鍛刀 [52/56] 「百時間限定……鍛刀……減りゆく資材……玉鋼残三つ……ウッ頭が」 「大丈夫かお前」 ある日のことだ。政府から、百時間限定で数珠丸恒次が鍛刀出来ると公報が入った。 百時間限定であることはなんやかやと説明がなされていたが、今の私には右耳から左耳である。トラウマだった。そう、トラウマなのだ。 「ブラウザゲームだったんだっけ? これも経験済か」 「ウン……」 彼には既に、私がこの世界を知っていたことを話している。随分と勇気がいったが、頑張って話した。 結果、私の所為でこの世界に来てしまったことよりも飲み込めなかったのか、彼は三日ほど口をきいてくれず。内容どうこうではなく、それを私がずっと黙っていたのがダメだったそうだ。ていうか隠していることにも気付いてないみたいだった。素直〜……。 それでもまあどうにか納得はしてくれて、今では色々と相談を持ちかけてくれてもいる。 それはさておき、トラウマなのである。数珠丸鍛刀、ああそれは私のトラウマだ。もっかい言わせて、マジでトラウマ。 私の審神者ライフは、それなりに順調だった。初太刀和泉守の次には鶴丸を見事鍛刀したし、何ヶ月かはかかったけど三日月や小狐もさほど苦労はしなかった。他のレア太刀もだ。 数珠丸以前の刀剣たちもさして問題なく入手出来ていたし、鶯丸二振目が欲しいな〜と思って鍛刀をすれば三回目で入手。完全にドヤ顔だった。 そんな順風満帆な審神者ライフを過ごしていた私は、その百時間限定数珠丸鍛刀も、まあ何回かやれば来るでしょフフーン、くらいのノリで挑んでいた。 惨敗だった。 資材オール百は何度も繰り返し、資材の許す限り太刀レシピも試した。三日月が鍛刀された。一期と江雪も出た。なんなら三日月は三本出た。 刀剣部屋がいっぱいになる度に刀解を繰り返し、資材がなくなれば遠征をし、リアルマネーもかけた。富士札も資材も買った。 惨敗だった。 「このひゃくじかんのあいだわたしはほんまるにいないほうがいいかもしれない」 「今剣みたいになってんぞ……」 あの惨敗っぷりを思い出しぶるぶると震える私に、彼はちょっぴり引き気味である。膝丸と髭切、そして彼の近侍である三日月もちょっと引いていた。 今は三日月を見たくない気分だ。何であなた三本も来たの? なのに何で数珠丸は結局来なかったの……。 現時点での本丸に、資材の余裕はまあある方だろう。オール百で試すのならば、いくらでも回せる。 でもなんか、私がいると来ない気がする。だってその後の戦力拡充もめちゃくちゃ回ったのに来なかったもの。後の大典太はあっさり鍛刀されてくれたのに、最終的に私の本丸には数珠丸と亀甲と村正だけがいなかったもの。 「ま、なんとかなるだろ。鍛刀にはめちゃくちゃ霊力使うからな。お前にはぴったり傍にいてもらうぜ」 「来なくても……私のせいに……しないでね……」 「ンなテンションでいたら来るもんも来ねえっての! おら元気出せって、今日のおやつは歌仙のあんみつだぞ」 「実は私あんまあんみつ好きじゃない……」 「お前それもっと早く言えよ……」 しくしくぐすぐすと、トラウマを抉られた私は部屋の隅にうずくまる。 執務室までおやつを届けに来てくれた歌仙がぎょっとしていた。私のあんみつは髭切と三日月に食べられた。膝丸はそっと私の背中を撫でてくれた。彼がおろおろと励ましてくれている。 ウッ……膝丸と主だけがやさしい……。 * そして、百時間後。 「これは富士札なんかじゃねえ、ちり紙だ」 「そうだよ。燃やそう」 彼にまでトラウマが植え付けられていた。 ああそれは……それはそれは、見事な惨敗だった。最も多い物がもう少しで七桁に届こうとしていた資材は、最も少ない物が今では二桁。何十枚と購入した富士札は意味を成さず、浦島が二十本くらい増えた。 何度か太刀レシピも試してみた。全部打刀だった。 「いや……俺も別に、今まで運良いなって思ったことねえし、三日月拾うのも結構遅かったけどよ……。ここまで酷いのは初めてだ……なんか吐きそう」 「吐かないで主……。君はがんばったよ、私の霊力さえも半分きるくらい鍛刀を続けたんだ……もうお休み……」 「ああ……。今日は不貞寝して明日は自棄酒する……」 ほとんどぶっ続けで鍛刀をしていたんだ。彼が刀剣男士だったら赤疲労マークがついていたことだろう。 ふらふらと離れに戻っていく彼に、三日月が「元気を出せ、主……」と寄り添っている。 私もちらとだけ空を仰いでから、膝丸と髭切と共に彼の後を追った。 こういうことやらせるから、霊力枯渇する審神者が出てくるんじゃねえかなあ……と内心ぼやきつつ。 翌日の彼は昼過ぎまで眠り続け、夕方から宣言通り自棄酒を始めた。 あの百時間の間は第二〜四部隊がひたすら遠征、第一部隊が必要な資材の拾える地域へ出陣、とそちらも忙しかったので、名目としては全員参加の慰労会である。 彼もまあ愚痴を吐くというよりは、次だ次ィ! 数珠丸がいなくても俺の本丸は強えんだよ! みたいなテンションなので、とりあえずは放っておいていいだろう。私は台所でひたすら、おつまみ作りに勤しんでいた。 「主は混ざらなくていいのか」 「そうだよ。君も随分と霊力を消費したのだろう?」 同じく台所で作業をしている膝丸、そして歌仙とが心配そうに私を見やる。 他にも鶴丸や燭台切、堀川や鶯丸なんかが入れ替わり立ち替わりやって来ているんだが、今はこの三人だ。 「寝てご飯食べたらそこそこ回復しましたし、作ってる方が気張らしになりますから……大丈夫です。ほんとに」 そもそも私はあまりお酒を好まないのだ。一杯飲むとすぐ眠くなる。仮に眠くならなくても、やたらテンアゲしてしまうタイプの酔い方をするからあんまここで飲みたくない。 完成したジャーマンポテトをつまみ食いしてから、大皿にどさっと移す。次は何作ろうかなあ、と冷蔵庫を眺め、きゅうりと生姜を取り出した。 ジャーマンポテトは、タイミング良く皿を戻しに来た青江が持って行ってくれた。 「にしても、壮絶な百時間だったね。あそこまで鬼気迫る勢いの主は、初めて見たよ」 「でしょうねえ、私もああいうテンションの彼は初めてでした。また次の限定鍛刀の時に、トラウマ抉られないといいんですけど」 「また、今回みたいなことが起こるのかい……」 「記憶通りなら次も天下五剣ですよ」 そっと歌仙が遠い目をする。膝丸も、僅かに顔を顰めていた。刀剣男士までトラウマになっとるやんけ。 「まあその前に、そろそろ貞ちゃんが来ると思うんですが」 ぽそりと呟く。先日、七面が解放されたのだ。 刀剣男士の顕現順なんかはゲームと変わることもあるんだが、入手方法はゲームと変わりない。つまり江戸の白金台が来れば、当然貞ちゃんも実装されるのだ。 ところで極はいつ来るんです? |