露天 [7/56]


今剣としばらく無言のまま見つめ合い、湯船が濁り湯だったことに感謝してから頷いた。今剣は少しだけ申し訳なさそうな素振りを見せてから、ひょいと近くの岩場に着地する。裸足だった。
あまり長話だとのぼせてしまうかもな、と思いつつ、視線だけで話を促す。

「あなたは、あるじさまのこいびとなのですか?」
「……、……違います」

思わぬ質問だったので、随分と間をあけてしまった。今剣は不服そうというか、怪訝な表情をし、「ちがうのですか」と確認をしてくる。ちがいます。かんちがいです。
そもそも何でそう思ったんだよと考えながら、私と彼の関係を掻い摘まんで説明した。同じ地域で十八まで育っただけの、ほとんど他人のようなものだと。
今剣は今度こそ怪訝な表情を隠そうともせず、まるで私が嘘をついているかのように、問い詰めてくる。

「こいびとでも、ともでも、かぞくでもないのですか? ただおなじばでそだっただけの、たにんを、あるじさまもあなたも、どうしてきにかけるというのです」

……主を取られたように、感じでもしたのだろうか。
霊力のことを考えれば、彼に私が必要だということは理解できる。けれど、今日一日……いや昨日からの彼は、随分と私を気にかけていた。五年間を共に過ごした刀剣たちにしてみれば、この泥棒猫と言いたくもなる状況だったかもしれない。
ところでこの今剣、もしかして彼の初鍛刀だったりすんのか? だからどうというわけでもないが、その、縁、とやらが……ねえ……。あとで初期刀と初鍛刀が誰かそれとなく聞いてみようかな……。

「いまのあるじさまは、あなたのことであたまがいっぱいです。あなたのことばどおりたにんであるのなら、なぜそうなるのですか。なぜ、ぼくたちではだめなのですか」

岩場の上でぎゅうと膝を抱えてしまった今剣を見やってから、ううんと目を逸らす。そのまま数秒考え込んで、多分、と口を開いた。

「彼にとっての私が、あなたにとっての岩融さんみたいな感じだったんじゃないですか」
「ぼくにとっての、岩融……?」
「自分はここに居るんだと、自分の記憶は間違っていないのだと、証明してくれる唯一の相手。たまたまそれが、彼にとっては私だっただけのことでは?」

考え込んでしまった今剣を余所に、今の言葉を脳内で反芻する。そう、たまたま、私だっただけ。たまたま、彼だっただけ。
もしかしたらどこかにその理由を知っている者もいるかもしれないけれど、今の私に知る術はない。たまたま、偶然、そう思うしかないのだ。

本心なんて知ったこっちゃないが、今でもきっと、彼は家族や友だち、恋人だった女性のことの方が、私よりもよほど大切だろう。そりゃそうだ。私だって彼よりも私の友だちの方がよっぽど大切だし。なんなら初恋の松崎くんの方が、思い出がある分大切なくらいだ。
それでも、彼らはここに居ない。もう彼のことを覚えていない。ただ忘れてるわけでなく、端から彼のことなんて知らないのだ。
そこに現れた一縷の望みを、一筋の希望を、誰が蔑ろに出来ると言うのか。元から嫌いな相手だったならまだしも、さしたる思い出もないくらいの距離にいた、ただの元同級生であったのなら。この五年間で、彼が弱り果ててしまっていたのなら。

やっぱり、依存もやむなし、なのだ。多分。

「ぼくは三日月や小狐丸、石切丸たちのこともすきです。でも、かれらは岩融のかわりにはなれません。あるじさまにとってのあなたは、つまり、そういうことなのですか」
「……現時点で言えば、まあ、そんなところかと思います」

代わりはいくらでもいるだろうが、その代わりがここに来れるかと言われると可能性は低いし、来たところで覚えてなければ尚悲惨だ。頷くしかない。
ならしょうがないとばかりに、今剣はため息交じりに立ち上がる。

「おなごのにゅうよくちゅうにおしかけるつもりはなかったのですが、いまくらいしかじかんがなかったのです。ごめんなさい」
「え、ああ……いいえ。まあ、はい」
「ふふ、どちらなのですか」

曖昧すぎる私の返答に小さく笑ってから、今剣はそれではまた明日、と露天風呂を後にした。
素早く、あっという間に見えなくなった後ろ姿を見送り、顎の辺りまで湯に浸かる。

外見的には短刀の中でも幼い方だし、セーフな気もする。でも今剣はあれで、一応古い刀だ。なんなら和泉守よりもよほど成熟してるんじゃなかろうか。そう考えるとアウトな気もする。
一分ほど考え込み、まあ入ろうと思えばコナンくんとも一緒に風呂入れるし、セーフってことにしよう。そう結論づけて、湯船から出た。

昨日もそうするべきだったと思いつつ、脱衣所でバスタオル一枚のまま化粧水類をつけていく。脚の乾燥も気になったから、バスタオルを脱いでパンツ一丁の状態で、全身にも化粧水とクリームを塗ることにした。今度ボディクリームも買おう。
そう決めた瞬間、ガラッ、と脱衣所の引き戸が開いた。

「……」
「……」
「……」

正面の鏡越しに、突然の来訪者としばし見つめ合う。相手は二人。何が起きたかわかっていないのか、私の存在を確認するかのように上から下までじっくりと見て、ぱちくり、まばたきをした。二人共が、だ。仲良しか。
パンイチで隣のイスに足をかけ、ちょうどクリームを馴染ませていたところの私は、声をあげるべきか先に隠すべきか、考えあぐねている間にタイミングを逃し、呆然としていた。
やばいモロに上半身見られた。私、脱いだらすごいんですよ。贅肉的な意味で。な肉体だったことがバレてしまった。着やせするタイプってこういう時損よね。
……ではなく。

現実逃避をしている間に外が慌ただしくなり、ばたばたという足音の後「ッアー遅かったか!」という彼の声が聞こえた。

「おい同田貫! 御手杵! なにぼけーっとしてんだそこにあいついんのか!?」
「います」
「お前が答えんのかよ! 服は!?」
「着てないです」
「同田貫と御手杵後ろ向け! 珍しいからってガン見してんじゃねえ!」

主の命令で我に返ったらしい正国と御手杵が、くるっと勢いよく後ろを向く。左脚はまだクリーム塗れてないんだがなあと思いながらも秒で諦め、私は手早く寝間着を纏った。髪は……部屋で乾かせばいいか。
見苦しくない程度に濡れた髪を整え、肩にタオルをかけて出入口に向かう。

廊下には主の前で正座をした、正国と御手杵が居た。

「悪い、明日からはお前が入浴中だっていう札でも作っとくよ。こいつら風呂上がりに手合わせしたとかで、汗流しにまた風呂入ろうとしたみたいで……おい同田貫、御手杵、不可抗力とはいえ女の裸覗いたんだ、謝れ」
「……すまん」
「ごめんな……」
「い、いいえ……」

しゅんとしている二人は、なんだか飼い主に叱られた犬みたいだ。
私としては恥ずかしいとか怒りとかよりも、驚きが勝ってしまっていたので、どうにもコメントしづらい。「お気になさらず」と付け加えはしたが、私より彼のがよほど怒っていたので、あまり意味なかったような気もする。

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