依存 [6/56]


「でしたら後で、僕の内番着で良ければ貸しますよ。そのままの格好だと兼さんや歌仙さんが怒りかねないから、昨日衣類を持ってましたよね? それに着替えてきてください。ついでに主さんを起こしてくれると助かります」

話を聞いていたらしい堀川が、お玉と小鍋を両手ににこりと笑う。
体よく追い出されたなあとは感じた。けれど確かに、歌仙であればよりぐちぐち言われそうでもあったから、おとなしく頷くことにする。

「ありがとうございます。じゃあ、そうさせてもらいます。……あの、ご迷惑でなければ、なんですけど……昼食からはお手伝いをさせていただいても、いいですか」
「それは、もちろん。この数ですし、手は多いに越したことはありませんから」

その返答に頭を下げ、時間を使わせてしまったことを詫び、台所を後にした。
来た道を戻りつつ、やっぱり選択肢間違えたかな……としみじみ考える。

悪意や敵意があるわけじゃない。昨日の今日なのだから、他人行儀なのも当然だ。私は主じゃないんだから、刀剣男士たちが私を下に見るのも当然と言える。むしろ堀川や今剣の辺りは、敬語を使ってくれるだけ良いだろう。元々そういうキャラだからってのも、多少あるかもしれないが。
でも、この、このアウェイ感……! 果たして私は耐えられるのだろうか。今から既に、なんか胃がキリキリしている。薬研に胃薬を出してもらった方がいいかもしれない。その薬研も、きっと他人行儀なんだろうけども。

再び渡り廊下を進み、離れへと戻れば勢いよく彼が飛び出してきた。寝癖がついたまんまで、寝間着もいくらかはだけている。
なんだ、セクシーだねとでも言えばいいのか、と思っていれば彼とばっちり目が合い、ほとんどぶつかるような勢いで両肩を捕まれた。いてえ。

「おまっ、ど、どこ行ってたんだ!?」
「え、なんか手伝い出来るかなって、台所に」
「ッハァ〜……!? 昨日の今日でおま、バカか……? 俺だって五年前は、先輩の本丸で二週間くらい何もさせてもらえなかったし、出来なかったんだぞ……」

そりゃあ君はなあ……むしろ二週間で何かしら出来るようになっただけ充分すごいわ。
でも私は君じゃないし、そもそものスタート地点が違う。比べられるものじゃないと思うんだが。

「昨日政府の奴も言ってたろ。お前は俺の傍にいるだけでいいんだよ。そりゃ、慣れてきたら書類整理とかは手伝ってもらうかもしんねえけど、そんな下働きみてえなこと、自分からしなくていい」

俺の側にいるだけでいいって告白かよ。ツッコミたかったが、もちろん黙る。
でも、ここの刀剣男士は戦うかたわら、家事までこなしてるんでしょ。君だって審神者としてきっと、私が想像するよりもずっと忙しいはずだ。その中で私だけ、ただ飾られてるみたいに、飾られるほど綺麗な人間でもないのにそうしているなんて、あまりにも居たたまれないと思わないか。居づらいにも程がある。
そう言いたかった。けど、やっぱり私は黙することを選んだ。言えたのは、一つだけだ。

「それでも、料理番の刀剣男士に、昼は手伝わせてって言っちゃったし」
「ンなもん俺がなしにしとくから、とにかくじっとしとけ。起きたらお前がいねえから、消えでもしたのかと無駄に焦ったじゃねえか……ったく……」

数秒の間をあけて、わかった、ごめん。その二言を口にし、大きなため息をつく彼をそっと盗み見た。

ひとりぼっちだと思い込んでいた男。自分のいた世界に忘れられた男。見知らぬ世界に投げ出された男。
そこに現れた、自分を知っている、覚えている、唯一の人間。
――依存もやむなし、か?

「とりあえず、着替えようぜ。朝飯は七時からだからもう少し時間あるし、給料の話でもするか」

頷き、歩きだした彼の後を追う。
やっぱり、選択肢間違えたな。うんうんと胸の内で三度目の正直、確信を持ち、けれど今更撤回なんて出来ず、もちろん過去を変えることだって出来ないので、私はこっそりため息を吐いた。


 *


着替えた後に行った話し合いの結果、給料は月払いで、刀剣男士がもらっている額の七割ほどで合意となった。それでも私の月収を超すのだから、金銭感覚が狂いそうだ。本当は五割でも充分だったんだが、そこは彼が譲らなかった。
私がいなければ審神者業を継続できない。私がいることで、向かえる出陣先や遠征先も増え、顕現させられる刀剣も増やせる。だから刀剣男士たちと同等の額、むしろそれ以上をもらってもいいくらいだ、と激甘なことを言っていた。当然、固辞した。

朝食を終え、堀川からジャージを一枚借り、というか返さなくていいですよと言われたので貰うことになり、とりあえずはそれを自室にしまった。
審神者である彼を説得するなり何なりしない限り、それを着る機会はこないだろう。
手伝いの件については彼が堀川たちに説明をし、私は申し訳なさげに頭を下げることしか出来なかった。

どうしたもんか。もう何度目かもわからない自問。
答えなんて出ている。私が喋ればいいだけだ。彼を説得し、料理でも掃除でも洗濯でも、私にやらせてもらえるよう取りつければいい話。
でも、なんとなく口を挟みづらかった。彼はきっと今、とても不安定な状態だ。
おとなしく言うことを聞いていた方が、私にとっても、刀剣男士たちにとっても、彼にとっても良さそうな気がする。私なんぞを侍らせたところで、何も楽しくなかろうに。

少なからず、刀剣男士たちもその辺りを察しているのだろう。
正式に私が審神者補佐としてこの本丸で暮らすことを通達したあと、刀剣男士たちは私が彼から離れるのをよしとしなかった。
茶をいれようと立ち上がればまあまあと座らされ、トイレに行こうとすればどこに行くのかと引き留められ、足が痺れたので姿勢を変えようとしただけで、室内の空気がピリッと張り詰めた。

その日の夜にはもう私は完全にぐったりとしていて、一番最後の露天風呂でぼんやりと空を眺めている。
風呂まで一緒に入れとか言われなくてよかった。彼は今頃、大広間で刀剣たちとテレビでも見ていることだろう。どうやら私の息抜きが出来るのは、風呂と睡眠時だけらしい。監獄かここは。

「帰りたい……」

でも私が帰ったら彼がそのうち死んでしまう……寝覚めが悪すぎる……。
空を見上げながら独りごちていれば、どこからかがさごそ、と物音がした。

「しょうしょうよろしいですか」

沈黙のまま、声の方向へ顔を向ける。露天を囲む柵の上、今剣がひょっこり顔を覗かせていた。
……覗きじゃね? これ。

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