証明者 [8/56]


翌朝。気分的にはアーリーモーニングティーだと自分に言い聞かせながら、私と彼は机を挟んだソファに向かい合って座り、私は水、彼はジンジャエールを飲んでいた。
昨日のことなんだけどさ、と彼が切り出す。

「俺はめんどいから使ってねえんだけど、ここにも一応、風呂あるんだよ。つーか緊急時に審神者が一人でも過ごせるよう、大概のもんは揃ってる。だからさ、お前、母屋の風呂使うのやめようぜ。どうしても露天に入りてえって時は使ってもいいけど、大人数の男が入った後の風呂とか、やだろ」

なんとなく続きがありそうだと感じたので、ちらとだけ彼を見てから水を飲む。

「今までは仕事も母屋でやってたけど、執務室はこっちにもあるし、俺もここで仕事するようにする。メシは……お前調理実習の時、班長やってたよな。今も得意なら、ここでお前が作ってくれてもいいし。嫌なら、母屋から届けさせる。そしたらお前、ここから出なくて済むだろ?」

ごく、ごく、と無言のまま水を飲み終え、そっとコップを机に戻す。ソファに深くもたれ、ため息を吐いて。
すうと視線を、彼へ向けた。

「君は、私が消えるのが、こわい?」
「……当然だろ」

言うべきか言わざるべきか悩んだ言葉は、思いの外あっさりと肯定された。自覚はあったのかと少し驚き、そう、と視線をずらす。
開け放たれた障子の向こう側で、紅葉がはらはらと散っていた。

「お前がいなくなったら、また俺は一人だ。俺があの時代で生きていたことを証明してくれる奴は、今、お前しかいねえんだよ。そりゃ、いなくなったらこええと思うのが普通だろ? ずっと見張って、傍に置いときてえと思うのは、おかしいのか? じゃあ俺は、俺がガキだった頃の思い出話を、ああそんなこともあったなって話を、誰とすればいいんだよ? 誰が、俺の過去を事実だって、理解してくれるんだよ」

ぎょっとしてしまったのは、彼がはらはらと泣き始めてしまったからだ。えっ今飲んでるのジンジャエールよね? お酒じゃないよね?
思っていたより多弁だし、感情表現豊かだし、ここに来てから驚いてばっかな気がする。こんな子だったっけかマジで。記憶になさ過ぎる。あいにくと思い出話を賑やかに出来るほど、私は君を覚えていないのだ。さすがにこの状況でそんなこと言えやしないが。

「頼むから、ここにいろ。霊力なんざどうでもいいから、俺を置いて消えないでくれ。不安なんだよ、なんかお前、ずっとしれっとしてるし、全然喋んねえし、わがままだって最初に言ったっきりだ。俺はどうやって、お前をここに繋いでおけばいいんだよ」

ふと視線を外に向ければ、母屋側の渡り廊下に御手杵が立っていた。よくよく見れば、後ろに正国もいる。
時計を見やれば六時半を過ぎそうなところ。起こしに来ようとして、こちらが見えたから躊躇いでもしたのだろうか。いっそ気にせずやって来て、この空気をどうにかしてほしかった。

そもそも繋いでおくって、私は犬じゃないんだよなあ……。

「お前は不安じゃねえのか? 政府のやつらも言ってたろ。お前だって俺と同じ、家族にも友だちにも彼氏にも、存在から忘れられてる。知られてないんだよ。なのに何で、そんな普通なんだよ」
「私の普通、を君は知らないはずだけど」
「高校の時とテンション変わんねえんだよお前」

なんとなくむっとしたものの、すぐに肩を竦めてコップを手に取る。空だったことにすぐ気が付いて、手を離した。
にしても彼、本当によく覚えている。視野が広い上に記憶力もいいんだろうか。なんか覚えてないこっちが悪く思えてくるな。
ちなみに蛇足だが私に彼氏は元からいない。

とはいえ、そろそろ何かしらのフォローは入れるべきだろう。彼は今、私の雇い主みたいなものなのだし。この本丸という閉鎖空間の中で、彼を救えるものは限られる。
……私も選択肢を間違えたけど、神様がいるのなら、神様も人選間違えたよなあ、絶対。

「私が安定しているように見えるのは、君がいるからだよ。最初っから一人だった君と、最初っから二人だった私とじゃ、心持ちが違うのも当然だ」

加えて私は、この世界を知っているのだし。

「君が不安なら、約束する。君を置いて、私はどこにも行かない。どこにも消えない。もし私たちの時代に戻れる機会が来たのなら、戻るも戻らないも君と一緒。
 だからさ、見張るとか繋いでおくとか、そういうのはやめよう? どうせ私はこの本丸から出る術を知らないし、現状君が上司みたいなもんなんだから、端から私の手綱は君が握ってるんだよ。だからもうちょっとさあ、こう……距離感? というか。私らただの元同級生なんだし……」
「は? え、いや、幼馴染みだろ? 俺ら」
「幼馴染みの範囲広くねえ?」

私、君の個人的な連絡先とかいっこも知らないよ? 実家の電話番号しか知らないよ? それも小学校からの連絡網を探すとかしないとわからないくらいだよ。

ここでどうにも意識のすれ違いがあったことを自覚し、遠い目をする。
ああ、確かに私たちは島育ちだ。私らの代がピークだったから同級生は二十人弱いたけれど、一学年何クラスもあるような学校と比べれば、そりゃあクラスの結束は強かっただろう。全員の家がほとんど徒歩圏内で、転入組を除けば生まれた時から十八年間、一緒の学校で過ごしてきた仲だ。幼馴染みと言っても、おかしくはないかもしれない。
いやでも、なんか、違うくない!? 幼馴染みってもっとこう、友だちとは違う仲良し、みたいな感じじゃん。私と君の接点って同じ島育ち、くらいのもんだよ? 私、君がどこの大学行ったのかとか知らないし! 興味もなかったし!

「俺、クラスメイトは全員幼馴染みくらいの気持ちでいたんだけど」
「これが……パリピか……」
「パリピ……?」

五年前にはあまり聞かなかった言葉だもんな、知らないよな……パリピ……私も正確な意味はあんまり知らんけど……。

「いやもうこの際幼馴染みだろうが元同級生だろうが何でもいいわ。とにかく、ある程度は君の言うことを尊重するけど、これでももうそろアラサーの女なので! 行動範囲は好きに選ばせて欲しいし、料理や掃除洗濯だって手伝わせて欲しい。
 君の言うことを全部きいてたら、それこそ私、ただの霊力供給機だよ」

はっとした様子の彼を少しの間見つめてから、外へ目を向ける。相変わらずさっきの場所で立ち止まったままの正国と御手杵を手招いて、そろそろ朝ご飯の時間だよ、と空のコップを手に立ち上がった。

「……わりい、俺、そういうつもりじゃ」
「わかってる。君が本当に不安なら、出来る限りのことはするからさ、なんというか……頼ってよ。私のことも、君の刀剣男士たちのことも。あんま喋るの得意じゃないけど、喋れっていうならいくらでも話するし。彼らだって聞いてくれるでしょ」
「そ、だな。……なあ、」

ゆっくりと立ち上がった彼は、言い淀んだ様子を見せた後、苦笑した。

「名前、呼べないって、不便だな」

つられるように苦笑した後で、あれ……そういえば私、この子の下の名前うろ覚えな気がする……と、己の記憶力に震えた。

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