありませんよ、と赤子をあやすかのように。
いや別にびびってはないんですよ。ただびっくりはしてるけど。どうしよっかなーみたいな。
今の黒子はとても余裕だ。余裕そうだ。赤司ん時に使った手は使えないだろうな。
嫌いになるって言ったところで、この子はなんというか、それでもあなたは僕を必要とするんですよとか言いそうだ。

ああ、初対面時の天使な黒子くんよ、カムバック。

「今ここで、相坂さんを無理矢理僕の物にすることは、容易です」
「でしょうね」
「ですが、そうするとあなたは僕を嫌ってしまう」
「まあ、普通に考えて。…でもそういう思考はもうちょい早い段階でして欲しかったなー?」
「それはすみません。でも僕だって、切羽詰まってるんですよ?」

へえ、初耳。
見下ろされたまま、にまりと笑ってみせれば黒子は「余裕そうですね」と眉尻を下げて笑った。その表情はどういう意味ですかね。

「あと、たったの、1年しか無いんです」
「…はい?」
「僕があのまま何もしなかったらきっとあなたは赤司君に連れられて赤司君と同じ高校に行くでしょう。そして赤司君だけとずっと一緒にいることになって僕のことも忘れて僕なんていらなくなるんです相坂さんの中から僕が消えるんです。そんなの絶対に許せない」
「いや…」
「それに、チャンスがやってきました」
「…チャンス?」

顔をしかめると、黒子は小さく口角を上げた。
私の首を絞めるかのように片手を置いて、首筋を撫でながら。

「あなたは、相坂さんじゃない。…そうでしょう?」
「…、」

驚い、た。
目を丸くして、口を何度か開閉して、そして…笑う。

「はは、驚いた。何でわかったの?」

あ、やばい。このセリフすごい悪役っぽい。


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