困惑 [51/56]


私は今、非常に困っていた。御手杵と、そして正国に見下ろされて、大変に困り果てていた。
場所は私の掃除担当である、蔵の中だ。出入口は無用組の後ろ。明かりは消えてほとんど真っ暗だけど、上の方になんか、ガラスのはまってない窓みたいなものがあるから、うっすらとは周囲を確認出来る。
御手杵は真顔、そして正国はなんとも微妙な顔で、私を見下ろしている。

状況だけを考えれば、あれだな、と思った。
わ、私に乱暴する気でしょう! えろ同人みたいに! えろ同人みたいに! 的な。

そもそもどうしてこうなったのか、二人共喋らないから回想しておこう。
私は蔵掃除をしていた。電球周りを拭いていたら、落とした。電球をだ。当然明かりは消えた。ついでにガシャーンと見事な音が鳴り、それにびびった私は踏み台から落ちた。したたかに腰を打ち付けた。めちゃくちゃ痛かったというか、今も普通にめっちゃ痛い。
そしてその音と私の「いぎゃっ」とかいう声を聞き、隣の道場で手合わせをしていた二人が様子を見に来た。ちなみに一緒に掃除をしていた膝丸は、雑巾を洗いに立ち去っていたところだ。
そして、今に至る。
……あれ? おかしくね? 何で私無言で見下ろされてんの?

そりゃ困りもするわ、と自己完結したところで、変わらずうずくまっていた私を、御手杵がひょいと持ち上げた。両脇持って、御手杵と視線が合う辺りまで持ち上げられる。
足がぶらぶらと揺れて、ちょっと面白い、となる気持ちの余裕はあったけれど、やっぱり如何せん腰が痛い。薬研を呼んでもらいたい。

「やっぱりあんた、やわっこいなあ」
「御手杵、そいつ怪我してんじゃねえのか? 薬研にでも診せた方が」
「んー」

御手杵が腕を上げたり下げたりする度に、当然私の身体も上がったり下がったりする。腰が痛い。
あとじろじろ身体を見られるのは普通になんか、嫌だ。そんな見て楽しい身体でもないだろうし、やわっこいって言うのはー!? 割と失礼じゃないかなー!?

正国の言葉にも耳を貸さず、御手杵は私を片手に抱え直し、今度はあちこちさわり始めた。ほっぺをつつき、二の腕を揉み、腹を人差し指で押さえ、脚をぺたぺた撫でていく。
完ッ全にセクハラなのだけど、それより腰が痛くてやばかった。御手杵さんこの抱え方はやめてほしい。なんかいけない感じの痛みがする。

「はあ……ほう……へえ……。女ってこんな感じなんだなあ。同田貫も触ってみるか?」
「ハァ……? ……いや、無理だろ……。怪我増やしたらどうすんだ」
「んな豆腐みたいにふにゃふにゃなわけじゃねえって。なんだろ、なんつーのかなー。もうちょっと弾力があって、うーん。補佐はこの感触、何だと思う?」

いや知らねえよ。
腰が痛いのでキュッと顔を顰めているんだが、御手杵はマジで気にしていない。そういやこっち来て割とすぐくらいの頃にも、なんか私の……というか多分女の身体について興味持ってたみたいだし、知的好奇心でも湧きまくってんだろう。出来れば別の時にしてほしかった。

「俺の感覚だと、干したての枕が近いかなあ。もっと柔らかいが……あっ鶏肉も近いな! 同じ肉だからかなあ」

発想が怖い。

「わぁったから、薬研とこ連れてこうぜ。そいつ、顔真っ青だぞ」
「俺あんま夜目きかないから、ここだといまいち見えないんだよな。どっかぶつけたのか?」
「……腰を」

そこでようやく自分の抱え方がよろしくないとわかったらしい。御手杵はごめんなあ、と素直に謝りながら、私の抱え方を変えた。いや降ろしてくれればいいんだが? そして膝丸を呼んでくれればそれが一番ありがたいんだが?
今度は御手杵の腕に乗るような形で、うん、まあいわば抱っこだ。私の胸元がちょうど御手杵の肩口に当たるくらいの抱え方。おめでとう、長谷部と膝丸に続いて抱っこ三人目です。

とりあえずは正国の言う通り、薬研のとこに連れてってくれるつもりらしい。まあそれならそれで、ありがたいのはありがたいからおとなしくお任せする。
つもりだったのだが、抱え方を変えて数秒後、ハッと気付いた様子で御手杵が、先に進んでいた正国を引き止めた。

「同田貫! これ、ここ! ここが一番やわっこい!」

そしてさっきの抱え方に戻し、私の腰と口からウグッと悲鳴が上がったとほぼ同時。
正国の手のひらが、御手杵によって、私の胸に押しつけられた。何でや。

「――ッ!!?」

いやまあ何でも何も、御手杵はおそらく肩口に当たった胸の柔らかさに感動し、それを正国にも教えてあげよう! という善意百パーセントの行動だったのだろうけども。
ちなみに声にならない絶叫をあげたのは、私ではなく正国だ。相手の反応がデカすぎて私は完全にタイミングを見失った。いつものことである。

「な、これ、すっげえやらかい! ふにゃって、でも豆腐みたいにすぐ潰れるわけじゃなくて、うわー! 女ってすごいんだな補佐!」
「あ、はい……いやていうか正国さん死にそうですけど」
「俺は……こんなんじゃ……折れねえぞ……」
「ほらもうこんなことで軽傷いってますよ。あとマジで腰痛いので御手杵さん姿勢戻してください」
「あ、ごめんな」

御手杵が正国の腕を放し、私を抱え直す。正国はさっきまで私の胸に触れていた手をまじまじと見下ろしながら、多分私より顔面真っ青だった。せめて赤くなってくれよ。なんで真っ青だよ。
じゃあ今度こそ薬研のとこに、といったところでようやく膝丸が帰ってくる。開いた出入口から差し込む光はさながら後光で、私には膝丸が神様のように見えた。いや神様だったわ。

「何をしているんだ? 主……」
「踏み台から落ちたみたいで、腰打ったんだってさ。薬研とこ連れてこうと思ったんだけど、代わるか?」
「ああ、なるほど。面倒をかけた」

事情を説明してくれた御手杵は、いい奴ではあるんだが……なんというか……。
御手杵からそうっと膝丸に渡されつつ、未だフリーズ真っ最中の正国に顔を向ける。膝丸も私を受け取ってから視線を向け、「彼はどうしたんだ」と首をかしげた。
どうしたも何も私の胸触らされて硬直中だよ、とか言うわけにもいかず。なんとなく、膝丸は知らないままの方がいい気がする。
だから適当に誤魔化そうとしたんだが、御手杵はめちゃくちゃ素直だった。さすが彼の刀剣男士だよ君。

「補佐のな、胸のとこがすっげーやらかかったから、同田貫にも触らせてみたんだけど。補佐が壊れる! とでも思ったんじゃね? そこまでへにゃへにゃしてないよなあ、補佐。あんたもそう思うだろ?」

ポカン、と膝丸は口を半開きにして放心する。童貞力は高くないけれど、さすがにこんな展開は想定外だったらしい。
正国は相変わらず硬直中。御手杵は膝丸が黙り込んでしまったものだから、どうした? と疑問符を浮かべていて。

私は腰の痛みと闘いながら、諦めて「薬研さあん……」と聞こえるかわからないなりに声を上げた。

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